『蘭に会ってやってくれないか?』 告げられた残酷な言葉 彼の一番大切な人はやっぱり彼女なのだと思い知らされた 【09.優しい嘘(side K)】 「こんばんは。私の愛しの名探偵」 ひんやりと冷たい夜風を受け、一人佇んでいたその小さな体を腕の中に抱き留める。 すっかり冷え切ってしまっている体を温めるように己の白いマントで包み込んだ。 「随分と時間がかかったじゃねえか」 からかいの色を含んだ蒼い双眸にみつめられKIDは苦笑する。 「これでも急いで来たのですがね」 ここまでの移動時間を差し引いた犯行所要時間は4分。 充分許容範囲内な筈だが。 「俺なら3分で充分だ」 彼の口元が小さく上がる。 「おやおや、随分と物騒な事をおっしゃいますね」 かつて日本警察の救世主とまで謳われた貴方が。 「それは『工藤新一』であって俺ではない筈だが?」 「そうでしたね。失言でした」 苦々しげに呟くコナンに対しこれ以上彼の機嫌を損ねない為に早々に引く。 「それで、わざわざこんな物で私を呼び出した理由をお聞かせ願えますか?」 右手から取り出した小さな紙には無数の数式。 2日前ご丁寧に自宅の郵便受けに入っていた暗号。 今日の犯行予告を踏まえての急な呼び出し。 「そんなものお前にとっては鍵一つ開けるよりも簡単だっただろうけどな?」 「いえいえ、十分楽しませて頂きましたよ」 取り出した紙を綺麗に消して見せ、KIDは優雅に微笑んだ。 「それで、御用件は一体なんです?」 そうまでして自分を呼び出さねばならない訳とは。 「その前にこれを見てもらおうか。」 彼が取り出したのは何の変哲も無い携帯電話。 しかし、彼が持っているもので何の仕掛けも無い物など存在しない。 渡されるままにそれを受け取り、電源を入れ画面を見た瞬間驚愕した。 「これは…」 次々に目の前に現れては消えていく情報。 それは皆自分の捜し求めている物に関してだった。 「二度はない。よく頭に叩き込んでおくんだな」 まあ、お前にはそんなもん苦じゃねえんだろうけど。 そんなコナンの呟き通り、意識せずとも優秀過ぎる頭脳は全てを記憶していく。 厳選された情報はさして多くも無く、直ぐに画面には何も映らなくなった。 「ありがとうございました」 用済みになったそれをコナンへと返す。 彼は無言で受け取ると無造作にポケットへと突っ込んだ。 「それで、私に一体何をしろと?」 一方的に差し出された情報に変わるものが思いつかない。 しかし、彼が慈善事業でそんな真似をするとも思えなかった。 「蘭に会ってやってくれないか?」 次の瞬間彼の口から紡ぎ出されたのはそんな意外な言葉だった。 「何故私に?」 「こんな事お前にしか頼めないだろ?」 幼馴染の彼女を騙せるのはお前しか居ない、そうだろ? 大方、彼女が何時まで経っても帰って来ない幼馴染を待って泣いてでも居たのだろう。 それを見過ごせないのは彼の思いもまたそれと同じだからか…。 「それだけの為にあれだけの物を?」 「他にお前を釣れる餌は持ち合わせてなかったもんでね」 コナンの不敵な笑みにKIDは内心苛立つ。 (それだけ大切と言う訳ですか…) あれだけの情報を集める為に彼が背負ったリスクは計り知れない。 それが全て幼馴染を泣かせない為だけとは…。 「私に選択権はないのでしょう?」 あれだけの情報を見せられてはこちらに拒否権は無い。 「ああ、その為に先に見せたんだからな」 「まったく、貴方は相変わらず駆け引きがお上手だ」 そんなKIDの言葉に満足そうにコナンは微笑むと、二枚のチケットを渡した。 「明日の10時、入り口で待ち合わせだ」 「トロピカルランドですか…」 最後に彼女と『工藤新一』として過ごした場所。 恐らく彼女との思い出が溢れる程詰まっている場所。 (残酷な事をなさいますね…) 彼女にも、そして私にも…。 「解りました。お役目はきちんと果たさせて頂きますよ」 「ああ、頼む。」 それだけ言うとコナンは踵を返し扉へと向かう。 「名探偵、一つだけ答えてください」 KIDはその声に立ち止まったコナンを後ろからそっと抱きしめ呟く。 「私がもし彼女を傷つけるような真似をしたらどうなさいます?」 「お前はしねえよ、そんな事」 絶対的な確信を持って返される答え。 「お前は約束は守る。そうだろ?」 「ええ」 信頼はされている。 けれど所詮それはgive-and-takeの関係でしかない…。 「任せたぞ」 それだけ言うと、コナンは今度こそ扉の向こうに消えて行った。 「お任せ下さい」 そんなコナンの後ろ姿にKIDは優雅に一礼する。 怪盗KIDの名にかけて彼女に甘い一時をお届けしましょう…。 貴方のその残酷な程優しい嘘と共に…。 END. 当サイト初登場のコナンさん。 何故に貴方は新一の時より男前なんですか?(爆)←お前のせいだろ。 絶対新一の時より不敵さが増してる…。 side C back