嫌よ嫌よも好きのうち
 大嫌いは大好きの裏返し

 同じレベルなのは
 自分としても分かっている

 余りにも馬鹿馬鹿しくて
 余りにも低レベルだと

 それでも、きっと
 貴方に飽きられるよりはマシだと思う








 
Cold love









 いつもと同じ様に学校帰りに駅で待ち合わせ。
 高校生同士の付き合いなんて、そんなモノ。
 幾ら稀代の名探偵と、夜を駆ける世紀末の魔術師とて、それは同じ事。


「あ、新一みーっけ♪」
「よっ…」


 ルンルンと駆け寄ってきた快斗に、そう言って軽く手を上げる。
 新一の最寄り駅である駅だから、当然新一の方が早く着く。
 それは快斗としては不満であるらしいが。


「んー…やっぱり、どんなに頑張っても新一より先には来られないか」
「当たり前だろうが。俺の方がどう足掻いても近いんだから」
「だから、ゆっくり来ていいよ?って言ってるでしょ!」
「いや、だからゆっくり来てるって…;」


 授業が終わって、クラスメイトと他愛も無い話しをして。
 ゆっくりゆったり歩いてきても、この時間だ。
 これ以上どこかで暇潰しをしろというのか、この目の前の男は。


「だよねぇ…。やっぱり俺も帝丹に通おうかな…」
「馬鹿も休み休み言え。バ快斗」
「酷いなぁ…。俺は一時間でも新一と長く居たくて…」
「わあったから、とりあえずその馬鹿な考えは捨てて、飯でも食いに行くぞ」


 相変わらず馬鹿な発言しかしない快斗を見捨てる様に、そう言ってすたすたと歩いていく。
 新一には当然快斗が着いてくるのが分かっているから。


「新一〜! 置いてかないでってば!!」


 それももう、新一には無くてはならない日常。















「で、新一君は何食べたいの?」


 さっさと新一に追いついて、ちゃっかり横を占拠して、満面の笑みでそう聞く快斗に新一はいつも通りの答えを述べる。


「何でもいい」
「でも、新一が何か食べに行くって言って…」
「お前に任せた」
「……全く、いつもそれなんだから;」


 困ったと言うように肩を落とす快斗に新一は相変わらず冷たい言葉をかけるだけ。


「決められないなら、もう帰るか?」
「ちょっ…し、新一君!?」
「ん?」
「ん?じゃないでしょ! そういう事さらっと言わないの!」
「しょうがないだろ。悩んで時間無駄にするぐらいならお互い帰った方が建設的…」
「分かりました! 今決めるから、ちょっとだけ待って!!」
「ん。分かった」


 わたわたと、周りを見渡す快斗を尻目に新一はぽやーっと周りを観察する。
 ここは自分の地元の駅だ。
 何処の店が上手くて、何処の店が不味いなんていうのはある程度分かっている。
 味も、価格帯も、混み具合も、店の雰囲気も。

 その中から、快斗がもって生まれた野性の嗅覚(…)でどれを嗅ぎ分けるか、ある種楽しみで。
 毎回こうして意地悪をしてしまうのだけれど。


「し、新一! あそこ! あそこにしよっ!」
「別にいいけど…」


 流石は怪盗なんてやっている人間。
 新一的にも悪くないと思っている店に標準を合わせたらしい。
 その嗅覚は尊敬に値するが…、


「あそこ結構値張るぞ?」


 現実問題的に、ある意味そこは重要視すべきだと思う。
 何せ一応お互い高校生だし。


「いーの。俺昨日バイト代入ったばっかだから」
「あー。例のパーティーの仕事だっけか」
「そ♪ だから、安心して俺に奢られて下さいな♪」


 快斗は最近バイトを始めたらしい。
 何でも、パーティーの運営の会社らしくて、司会だの、時によってはお得意のマジックも披露しているらしい。
 妬かせようとでも思ったのか、バイトを始めた当初、


『可愛い子いっぱいいるんだよー。モデルの卵とか、女優の卵とかもいっぱいいるしねー』


 なんて言っていたので、


『良かったな。早く彼女でも作れば?』


 と、冷たく言い放ってやったら、何だか自爆して凹んでたっけ。
 全く、どうしようもない奴だと思う。
 俺にそんな事言ったって、そんな答えが返ってくるだけなのは分かっているだろうに。

 真意はどうだとしても…。















「新一は何食べたい?」
「別に何でも」
「もー。いつもそうなんだから。偶には自己主張しなさい!」
「いや、ホントに別に何でもいいんだけど…」


 ずいっとメニューを押しやられても、特に取り留めて食べたいモノはない新一は困ってしまう。
 元来、食には余り興味がない。
 不味いものを好んで食べたいとは思わないが、特に何が凄く好きというのはそこまでないから。
 特に最近は、快斗が選んでくれるモノにハズレがないと知ってしまっているし。


「んー…、じゃあ、パスタランチとかにする?」
「ああ、じゃあそれで」
「……じゃあ、って……ま、いっか」


 何だかちょっとガクッとしていた気がするけど、それも気にしない事にして、新一は店員を呼ぶ快斗をジッと見詰める。

 男前で。
 IQ400なんてそこらの天才も真っ青な程の天才で。
 スポーツ万能で(まあ、スケート以外)。
 会話も上手くて。
 物腰も柔らかくて。
 社交的で。

 非のうち様がない人間なんて本当にいるもんだなぁ、と思う。
 そういう意味ではこいつが本当に地球人かすらも怪しいと思う。
 もしこいつが本当は宇宙人なんだといわれたら、何だかそっちの方がしっくりくる気がする。


