恋に破れたお姫様は
深く暗い海の中
泡になる事を選んだの
Little Mermaid
「人魚姫はどうして泡になる事を選んだのかしら?」
「え…?」
黙って本を読んでいた哀が突然発した呟きに新一は驚いて読んでいた本から顔を上げた。
読書中の哀が言葉を発する事などまずない事だったから。
「王子様を助けたのは本当は人魚姫。それも分からなかった様な駄目王子生かしておく意味なんてないじゃない」
「灰原…ι」
幾ら御伽噺の中とはいえ一国の王子を駄目王子呼ばわり…。
流石と言うか何と言うか…。
「だってそうじゃない?」
「まあ、そりゃ駄目王子って言えば駄目王子だけど…」
何でまたそんな事を急に…と思って哀の方を見ればその手の中にあったのは『人魚姫』。
「読んでたのか?」
「ええ。悪い?」
「いや別にそういう意味じゃ…」
「じゃあどういう意味かしら?」
「………;」
どうして何時もこう喧嘩腰なのか。
別に仕掛けたい訳ではないのに。
「私が読んでて似合わない事ぐらい私が一番良く分かってるわ」
「別にそういう意味で言ったんじゃねえって!」
「……『一応』そういう事にしといてあげる」
「………;」
『一応』が物凄く強調されていた気がするのは気のせいだろうか。
気のせいだと信じたかった…。
「で、人魚姫はどうして泡になる事を選んだのか、だったっけか?」
こうなったら話題をそちらに戻すのが先。
だって…怖いから(爆)
「そう。私には理解出来ないわ」
「でも人魚姫は王子様が好きだったんだろ? だったら好きな人の為に自分を犠牲にするって言う自己犠牲の精神からじゃねえの?」
「それは確かにそうでしょうけど、自分を助けた人間が誰かも分からない馬鹿王子の為にそこまでする気持ちが私には分からないのよ」
可愛そうな人魚姫。
折角王子様の為に自分の声を引き換えに、そして痛みを道連れに漸く人間の足を手に入れたのに、王子様は気付いてくれなかった。
「だったら、灰原だったらどうするんだ?」
「え…?」
突然振られた事に驚いた哀に新一は再度尋ねる。
「灰原がもし人魚姫だったら、どうするんだ?」
「私だったら…?」
「ああ」
「………」
考え込んだ哀に新一は少しだけ微笑んで、彼女の邪魔をしない様に自分も再び本の世界へと帰って行った。
考えてもみなかった。
もしも自分が、なんて。
もしも自分がこの御伽噺に出てくる人魚姫だったら。
もしも彼がこの御伽噺に出てくる王子様だったなら――。
「同じ事をするかしら…」
呟いてしまってから、慌てて顔を上げた。
けれど、彼は本の世界へと戻ってしまっていて、哀の言葉など耳に入ってはいなかった。
その事に酷く安堵する。
(ああ、でも…)
きっと彼ならば自分を分かってくれる。
きっと彼ならば分かった上であの人を選ぶのだろう。
尤も、あの人が彼を溺れさせるなんて真似するとは思えないけれど。
そこまで考えて、哀はくすっと一人小さく笑った。
「灰原?」
その音にどうやら区切りのいい所まで読んだ為か新一が此方側へと戻ってきた。
「どうかしたのか?」
「いえ、何でもないわ」
ことん、と小さく首を傾げた新一に哀は緩く首を振った。
大切な人が居る。
護りたい人が居る。
けれど――彼らはきっと私を泡になんてしないから。
――貴方も見つけて貰えたら良かったのにね。