「お忘れだったんですか?」


 クスクスと笑って言われた言葉に

 新一はきゅっと形の良い眉を寄せた








忘れられた記念日と届けられた予告状








「ん?」


 事件から帰ってみれば郵便受けに入っていた白い封筒。

 表を見ても裏を見ても切手なんてものは存在しない。
 だとすればこれは直接誰かがここに入れたモノ。


「ったく…今度は何の用だよ…」


 その白い封筒が差出人を明らかにしていて。
 だからこそ嫌そうにそう呟きながらも新一は何時もの様にそれを開封しつつリビングへの廊下を抜け、そしてやはり何時もの様に中から出てきたカードを手に取るとソファーへと腰を降ろした。






 
 
規律の定められし日と

必要とされなくなった戦いの道具を纏いし人型が求められる日の境

偽りの星々の声を最初に聞く事の出来る場所へ


貴方へのお祝いの言葉をお届けに参ります






 何時の頃から警察に送られるモノとは別に、個人宛に送られる様になった予告状。

 それは『探偵』と『怪盗』だけの頭脳戦。



「規律のさだめられし日と、戦いの道具を纏いし人型が求められる日…か」


 カードに記された文字を呟いて、新一は首を捻った。
 しかしそれはそこに記されていた日時が解らなかったからではなく、逆に解りすぎてしまったからだ。


「何でこんなに…」


 ―――簡単なんだ?


 首を傾げた新一の疑問に答えてくれるのは、今はまだ逢う事の出来ないこのカードの送り主だけ。















「お早いご到着で」
「それが呼び出した奴の台詞かよι」


 仕組まれた日の午前10時。
 きちんとその場所に辿り着いた新一に怪盗はそう言ってにこやかに笑ってみせる。

 当然怪盗の格好は常の白い衣装ではなく、GパンにTシャツという極々普通の格好。
 それでも探偵がその姿を、その気配を探し出せない訳がなかった。


「すみません。意外だったものですから」
「何がだよ」
「貴方がこの場所に来て下さった事が、ですよ」


 『規律の定められた日』とは憲法の配布された日、つまり『憲法記念日』。

 『必要とされなくなった戦いの道具を纏いし人型が求められる日』とは今は必要とされなくなった鎧兜を身につけた五月人形が飾られる端午の節句。
 今日で言う『子供の日』。

 その境という事は…。


「ったく、俺だってよっぽど来るの止めようかと思ったぜ」


 こんなGWの最中なんて街に溢れているのは大勢の人々。
 出不精かつ、人込みがそんなに好きではない新一でなくても出かけるのが少々億劫になってしまう日だというのに。

 少しだけぶすっとした顔を浮かべた新一にも怪盗は先程から浮かべたままの笑顔を崩す事はない。

それは、それでもこの場所に来た彼の心理を知っているから。


「それでも答え合わせはしたかった、と言う訳ですね」
「そうだよ。悪いか?」
「いえ。そのお陰で貴方にお逢い出来たのですから私としては上出来ですよ」


 にっこりと笑った怪盗から差し出されたのは一枚のチケット。
 そこに記されていたのは今現在その入り口に立っている『東都プラネタリウム入場券』の文字。

 それは暗号ともいえない暗号文の解答。


「何だよこれ」
「貴方の分の入場券ですが、何か?」
「何かって…」


 呆然とする新一をよそに、何が解らないのかが解らないといった表情で此方を見詰めてくる怪盗。
 そんな怪盗を見詰めていた新一はたっぷり十秒程たって漸く自分を取り戻した瞬間、思いっきり嫌そうな顔を作って見せた。


「何で俺がお前なんかとプラネタリウムなんかに入らなきゃいけないんだよ」


 不機嫌極まりない声でそう言われても、怪盗は相変わらず微笑んだまま。

 何たって自分には最後の切り札があるのだから。


「名探偵。暗号の最後の文はお解り頂けましたか?」
「………」


 クスッと笑って尋ねられた言葉に新一は返す言葉を見つけられなかった。


『貴方へのお祝いの言葉をお届けに参ります』


 それは暗号の最後の文に記された意味を理解できなかったから。

 何故自分への祝いの言葉なのか。
 それは何処をどう捻っても他の意味など出て来る筈の無い、そのままの文章で。

 けれどだからこそ新一には理解できなかったもの。


「気になりませんか?」


 新一の沈黙からそれが解かれていない事が解ったらしい怪盗は更に笑みを深めて新一にそう尋ねてくる。
 ハッキリ言って今の新一にはその笑みは嫌味でしかないのだが、事実気になるのでは仕方が無い。


