Sonae fur klavier Nr.14 “Mondschein”op.27-2


                 ──ピアノソナタ 第14番  「月光」 第1楽章──




  Nocturne




 これは、自分にとっての戒めの曲。
 助ける事の出来なかった命。救う事の出来なかった心。

 彼が最後に残したあの暗号が…余計、心を締め付ける…


 何度か指を引っ掛けながら、それでもコナンは何とか曲を奏でる。
 しかし、曲が終盤に差し掛かった処で…

「……誰だ?」

 ピタリ、と指を止め突如現れた気配に声をかけた…。

 コナンのいる位置とは正反対。教室の奥に佇むシルエット。
 …きちんと閉まっていた筈の扉を開けた音も様子も感じられなかった。
 気が付いた時には、もう既に教室の中に入られていた…

「音…外に漏れてるぜ?」

 質問には答えずそう呟いた影。
 その影の言葉に、コナンはちらり…と教室を見渡し、

「…窓、開いてたンだな」

と、ほんの僅かに開いていた窓を見つける。

「なんだ。開けてたんじゃないのか」
「誰がンなことするかよ」
「ま、そりゃそーか」
「…ったく、無用心だよな…」

 ぶつぶつと呟きながら、開いている窓を閉める為にピアノから離れる。
 …そもそも、教室に鍵がかかっていない事が無用心なのだが…それに付いては触れないらしい。

「それで…? お前、何しに来たんだ?」
「何しに、とは?」
「お前ほど小学校が似合わないヤツもいないだろ」
「おや…似合いませんか?」
「その口調なら尚更だ」

 一向に近寄ってくる気配のない影。その影に向かって声をかけるコナン。
 2人の距離は一定に開いていて…

「ずいぶんと冷たいですね」
「…第一。こんなところに何の用だよ」

 小さな音を立てて窓が閉まる。
 傷付いた…と、言わんばかりの声色に、コナンは呆れたように先を促すと、

「気ままな空中散歩を楽しんでいた処、悲しげな旋律が聴こえてきましたので…用といえば、その旋律を奏でる奏者を拝見したかった…といった処でしょうか」
「……夜中の小学校から漏れてきたピアノの音を、仕事帰りにたまたま聴いたから、好奇心で覗きに来た…って処か」

