『逢えない時間が愛を育てる』なんて言うけれど
それは逢う事が出来ない恋人同士の
慰めの言葉でしかない気がした
正しい花占いの仕方
「…来る……来ない………来る……………来ない………」
ひらひらと足元に一枚一枚落ちていく花弁。
レトロなレトロな格好には似つかわしくないそのレトロな占い。
「今日も、ですか…」
最後に残った持ち手を冷たいアスファルトに放り出して、今夜も綺麗に、けれど冷たく輝いている守護星を仰ぎ見る。
曇りの無い澄み渡った夜空。
都会とはいえちらほらと見える星。
そして自分の守護星である青白い月が細い剣を描いている。
此処の所ずっとはずれてくれない占い。
結果は何時も同じ。
―――彼は『来ない』。
その結果に一つ溜息を吐く。
忙しいのも知っている。
彼のフィールドがこちらではない事も。
けれど…もうどれだけ逢っていないのだろう。
昔と今では関係が違う。
嘗て唯の『探偵』と『怪盗』として対峙した。
その後は何度もニアミスがあって、尤も自分から仕掛けた意図的なモノも多々あったけれど。
その甲斐あって彼に興味を持ってもらった。
その甲斐あって彼に認めてもらった。
そして…彼をこの手に抱き留める事が叶った。
一生叶う事の無い筈だった願いを叶えてくれたのは他ならぬ彼。
自分に『愛』とそして『執着』を与えてくれたのは他ならぬ彼。
叶う事ならもう二度と離れる事の無い様に鳥籠に閉じ込めて、誰の目にも触れない様に、自分だけの者になる様に隔離してしまいたい。
きっとそう言ったら彼は笑って赦してくれるだろう。
そしてきっと彼自らそれをしてくれるだろう。
「いっその事…」
本当に攫ってしまおうか。
本当に閉じ込めてしまおうか。
そうすれば自分は満足するのだろうか。
彼を捕まえて、自分の隠れ家に閉じ込めて、誰の目にも触れない様に――。
其処まで考えて、キッドは自分の考えを振り切る様に緩く首を振った。
それでは『探偵』である彼を殺してしまう事になる。
あの真実を追い求め続ける事で輝く『蒼』を消してしまう事になる。
それは自分の願いではない。
綺麗な綺麗な彼を『愛している』。
それは本当。
来てくれない彼を『憎んでいる』。
それも本当。
愛憎とは昔の人は本当に上手い事を言ったものだと感心してしまう。
今の自分が正にそれであるから。
何時まで経っても冷める事の無い想い。
今までとは明らかに違うそれ。
戸惑いながら迷いながら、それでも離す事は出来ない。
――それは『執着』と呼ばれるモノだった。
「……ったく…」
事件現場からの帰り道、新一は一人ぶすっとした表情を浮かべながら夜の道を歩いていた。
と言っても今日は要請を受けた訳でも、依頼があった訳でもない。
帰りに巻き込まれたのだ。
電車の車内で起こった傷害事件に。
幸い被害者は軽症で済んだ。
そしてその被害者を庇った新一自身も。
犯人は唯の通り魔だった。
誰でも良かったらしく、手近に居た女性を狙っただけだった。
それでも目を血走らせて包丁を振り回している姿は異様としか言い様がなかったけれど。
本当なら今日自分は彼の現場に行く筈だった。
けれどその事件の事情聴取につき合わされ、大した怪我でもないのに病院に連れて行かれて…結局彼の犯行時刻には病院に半ば連れ込まれた様な状態だった。
そして全てから解放されたのは彼の犯行時刻から2時間も経った後だった。
それから其処に行く事も出来たけれど、もしかしたらまだ待っていてくれているかもしれないという淡い期待もあったけれど、其処へ行く事は出来なかった。
だって、もし彼が居なかったら自分はどうすればいいのか解らなかったから。
だから送っていくという佐藤さんの申し出も丁重に断って、一人徒歩で帰る事にした。
それは感傷に浸りたかっただけなのかもしれないけれど。
「………もうどれぐらい逢ってねえんだろ」
闇の中を歩きながら彼の守護星である月を見上げる。
細く剣を描いている星からは彼と同じ凛とした冷涼な気配を感じる事が出来る。
彼に逢えない日は月を見上げる。
彼に逢えない日は月を感じる。
それだけで少しは寂しさが消えていく様な気がするから。
それでも今はほんの少し足りないけれど…。
「最後に逢ったのは…」
指折り数えてみる。
2週間前の予告の日は目暮警部から要請が入った。
1月前の予告の日は丁度依頼人との打ち合わせが入ってしまった。
その前は……。
「げっ…。もう2ヶ月近く前じゃねえか……」
思わず頭を抱えたくなった。
2ヶ月近くも逢っていないなんて、流石にヤバイ。
これが普通の関係なら、浮気をされても仕方ない。
「もう、違う奴のとこいってんのかな…」
お互いに忙しいなら仕方ない。
逢えないのならば次の約束を励みに頑張ればいい。
けれど自分の場合は何時事件の要請が入るか解らないから。
約束なんか出来ない。
約束してもそれを守れない。
それはきっと『恋人』としては最低。
「………っ……」
きっともう彼は違う人のところに居る。
きっともう彼は違う人を想っている。
そう想うと何だか解らない熱いモノが込み上げて来る。
視界が揺れる。
月が歪む。
――それは確かに『後悔』をしていた瞬間だった。
――キィッ…。
年期の入った門は今の自分には多少耳障りな音を立てて開く。
その音に少しだけ眉を寄せて、ゆっくりと自分の身体を中へと滑らせた後、再度その音を立てる。
――キィッ……。
もう一度鳴り響いた音に、今度手入れでもしなければいけないと溜息を吐いた刹那、
「何だ……?」
視界に入ったのは玄関前に置かれた一本の赤い薔薇。
その薔薇に引き寄せられる様に新一は玄関へと一歩一歩近づいて、そしてゆっくりとその薔薇を拾い上げた。
その薔薇には一枚の、かの魔術師を思わせる淡い光を纏った真っ白なカードが付けられていた。
貴方に逢える時を
薔薇の花を散らしながら
ゆっくりとお待ちしております
「っ――!」
どうしてアイツはこうも上手いのだろう。
どうしてアイツはこうも気障なのだろう。
「ばーろ……」
まるで自分の行動を、そして自分の想いを全て見透かした様な薔薇の花とそのカードにぽろぽろと泪が零れた。
「次は絶対逢いに行ってやるよ…」
END.
花占いをしている怪盗さんを想像して下さい。
ちょっと笑えます(爆)←書いといてそれかよ;back