「何? 俺ってそんなに見惚れる程いい男?」
「勝手に言ってろ」


 店員に注文をし終えて、新一から注がれていた視線に気付いた快斗はそう言ってウインクして見せる。
 本当はそんな姿すら格好良いとは思うのだけれど、そんな事素直に言ってやる気は毛頭無い。


「はいはい。まあ、新一君は俺の事ホントに好きか分かんないもんね」
「……は?」


 冷たい言葉も、いつもの様に軽く綺麗にかわされて、それでもその後に続いたいつもとは雰囲気の違う言葉に新一は首を傾げた。
 そんな新一を快斗は珍しく真剣な瞳で見詰める。


「いやね、最近俺本気で思うんだよね。新一は俺のこと本当に好きなのかなって」
「……何でそんなこと」
「だって、新一ってば冷たいじゃん? 俺ばっかり新一の事好きみたいだ」


 少しでも茶化して言おうとして、失敗したみたいに快斗の口元には自嘲気味な苦笑が上った。
 痛々しい様な苦笑が。


「だから俺思うんだよね。もしかして全部俺の一人相撲なんじゃないかって」


 言われた言葉は、けれど、そこまで新一の心には刺さらなかった。
 だってそれは自分が望んでいた事。


「そう思うならそうなんじゃねえの?」


 だから軽く毒づいてやる。
 だってこれは自分が望んだ事。


「…新一は俺の事―――嫌い?」


 言われた言葉は、今度は小さくチクリと胸に刺さる。
 けれどそれはナイフで刺された様な致命傷ではなくて、小さな棘の先端がちょっとだけ刺さったぐらいのモノ。

 だってそれはあくまでも予想圏内。


「ばーろ。誰もそこまで言ってねえだろうが」
「じゃあ、好き?」
「さあな。ま、こうやって一緒に食事に来てるんだから、少なくとも少しは好きなんじゃねえの?」
「そっか」


 小さく快斗が笑う。
 安心したと言う代わりに。


 自分でも冷たいと思う。
 好きだと言ってやればいいのかもしれない。

 けれど、それは出来ない事。

 言うのは簡単。

『好き』
『大好き』
『愛してる』

 そんな言葉達口にする事ぐらい、新一にだって簡単に出来る。
 けれど、そんな言葉告げた所で、誰かの気持ちを一生縛り付ける事なんて出来ないのも、とっくに分かる年齢に自分はなっていた。

 ずっとその人が自分の事を好きでいてくれるなんて甘い夢で。
 ずっとその人の事を自分が好きでいられるなんて甘い幻想で。

 永遠の愛とか。
 甘いだけの恋とか。

 そんな何処かの小説だとか、テレビドラマみたいなモノを信じていられる程、子供でもない。

 永遠の愛なんてこの世界の何処にも存在しない。
 連理の枝とか、ベターハーフなんて、小説の中にしか存在しない。

 だからこそ思う。
 好きな事に溺れてはいけない、と。


「でも、きっと…俺の『好き』と、新一の『好き』を比べたら、全然俺の方が重いんだろうね」


 少し笑いながら、それでも、その瞳の奥に僅かな寂しさを抱えて、快斗はそう告げる。
 新一の真意なんて全く知らないままで。


「そうかもな」


 それでいいと思う。
 そうあって欲しいと思う。

 俺の方が重いなんて油断された日には目も当てられない。
 それで飽きられたなんて事になったら、情けないにも程がある。

 『愛されるより愛したい』なんて歌が昔あった気がするが、自分が望むのは真逆。
 『愛するよりも愛されたい』それが自分の本音。

 傷付くのが怖いだけだとか。
 人を本当に信じられないのだとか。

 きっとこんな話しをしたら、他人に言われるであろう言葉達なんて幾らでも思いつく。
 そんな事自分だって思いつくのだから、言われずとも分かっている。

 だけどもし、相手を本当に信じきって。
 永遠の愛は本当に存在するのだと思い込んで。


 もしもソレに裏切られたとしたら――――誰が責任を取ってくれる?


 自分の行動になんて自分しか責任が取れない。
 自分が傷付く原因はあくまでも自分であり、責任を取れるのは自分しか居ない。

 だから、思う。
 無謀な賭けも、無謀な信頼も、無謀な恋愛も御免だと。


「まあ、それでも俺は新一の事好きだけど」


 そう言って快斗は笑う。
 いや、笑ってくれる。

 俺の為に。


「言ってろ。そのうち飽きるから」


 その言葉は本音。
 きっとそのうち快斗は俺に飽きるだろうという、予測。
 間違いなく起こり得る未来。


「飽きないよ。俺はずーっと新一の事大好きだから」


 笑顔でそう告げる快斗の言葉なんて何の根拠もない甘い睦言。
 そんなモノ素直に信じる気なんて最初から持ち合わせていない。


「言ってろよ」
「いーよ。新一が信じてくれるまで俺はずっと言い続けるから」


 そう言って笑った快斗が何だか、切なかった。




















 悪いけど、俺は素直にお前を信じられる程純粋じゃないんだよ。




















end.



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