灯りをつけましょ
ぼんぼりに
お花をあげましょ
桃の花
その日一日は
まるで日本中が
桃色に染まっているみたいだと思った
〜雛人形と甘い時間〜
「……何でこんなもん飾ってあるんだよ」
「あ、新一おはよv」
おはようという時間ではないと思った事は新一は胸の中だけに留めておく。
そんな時間まで寝てしまった自分が言えた立場ではないと思うからだ。
現時刻―――午後2時。
決しておはようと言える時間ではない。
けれど、自分が事件現場から帰って来たのが午前8時過ぎ。
それから諸々を片づけてから寝たのだから、決して新一の自堕落でこんな時間な訳ではない。
そんな事はまあ置いておくとして、新一が午前中に帰ってきた時は間違いなくこんなものはこの場に存在していなかった。
いくら疲れていて眠かったとは言えども、流石に新一もこんなに大きな物体に気付かない筈はない。
「おはよう。で、何でそんなもんが飾ってあるんだよ」
とりあえず、人と人の付き合いは挨拶から、なんて事をしっかりと認識している新一はきちんと挨拶だけはして、それでもしっかり自分の疑問は解決しようとする。
眠そうに眼をこすりながらも、そういう所も新一の魅力だよなぁ…なんて、新一が聞いたらまたバ快斗と言われそうな事を思いながら、快斗はその疑問を潔く解決してやる。
「押し入れの奥にしまってあるって有希子さんに聞いたんだよ」
「あー…そうか。そういや俺が小さい頃は母さん飾ってたな」
リビングに鎮座する七段飾りの雛人形。
その光景に昔を思い出す。
この家の子供は新一一人である訳だから、勿論新一の雛人形ではない。
母さんが嫁入り道具の一つとして持ってきた雛人形。
毎年3月3日の雛祭りの日になると『私だって女の子なんだからーv』なんて言いながら飾っていた気がする。
「本当は哀ちゃんの為に飾ったんだけど…」
「?」
「さっきお隣に行ったら、歩美ちゃんの所で雛祭りパーティーやるらしくて、そっちに行っちゃったって博士に言われてさ;」
「……要は振られた訳か」
「うっ…;」
ガクッと項垂れた快斗に何だか満足して、新一は飾ってあるそれの前にペタリと腰を下ろした。
そんな行動に快斗は首を傾げながらも、座っていたソファーから立ちあがって、新一の横に同じようにペタリと腰を下ろした。
「どうしたの?」
「いや、何か懐かしいなあ…と思って」
ぼーっと雛人形を見詰める。
お内裏様とお雛様。
昔はよく母さんに「新ちゃんもお雛様みたいな可愛いお嫁さん貰えるといいわねvv」なんて言われていた気がする。
そんな言葉を思い出して小さく笑みが零れる。
「新一?」
「ん?」
「どうかした?」
「いや、ちょっと思い出したんだよ」
「?」
「母さんに言われた事」
「…?」
隣で首を傾げている快斗をじーっと見つめる。
顔は悪くない。
寧ろそんじょそこらのモデルなんかじゃとても敵わないぐらい格好良い。
性格も…まあ、多少面倒臭い(…)ところもあるが、良い奴で。
頭はIQ400なんて本当か嘘か分らないぐらいの数値を叩き出すぐらい。
手先も器用で、料理洗濯なんかの家事も完璧。
おまけにマジシャンとして将来まで約束されている。
まあ、裏の顔で『怪盗キッド』なんて人間離れした(…)ものをやれるんだから、体力も問題なし。
結局文句の付けどころなんかないぐらい、三拍子以上そろった男な訳だ。
「でもなぁ…」
幾ら条件がそろっているからと言って、別に自分は男が好きな訳ではない。
それでも、快斗が好きなのには変わりない。
「な、何…?」
新一にじーっと見詰められて、一体何かとドキドキしてしまう快斗をしり目に、うーん…と考え込んでしまった新一。
その横で快斗は訳も分らず首を傾げ続ける。
「いや、俺昔母さんに言われたんだよな。
『新ちゃんもお雛様みたいな可愛いお嫁さん貰えるといいわねvv』って」
「………」
言われた言葉に、何も返せずにいる快斗をよそに、新一はなおも言葉を続ける。
「残念ながら、母さんの言う様に『可愛いお嫁さん』は貰えそうにないなーと思ってさ」
「え、えーっと…」
一体どういう言葉を返せば良いのか分らず、快斗は困った様に新一を見詰める。
そんな快斗に新一はクスッと笑う。
「お前が今何考えてるか当ててやろうか?」
「………」
「どうせ、『やっぱり新一は女の子の方がいいのかな…』なんて思ってんだろ?」
「うっ…」
図星を突かれて言葉に詰まった快斗の肩に、黙って新一は頭を預ける。
いきなりの新一の行動に目をしぱしぱと瞬かせた快斗に、小さな声で呟いた。
「俺が後悔してると思うか?」
「……してないといいな…とは思ってる」
「お前はどうなんだよ」
「俺?」
自分の気持ちを言わないままに、先に快斗に聞くのは狡いと新一にも分っていたが、それでも聞いてみたいと思った。
快斗は自分達のこの関係を、どう思っているのだろう。
「俺は、凄く凄く幸せだよv」
「俺が男でも?」
「うん。勿論♪」
「そっか…」
幾らお互いが思い合っていても。
幾ら世の中が昔よりは多少は寛容になってきていると言えども。
男と男が付き合っているなんてこの世の中ではおおっぴらに公言することなんて出来ない。
一部は除かれるけれども、結婚なんて出来ないし。
子供なんて絶対に望めない。
だとしたら―――そこまでしてお互いを求める事に、意味なんてあるのだろうか?
「新一は? 新一は……後悔してる?」
不安げに紡がれた快斗の言葉に、新一は静かに瞳を閉じる。
暗闇になったことで余計に感じる事の出来る快斗の体温を感じながら、ゆっくりと目を開けた。
「してねーよ」
後悔なんてしていない。
快斗と付き合った事に何も後悔などしていない。
確かにお互いに男同士。
それでも、そんな事がどうでもいいと思えてしまう程、快斗の事を好きになってしまったのだから。
「本当に?」
どうしてこの男はこんなにもこういう時に自信なさそうにするのだろう。
新一が後悔なんてしてないと言ったら、本当にしていないというのに。
「本当だよ」
それでも、新一は快斗にそう言ってやる。
ああ、全く。
甘やかす癖がついてしまったらしい。
いつだって余裕綽々で。
出来ない事なんて何もないという顔をして見せる癖に、新一に対してだけはとことん自信のない快斗。
それは、このオールマイティーな男の唯一の弱点が自分であると言われている様な気がして、心地良いのも確かだ。
「俺は後悔なんてしてないし、これからも絶対にしない」
本当に、心からそう思う。
世間から赦される様な関係じゃない事も。
探偵と怪盗なんていう物語の中ですら結ばれる余地のない関係だとしても。
それでも、これから何があったとしても――――彼の手を取った事はきっと絶対後悔しない。
「幸せ者だね。俺」
新一の言葉に、しみじみと本当に幸せを噛みしめる様に言った快斗。
それに新一はニヤッと笑ってやる。
「当たり前だろ。俺の傍に居られるんだから」
「うわっ! 何、その俺様発言!」
「何だよ。不満か?」
「いえ、滅相も御座いません……;」
「本当に新一には勝てないよね…」なんて小さく呟いた快斗が何だかちょっと可愛くて。
新一の悪戯心を煽ってしまう。
「当たり前だろ。お前は俺にべた惚れなんだから」