自分が病気なのだと自覚するまでに

どれだけ時間がかかったのだろう








―― 憂鬱と気のせいと自殺願望の狭間で ――









 眠れない。
 頭が痛い。
 気持ちが悪い。

 病は気から、よくそう言われる様に自分もそうなのだと思っていた。

 気分がふさぐ度これではいけないと思った。
 身体がだるくなる度自分の弱さを叱咤した。

 けれど、そんな日々の中で自分が壊れていく音を俺は何処かで聞いていたのかもしれない。















 夜空を見詰める。
 微かな星しか見えない都会の空。

 その下に広がる地上の夜空を見詰める。
 広がるのは人工の星。


「こっから落ちたら死ねるのかな…」


 ふと零れ落ちた台詞。


「随分と物騒な事を仰いますね」


 返って来た言葉。




「来てたのかよ…」


 何の気配も感じさせず背後に立たれていた事を少し腹立たしく思いながら後ろを振り返った。
 案の定そこにあった姿に心の何処かで安堵している自分が居る。


「貴方との待ち合わせに遅れる訳にはいきませんからね」
「何処を如何したら俺と待ち合わせてた事になるんだ?」


 何時もの様に二課宛てに送られた予告状。
 自分の所に直接来た訳ではない。


「貴方以外にアレを解く事が出来る人間はいないでしょう?」


 それでも怪盗は『名探偵』へ宛てた招待状だと言い張る。


「白馬はどうなんだ?」

 アイツも一応探偵だろ?

「それは貴方が一番良くお解りでは?」

 『一応』と付ける辺りでもう明白でしょう?


 たった一人だけに贈られる招待状。
 それが自分であった事に少しだけ幸福を見出してしまうのはきっといけない事。


「で、今日は何の用だよ」


 それを悟られない為に、まるで彼に興味などないかの様に振舞う。
 だって『探偵』が『怪盗』に会うこの瞬間だけが心安らぐ瞬間だなんて口が裂けたって言えないだろ?


「当ててみては如何です?」


『貴方は探偵なのでしょう?』
 そう奴の瞳が語っている。


「俺は別にお前の茶番に付き合うつもりはない」


 けれどそんな挑発に乗る事無く俺はゆっくりと踵を返した。
 挑発に乗らなかったと言うよりは乗る気力すら無かったと言った方が正しかったのかもしれないが。


「怖いですか?負けるのが」
「如何とでも言え」


 しつこいぐらいの挑発にすら乗らず、そのまま数歩歩いた所で怪盗の腕に抱き上げられた。


「離せ」
「嫌だと言ったら如何なさるんです?」
「お前の腕を切り落としてでも帰るさ」


 不機嫌そうにそう言えば、クスッと小さな笑い声が耳に届いた。


「貴方にそうして頂けるなら本望ですね」
「だったら試してみるか?」
「ええ。是非」
「………」


『お前には決して出来ない』
 そう言われているのが解って、コナンは綺麗な弧を描いてる眉をきゅっと寄せた。


「もういいだろ。離せよ」
「それは出来ませんね」


 その言葉をより深く感じさせるカの様に自分を包み込む腕に力が籠められる。
 逃げる事を許さないとでも言う様に。


「それならさっさと用件を言ったらどうだ?」


 その腕に籠められた力の強さに抵抗する事を諦めて。
 だから紡ぐのは一分でも一秒でもこの時間を早く終わらせる為の言葉。


「どうしてそうお急ぎになるのです?」


 けれど返って来るのはその真逆。
 しかも、確信を突いてくるから性質が悪い。


「別に『探偵』が『怪盗』と馴れ合いたくないのに理由なんているのかよ」
「それならば今まではどう言い訳するんですか?」


 これが初めてではない。
 彼との密会は。


「煩い」
「まったく…図星を指されるとそれなんですから」


 これだから貴方は…と言われたところで、頭に血が上るのを感じた。


「煩いって言ってるだろ!大体俺はお前に付き合ってる暇なんかねえんだよ!」
「その割には今日此処に御出で頂けた様で」
「っ……!」


 呼び出したのはそっちだろうとか。
 俺はお前の暗号を解いたから来ただけだとか。

 幾らでも言い訳はあったのに、そのどれもが出てこなかった。
 まるで彼は全て解っているような気がしたから。


「名探偵。いい加減強がるのはお止めになったらどうです?」
「余計なお世話だ」


 何もかも見透かされる。
 『藍』の奥に眠る慧眼に。


「解ってますよ。それでも余計なお世話をせざるを得ないぐらい、貴方が壊れかけてらっしゃるのを見るに見かねて来たんですが?」
「誰が壊れかけてるって?」
「貴方ですよ。恐らく自覚は無いのでしょうけれど」


 まるで慈しむかの様な視線で見詰められ、眩暈を起こしそうになる。


 ドウシテオマエガソンナフウニオレヲミツメル?
 オレハホンライソンザイシテハイケナイニンゲンナノニ…


「どうしてそう何時も無理ばかりなさるのですか?」


 ぎゅっと怪盗の胸に抱きこまれて。
 その温かさに涙が出そうになる。


「いいんですよ。少しぐらい誰かに寄りかかったって」


 必死になって涙を堪えれば、頭上で響いた優しい声。
 堪えきれないモノが頬を伝い、彼の白へと吸い込まれていく。


 箍が外れればそれは留まる事無く、際限なく零れ落ちていく。
 それを怪盗は慰めるでもなく、唯背中をそっと擦っていてくれた。





 ずっと一人で堪えていて。

 ずっと独りぼっちだと思っていて。

 泣く事すら忘れてた。

 心休める事を甘えだと思ってた。


 でも俺は――。













 ―――ずっと泣ける場所を捜し求めていたのかもしれない。













「でも、名探偵」
「何だよ」
「泣くのは私の前だけにして下さいね?」


 そんな事言われなくても解ってる。
 そんな事言われなくたってお前の前で以外なんて泣けない。


「当たり前だろ。お前だけがやっと見つけた俺が俺で居られる場所なんだから」


 返された言葉あまえに怪盗は満足そうに微笑んだ。








END.

ビルの屋上…は流石に無理ですが、最上階とか行くとこんな事を思ったりします。
レンタルした銀翼に踊らされて珍しくKコ(笑)


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