「気になる…」
「なら一緒に入って頂けますね?」
「………」


 ぶすっと本当に、「ムカツク」という表情を作りながらも頷いた新一に怪盗は満足そうに微笑んで。
 その手をそっと絡めとった。

 瞬間、新一から非難の声が上がる。


「なっ…!」
「私が及び立てしたのですから、エスコートするのは当然でしょう?」

「ばーろ! 何がエスコートだ!! んなもんいるか!!」


 ぶんぶんと手を振り払おうとする新一。
 しかし、その程度で離すつもりはない怪盗。

 その光景は、ハッキリ言って『お手て繋いでルンルンルン♪(激早バージョン)』である(爆)




「ねえママ…」
「しっ! 見ちゃいけません!」

「「…………;」」




 いい年をした男二人がそんな事をしているのを第三者の周りの人々から見れば、当然怪しい事極まりない。
 まあ、余りに余りな何処か可愛らしいお子様とそのお母様の反応には流石の二人も固まってしまったが。



「名探偵。ここは大人しくしていた方が目立たないと思いますが?」
「……わぁったよ;」


 流石にそのまま『激早バージョンお手て繋いでルンルンルン』を続けるのも怪し過ぎるので、新一は仕方なく振り払おうとしていた手を下ろした。
 それに怪盗がほくそ笑んだのは新一の与り知らぬ事。


「では参りましょうかお姫様v」
「……姫は余計だ」


 非常に苦々しげにそう言い放った新一は、「さっさと行くぞ」と言って怪盗を引っ張って中へと入って行った。





 中のホールへと続く通路を歩いて行けばその両側には何処のプラネタリウムにもあるように星々の写真とその説明文のついたパネル。
 それを眺めながら新一はぼそっと懐かしそうに呟いた。


「久しぶりだな…こんなとこ…」
「そうなんですか?」
「ああ。小学校の時以来かな」


 小学校の社会科見学以来だと語る新一に怪盗はふむ、っと新一と手を繋いでいる反対側の手を顎に当てて何やら考え込む。


「ん?」


 それに気付いた新一が首を捻った。


「どうかしたのか?」
「いえ…」
「?」


 難しい顔をしたまま考え込んでいる怪盗に新一はますます不可解そうな表情を浮かべる。
 そのまま考え込んでいた怪盗が相変わらず難しい顔をして、


「名探偵は星はお嫌いですか?」


 と、尋ねてきた。

 それに新一は緩く首を振る。


「別に嫌いな訳じゃねえよ。ただ来る機会がなかっただけだ」
「それなら良かった」


 新一の答えに途端に満面の笑みを浮かべた怪盗の変わり身の早さに少々圧倒されて怪盗を見詰める新一。
 それをさも楽しそうに眺める怪盗。

 視線が絡み合ったまま、少しだけ…ほんの少しだけれどお互いの時が止まる。

 それは何時もの逢瀬の時のほんの僅かな時に似ていて……。



 ――――ジリリリリ…



「そろそろ、始まってしまうようですね」


 投影開始を告げるベルと怪盗の言葉で新一は我に返った。


「そうだな」
「入りましょうか」
「ああ」


 扉の横に立っている職員へとチケットを渡し、その半分を切って貰って中へと入る。
 投影開始の直前の為、もう既に中は大分暗くなっていた。


「足元に気をつけて下さいね」
「わあってるよ」


 さり気無く、先程言われた通りに怪盗にエスコートされているのが癪に障るが、それでも夜目の利く怪盗のそれはありがたいのは確かだった。
 そのまま彼に導かれるままに席へと連れて行かれる。


