できればそんな日が来て欲しくないと思っていた

 でもその日は必ずやってくると知っているから


 だからその日には

 もしもその時が来たなら

 笑って言えたらいいと思っていたのに



 『さよなら』



 その一言を笑顔で…










Good bye days











 出会いは突然。
 別れは必然。

 それでもいいと思ったから、あの時俺は彼の手を取った。




















 深夜の密会。
 けれど今日はいつもの様に都心の綺麗なビルの屋上ではなく、怪盗に似つかわしくない廃屋。
 火事にでもあったのだろうか。
 天井は無く、月の光が暗くくすんだ壁を床を照らし、より一層黒く落ち窪ませていた。


 そんな寂しい廃屋へ足を踏み入れれば、彼はもう既に自分を待っていた。


「名探偵。今宵は急にお呼び立てしてしまって申し訳ありません」


 深々と頭を下げる。
 いつもは様になる動作が、今日はなんだか下手な三文芝居の様に見えた。

 そのぐらい、いつもと何かが違っていた。


「一体何の用だよ」


 態々こんな所に呼びつけて何だというのだろう。


「名探偵にお伝えしたい事がありまして」


 その言葉に新一は益々訝しげに怪盗を見詰める。
 別に話ならこんな所に態々呼び出さなくても済む筈だ。

 家でゆっくりとすればいい。

 それなのに何故――?


「一体何なんだ?」


 嫌な予感がした。
 ざわり、と嫌な感触が心を撫でる。






























「名探偵に、お別れを告げに…」






























 聞きたくない言葉が耳に届いた。
 いつまでも聞かなくていい日が続く事を願い続けていた言葉。

 一番聞きたくなかった言葉。






























「何でだよ…」






























 何て陳腐な台詞だろう。
 こうなった時にと用意してあった台詞はもっときっと沢山あった筈なのに、口を突いて出たのはそんな陳腐な台詞。


「名探偵も分かっていらっしゃるでしょう?」
「………」


 そうだ。
 最初から覚悟はしていた筈だ。

 彼が自分から離れていく事も。
 彼が勝ち目のない戦いに向かう事も。

 全て分かっていて手を取った筈だ。
 そう、その筈だった。


「貴方は分かっていて私の手を取って下さった。本当に感謝しています」


 分かっていた。
――――彼が戦っている相手が強大なのは。


 分かっていた。
――――彼とはきっともう二度と逢えないと。



 それでも、気持ちは理性を裏切る。






























「行くなよ…」






























 それは絶対に紡がないと心に誓っていた言葉。

 彼の邪魔になりたくはなくて。
 彼の困った顔は絶対に見たくなくて。

 だから言わないと誓ったのに…。










「頼むから…行かないでくれ……」










 口から出たのはそんな情けない懇願の言葉。


「名探偵…」
「いいんだろ? 別にお前が行かなくても…」
「………」
「誰かが永遠を手に入れたって別にいいじゃねえか。
 お前がどうしてそれを阻止しなきゃいけない? そのためにどうしてお前が戦わなきゃいけないんだ…」


 知っていた。
 今まで彼のしてきた事を。

 分かっていた。
 彼が何を思っているのかも。

 彼の全てを否定しているのだと分かっていても、それでも言葉は止まらなかった。


「お前が行った所で、結局一人じゃどうしようもないだろ?  お前が行ったって、行かなくたって何も変わらないんだ。だから……」


 だから、行くなと。
 行ってくれるな、と。

 そう言いかけた所で申し訳なさそうに怪盗は口を開いた。










「すみません…名探偵……」










 分かっていた。
 そう言われるのは。

 分かっていた。
 何を言っても彼を止められないのは。

 それでも…それでもと願ってしまう。
 だって彼は―――。



「確かに私が行った所で何も変わらないのは分かっています。けれど、私は行かなければならないんです…」
「何でだよ…。何でお前が…」






























「それは、私が『怪盗キッド』だからですよ」






























 見たことがなかった。
 ここまで凛とした彼の姿は。

 見たことがなかった。
 ここまで澄み切った彼の瞳は。


 ああ。もう駄目なのだと。
 その瞬間探偵は悟った。


「もう、何を言っても無駄なんだな…」
「名探偵…」


 諦めにも似た苦笑が新一の口元に上る。


「分かったよ。もう止めねえよ…」
「……すみません」


 申し訳無さそうに頭を垂れる怪盗を探偵は下から覗き込む。


「なあ、キッド」
「何ですか…?」
「俺も行っていい?」
「………」


 無言。
 沈黙。

 それが答え。


「そっか…」


 諦めにもにた微笑がより深く刻まれる。


「貴方を私の戦いに巻き込む訳にはいきませんから」
「……俺が望んでも?」
「……例え貴方が望んでも」

「そうだよな…。これはお前の戦いだもんな…」


 ふぅ…と一つ溜息を吐いて、探偵は顔を上げ遠くで輝いている月を見上げた。


「そっか…いっちまうのか…」


 もう止められない。
 いや、最初から止められないのは知っていた。

 ただの最後の悪あがきをしてみたかっただけ。

 だから最後ぐらいと思って、今出来る限りの最高の笑顔で言葉を紡いだ。






























「さよなら…キッド」




































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