殺したい
 殺したい
 殺したい

 見詰める度に思う
 見詰め合う度に思う

 その白い首に手を掛けて
 絞め殺してやりたい

 その細い手首を切り裂いて
 赤く染め殺してやりたい


 殺してやりたいと思う
 今すぐに










幸せな殺意











「殺したい」


 後ろから突然聞こえた言葉に新一は読んでいた本から顔を上げた。
 肩越しに後ろを見れば、さっきまでせっせと作られていたマジックのタネだか、キッドの道具だか分からない物体がいつの間にか出来上がっている様だった。
 尤も、完成予想図なんて見せてもらった訳ではないから、あくまでもさっきまで有ったパーツが全部綺麗に組み上がっている事からの憶測だが。


「誰をだ?」


 彼がそんな事を言ったって、それを現実にする事がないのは分かっているから新一も少しのほほんとそう尋ねる。

 彼だって人間だ。
 殺したい人間の一人や二人居てもおかしくない。


「…まるで他人事だね」


 そんな新一の言葉にクスッと快斗が笑った。
 その物言いに新一は含まれた棘を感じ取ってむうっと眉を寄せる。


「何だよ、それ」
「自分はそんな風に思われてない。そう思ってる人間の発言だよ、それは」


 言われた言葉に新一は直ぐに正解に辿り着いた。


「…俺を殺したいって事か?」
「ご名答。流石は名探偵」


 こんな事で褒められても嬉しくない。
 肩越しに彼を見るのも疲れたし、不愉快だったので新一はぷいっと視線を本へと戻した。


「あらら…ご機嫌斜め?」
「当たり前だ。殺したいなんて言われて喜ぶ人間が居るか」
「俺は嬉しいけど?」


 本当に楽しそうに、嬉しそうに、言葉を紡いだ快斗に、本のページを捲ろうとしていた新一の手がぴたりと止まった。


「…嬉しい?」
「そう。凄く嬉しい」
「………」


 新一はパタンと本を閉じ、それを脇へ置くとくるっと快斗の方へ身体を向けると、じっと快斗の瞳を覗き込んだ。
 嘘偽りを許さない真実を見詰める蒼で。


「意味が分からない」
「そうだろうね。新一にはきっとそういう発想はないだろうから」
「…そういう、発想……?」


 訳が分からず快斗を見詰めたまま首を傾げれば、何だかとっても嬉しそうににっこり笑われて。
 それに益々新一は訳が分からなくなる。


「殺されるのが嬉しいって発想をする人間が居るのか?」
「うん、居るよ。今新一の目の前に、ね」
「……お前、殺されたら嬉しいのか?」
「うん。凄く嬉しい。あ、勿論新一限定でねv」
「俺、に…殺されるのが……嬉しいのか?」
「うん。もう最高に幸せvv」


 本当に幸せそうに笑った快斗に、新一はまたしてもむうっと眉を寄せる。
 そんな新一の険しい表情に、快斗は予想していた事とはいえ苦笑した。


「こらこら。そんな顔したら折角の美人さんが台無しだよ?」
「…お前が訳分かんねえ事言うからだろうが」
「確かに新一には訳分かんないだろうね」


 うんうん、と一人納得されて。
 新一の眉は余計にむうっと寄せられた。


「…何かムカツク」
「そう?」
「すっげー馬鹿にされてる気分」
「馬鹿になんてしてないよ。それだけ新一が歪んでない真っ当な人間だって言ってる様なもんなんだから」
「……何だよ、それ」
「そのままだよ」


 幸せそうに、にっこりと笑った快斗の言葉の意味が分からず、新一は寄せた眉を更に最大限に寄せて見せた。


「こらこら。だから、そんな顔しないの」
「お前がさせてんだろうが」
「確かに。それはご尤もなご意見で」


 苦笑されて、おもいっきり抱き寄せられた腕の中で新一は考える。
 殺されるのが嬉しいと言った、この男のことを。


「お前、死にたいのか?」
「まさか! 俺はずっとずっと生きて新一の傍に居て、ずっとずっと新一のことを見ていたいよ?」
「それなら、何で殺されるのが幸せだなんて言うんだよ」
「うーん…まあ、そうくるよね。普通」


 見なくても新一には分かる。
 快斗が曖昧な笑みを浮かべているだろう事が。


「そう思うならちゃんと説明しろ」
「んー…いやね、俺は新一に殺されるなら凄く幸せなんだよ。
 だって一番好きな人が自分を手にかけてくれるんだよ?
 一番好きな人が自分が死ぬ本当に最後の最後まで、ずっとずっと見ていてくれるんだよ?
 好きな人の手の感触を、息遣いを、その視線を、ずっとずっと感じたまま死ねるんだよ?
 それが俺には酷く幸せな事に感じられるんだ」
「そんなの…」
「それにね、新一は優しいからきっと自分が手にかけた人間の事をずっと一生忘れられない。
 俺は新一の心の深い深い部分をずっと一生独占していられる。新一が死ぬその日までずっと」
「………」
「俺にはそれ以上の幸せはないように思えるんだ」


 どんなに愛しても。
 どんなに愛されても。

 相手の心を縛り付けることなんて出来やしない。

 もしかしたら明日、彼は自分の事を嫌いになるかもしれない。
 もしかしたら明日、彼は自分以外の誰かを好きになるかもしれない。

 そんな事を考えたくはないけれど、彼を誰かに渡すぐらいなら……彼を殺して自分のモノにしてしまいたい。

 それでも、大切な人を、大好きな人を殺せない事なんてとうに分かっているから。
 だから願うのは望むのは…。



 大切な、大好きな人に殺されて―――その人の心をずっとずっと縛り付けておくこと。



「バ快斗」


 言われるだろうと予測していた言葉に快斗は笑う。
 酷く、嬉しそうに。


「知ってるよ」


 分かっている。  新一はそういう人間だと、快斗には分かっている。

 何だか酷く満足そうに笑う快斗に新一はむっと寄せていた眉もそのままに顔を上げ、快斗の顔を見詰めた。
 普段なら馬鹿にして取り合わないだろうに、今日はどうやらこんな話題に付き合ってくれる気らしい新一の様子に快斗は首を傾げた。


「どうしたの?」
「俺はお前のこと殺してなんかやらないからな」
「うん。知ってるよ」


 言われた言葉と自分の言いたい事が若干ずれているのを悟った新一は、何かを切り替える様に一つ溜息を吐いて寄せていた眉を元に戻すと、快斗の瞳を真っ直ぐに見詰めた。


「なあ、快斗」
「ん?」
「お前がどう思ってるかなんて俺には関係ないけど…これだけは言っとくぞ? 俺はお前が思ってる程優しくなんてない」
「ううん。新一は優し…」
「いいから黙って聞け」
「…はい;」


「俺は死んだ人間の事なんて思い出してやる程優しくないんだから……精々生きて、俺の傍でお前のことだけ見詰めさせてろ」




































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