「ここで宜しいですか」
「ああ」


 席に座った所で周りを見渡してみる。

 ちらほらとカップルやら親子連れやらが見えるが、8割は誰も座っていない席。
 詰まる所、がら空きなのであるが。


「プラネタリウムってこんなに空いてるもんなのか?」
「まあ、そんなに混むところではないのは事実ですね」


 苦笑を浮かべた怪盗に新一は心の中だけで、一人納得をした。

 元来人込みが好きではない新一。
 それを知っている目の前の怪盗はGWという何処へ行っても人込み、の様な中から極力人が少ない場所を選んでくれたのであろう。

 そう思うと少しだけくすぐったい。


「名探偵?」


 一人クスッと笑みを浮かべた新一を怪盗は不思議そうに見詰めてくる。


「何でもねえよ」


 だけど教えてなんてやらない。
 それが少しだけ嬉しかったなんて口が裂けたって言えない。

 だからそっけなくそう言って、これから星々が投影される上空の闇を見詰める。

 ただ果てしなく続く闇。
 その暗さにどこか安堵を覚える自分は少しだけ歪んでいるのだろうか。

 人は『闇』を恐れると何処かで聞いたはずなのに。




『皆様本日は東都プラネタリウムにご来場頂き誠に有り難う御座います。それではただ今から投影を開始させて頂きます』




 闇を見詰めぼおっとそんな事を考えていれば、投影開始を告げるアナウンスが聞こえてきた。
 そして上空の闇に無数の星々が映し出される。

 それはこんな都会では、見る事の出来ない綺麗な綺麗な夜空。


「綺麗ですね」


 我を忘れてその光景に見入っていた新一の横からそう声がかけられる。
 それにただ静かに頷いた。


「名探偵。どうして私が今日ここに貴方をお呼びしたか解りますか?」
「いや…」


 それは当初からの疑問。

 何故こんな日に、この場所なのか。
 それは新一がいかに『名探偵』と呼ばれていても解る事のない謎。


「名探偵はこんな伝説をご存知ですか?」
「ん?」

「『人が生まれた時、その人と一緒に星が一つ生まれる』と言われているんですよ」

「星が一つ生まれる…か。いや、知らないな」


 死んだ時にその人が星になる、それと対になる様に作られた伝説なのかもしれない。


「だと思いました」


 そう言って微笑んだ怪盗を新一は軽く睨む。


「お前それ嫌味か?」
「いいえ。違いますよ」


 まあ、睨んだところでそれが怪盗の笑みを引き出す手助けにしかならないのは新一にも解っているのだが。


「それが私が此処に今日貴方を呼んだ理由なんです」

「俺を此処に呼んだ理由…?」

「ええ」


 解らないと首を傾げた新一の耳元に怪盗はそっと耳を寄せ優しく囁いた。



「happy birthday 新一」


「!?」



 驚いた様に瞳を瞬かせた新一に怪盗は更にそっと囁く。


「やはりお忘れだったんですか?」

「………」


 きゅっと新一の眉が寄ったのを見て、怪盗はクスッと笑う。

 まったく、どうしてこの人はこうも自分の事を忘れてしまえるのか。


「だから此処に貴方を呼んだんですよ」


 今日というこの記念日に。
 人込みの嫌いな貴方と一緒に居られる場所で。

 貴方と共に生まれた星を探せる様に。

 そして、貴方と時間を少しでも共有出来る様に。


「ほんと…気障な奴…///」


 こんな星空の下。
 しかもそんな優しい囁きで。

 そんな事を言うなんて本当に卑怯だ。



「貴方が生まれてきて下さった日ぐらい良いでしょう?」



 真っ赤に染まった頬を幾ら暗いからといっても怪盗が見逃してくれる筈がなく。
 そっと肩を抱かれて、甘く囁かれたのは極上の祝いの言葉。





「生まれて来てくれて有り難う御座います。新一」





 それは今まで貰ったどんな祝いの言葉よりも優しく甘く、新一の心の中へと落ちていった。










 貴方が生まれてきてくれたから私と貴方は出会う事が出来た。

 貴方が生まれてきてくれたから私は貴方を愛する事が出来た。


 だから貴方が生まれてきてくれた記念日に……精一杯の祝いの言葉を。










END.


新一さんお誕生日おめでとう御座いますvv
そして…最後の方が無理矢理終わらせてる感が漂ってるのは時間がなか……ごほんごほん(逃)
何はともあれ、今年もらぶらぶvですごして下さいねぇvv(妖笑)

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