その匂いが嫌いだった

 その煙が嫌いだった

 けれど何時しか

 俺も彼と同じモノを吸う様になっていた










Smoke gets in your eyes











 深く深く煙を吸い込む。
 最初は少し吸い込むだけでむせていたけれど、今ではそんな事もなくなった。

 一日一本が二本になり、二本が三本になり…今では日に二箱近く吸うようになってしまった。

 一箱あたり二十本。
 一本を三分で吸うと考えて、一箱吸うのに一時間。
 二箱ならその倍で二時間。
 一日二時間もの時間を煙を吐き出す事に費やしているのかと思うとげんなりしてくる。

 それでも、やめる事はおろか、本数を減らす事すら出来ない。
 それはある種トラウマと呼べるかもしれないモノだった。















『快斗』
『ん?』
『お前は何回言えば分かるんだ?』
『?』
『それだよ、それ!』


 何が言いたいのか分からないと言わんばかりの態度のアイツに、俺はアイツの手元を指差す事で俺が不機嫌な理由を教えてやった。


『俺の家では吸うなって言っただろ!』
『いいじゃん別に。減るもんじゃないし』
『減るんだよ。伏流煙で俺の寿命が減る』
『でも新一に煙いかない様にしてるじゃん』
『それでも減るんだよ』


 態々換気扇の下で煙草を吸っていアイツが余計に腹立たしくて、アイツの手からソレを奪い取って口に咥えた。


『ちょっと! 新一何するの!』
『げほっ……! 何でお前こんな不味いもん吸えるんだよ…』


 口の中に広がった嫌な味と、吸いきれなかった煙を吐き出す様に咳き込んで、きっと快斗を睨む。


『いーの。新一は分からなくて』
『子供扱いするな』
『別に子供扱いはしてないって。いい子扱いはしてるけど』
『同じだろうが!』
『気にしない♪ 気にしない♪』


 さらっと俺の手の中からソレを奪い取って、再びソレを口に咥えたアイツが何故か自分より少しだけ大人びて見えたのはきっと煙草のせいばかりではなかった筈だ。


『気にする…』
『じゃあ、悪い子になってみる?』


 クスッと意地の悪い笑みを浮かべて咥えていたソレをすっと目の前に差し出されて。
 悔しいからソレを手に取ろうとすれば、寸前の所で取り上げられた。


『何すんだよ!』
『新一はいい子のままでいーの』
『何だよそれ…』
『そのままだよ。新一はそのままでいいの』
『訳分かんねぇし…』
『いいよ。分からないままで』


 そう笑って煙を吐き出したアイツを俺は唯じっと見詰めていた。















「ばーろ。誰がいい子だよ……」


 写真立ての中で笑う快斗をぱちんと指で弾く。
 けれど、アイツの表情は当然の如く変わる事は無い。

 アイツが居なくなった時、この家に残っていたのはアイツの吸っていた煙草の香りだけだった。

 辛くて。
 痛くて。
 苦しくて。

 気付いたらアイツを求めるかの様にアイツが吸っていた煙草に手を伸ばしていた。
 気付いた時は止められない程にソレに依存していた。


 止める事は出来ない。

――だって今の俺とアイツの接点はこれだけ。



 止める事は出来ない。

――だってコレを吸っている間だけは俺を包む香りがお前の香りと同じだから。






「ほんと、何でこんな不味いの吸ってたんだかな…」


 視界が歪む。
 それでも零れかけた雫を何とか堪える。

 辛い訳じゃない。
 悲しい訳じゃない。

 それでも瞳から雫が零れそうになるのは―――唯、煙が目にしみただけ…。










end.


薫月はセッター派です。
結局禁煙は一ヶ月ぐらいしかもちませんでしたが…(爆)




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