 相変わらずの言い回しに、はぁ…と溜息を付きコナンなりの解釈で言い返す。

「酷くないですか、それ」
「…好い加減、その口調やめろよ。警察呼ぶぞ」
「はいはい。解りました、やめます」

 ポケットに手を伸ばしたコナンに、その言葉が本気だと解り素直に頷く。
 その砕けた口調を聞きつつ、念の為ほかの窓が開いていないかチェックする。
 そして…

「…お前、今はキッドじゃないンだな」

と、呟いた。

「ああ…さすがにキッドの姿で他の人間に見つかるとヤバイだろ」
「なら、態々校舎に侵入してくるなよ」

 僅かに笑った気配を感じたコナンは、今だシルエットでしか確認出来ないキッドに、今度こそ呆れた口調で返す。
 すると、キッドはその雰囲気を一瞬で潜め…

「……ほっとけないだろ。名探偵があんな悲しいピアノを弾いてるのに…」

 そう言って一歩、コナンの元へと近づいた…。

「な、なに言ってンだよ…」

 コナンの耳にやけに大きく聞えた足音。

「あの曲。名探偵には忘れられない曲なんだろ…?」

 言葉の中に隠された含まれた意味に、コナンは近づいてくる影を見つめる。

「お前…」
「知ってるよ。お前が関わった事件は、全部知ってる」
「…なんで…」
「名探偵の事が知りたかったから」

 コナンの言いたい事が解っていたキッドは、コナンが全てを言う前に答える。
 その後に続けられた言葉にコナンが首を傾げると、

「?」
「まあ、その辺は良いとして…」

 ──迷わず近づいてくるシルエットと足音。


「オレに1曲弾いてくれない?」


 その言葉と同時に、キッドはコナンの目の前で立ち止まった…。



「お前…、なに、考えてやがる…」
「なにって?」
「こんな近くじゃ…それが変装かどうかなんて、すぐ解っちまうぞ」
「ああ、これは素顔だよ」

 漸くコナンの口から出た言葉に、キッド…快斗はあっさりとその正体を晒す。

「第一、名探偵を前にキッド以外の偽りの姿のまま立ちたくないしな」

 そう言って、快斗はコナンと視線を合わせるようにしゃがみ込む。

「…オレがお前を知っているように、お前にもオレを知ってて貰いたいんだ」
「…………」
「ま、これで通報されたら、オレ的にはかーなりショックなんだけどね」

 沈黙を守るコナンに対し、快斗は開き直ったように笑う。
 コナンにとっては「まさか」と言える彼からの発言で…


 ──彼がそんな事を思っていたなどとは思いもせず…


「……ぃ」

 搾り出すかの如く出した声はあまりにも小さくて…すぐ傍にいた快斗の耳にも届かない。
 快斗は軽く首を傾げ、コナンにもう一度促す。

「名探偵…?」
「…言わない…、って言ったんだよ」
「………」
「お前だってそうだろ?」

 俯きかけていた顔を上げ、目の前にいる男を見つめる。

 途端に絡み合う視線…


「第一、お互いの利益にならねぇだろ」

 ニヤリ…と口元を歪めた後、ピアノの方へと戻っていくコナン。
 その勝気な笑みに、快斗も自分に背を向けたコナンに向かって同じような笑みを返す。

「なんだ…やっぱ気付いてんだ」
「ったりめーだろ?」

 ピアノへと戻り、始めのように座り直したコナン。

「──んで? 何が良いンだ?」

 その後を追うようにして快斗もピアノへと近づく。

「リクエスト、答えてくれるの?」
「オレが弾けるのならな。もっとも、あんまり指は動かねぇぞ」
「ブランク?」
「ああ…暫く弾いてなかったからな」
「ふ〜ん…」

 受け答えを繰り返しながら、快斗は何を弾いて貰うか考える。
 それなりにクラシックに覚えのある快斗だが…

「名探偵が今、弾いてみたい曲でいいや」
「はぁ?」
「なんでも良いからさ♪」
「………なんでも、ねぇ…」

 今、こうして素顔で話し合える。
 元々は禁じていた行為を今日解禁した。

 …そして、コナンはそれを受け入れた──

 快斗にとっては特別とも言える今日…
 この場所で記念となるその曲を、自分ではなくコナンに選んで貰いたい。


 暫しの間思考を巡らせていたコナンが、ふと顔を上げる。

「…失敗しても、笑うんじゃねぇぞ?」

 弾く曲を決めたらしいコナンがそう言って鍵盤の上に手を置く。


 そこから奏でられたのは──サティ作・ノクチュルヌ 第4番。
 フランス語で『ノクターン』と言う意味の…夜想曲。

 ショパンで有名な夜想曲だが勿論、他の作曲家達もノクターンを書いていて…その中でコナンが選んだのがサティのノクターン。

 サティには「3つのジムノペディ」や「3つのグノシエンヌ」のように、3曲で1つのペアになっている曲がある。このノクチュルヌも「3つのノクチュルヌ」として、第3番までで1つのペアとなっているが…実際には、第5番まで存在しているのだ。
 楽譜によっては「5つのノクチュルヌ」として5曲で1つのものとしているものもあり…


「(さっきとは…弾き方が違うな)」

 流れるような旋律を聴きながら、快斗は先ほどとは違うコナンの『音』を感じる。

 最初に聴いた「月光」は…曲調のせいもあるのかもしれないが、酷く重く、辛く聴こえた。
 それに比べ、今奏でている「ノクチュルヌ」は…

「(…心境の変化でも、あったのかな?)」

 弾き手の心は音になって見えてくる。
 大なり小なり、それはある事で…


 曲が終盤に差し掛かり、それまで黙々と演奏していたコナンが口を開く…。

「…オレも、さ」
「?」

 黙って聴いていた快斗も、その声に耳を傾ける。
 …と、同時に緩やかなメロディーで終焉を迎えた「ノクチュルヌ」。


「オレも。お前の前では偽りのない自分でいたかったんだぜ?」


 鮮やかな笑みを浮かべてそう言ったコナンに、快斗の思考回路は一瞬だけショートする。
 そんな快斗を尻目に、コナンはまだ喋り続け…

「子供じゃない…コナンじゃないオレを、お前には知って貰いたかった…。あの屋上で会った時から、そう…思ってた」
「……だから、始めから『探偵』であるお前を出してたのか…?」
「ああ」

 コナンが話している間になんとか思考を元に戻した快斗。
 疑問を問い掛ければ、意外とあっさり肯定の返事が返ってくる。

 …それを聞き、快斗の中にひとつの希望が生まれてくる。


 ──ずっと自らに閉じ込めてきたたったひとつの想い…



「それがどうしてなのか…聞いてもいい…?」

 静かにコナンの元に近づき…

「知りてぇのか?」
「思いっきりね」
「ふ〜ん…」

 座っていたコナンを抱き上げ、今までコナンが座っていた椅子に座る。

「お前は? なんで天敵である筈のオレに対して素顔を見せたんだ?」
「…知りたい?」
「そうだな…」

 そのままコナンを閉じたままの譜面台の上に座らせ…

「なら、お互いに言い合う…ってのはどうだ?」
「いいよ…合わせようか」

 …視線を合わせる。


「「──好きだから」」


 言い合った言葉は重なり合い、2人の胸の中に堕ちる。

「なんだ…」
「…同じじゃねぇか」

 くすっと笑う快斗と、変わらず勝気な笑みを見せるコナン。

 絡み合った視線が徐々に近づき……


 …月光の影となった2つのシルエットが重なり合う──






【MIDIは『ノクターン』様よりお借りしております。】



きゃぁ〜vv快コで甘め〜vv(悦)←最初にそこをコメントするなってι
選曲が素敵ですよね、ノクチュルヌの第4番…私は3番が好き〜vv(もちろん4番も好きですよ♪)
それにしても、同時に告白(///)いやんvv素敵vv
雪花姉普段より糖度増しなブツをありがとうvv(ハート乱舞だな…)

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