生まれてからこれまで、マルセルはずっと「子ども」で「弟」だった。



その扱いは聖地に来てからも変わることはなく、不満に思うことはあれど



実際ここでも自分は一番年下で、それは受け入れなければならない事実。



だからこそ、子どもの姿になってしまったと過ごす時間は楽しみだったのだ。



今日だけは、マルセルも年上の立場に立てるから。



もしも自分に弟か妹がいたら、一緒にやりたいことはたくさんあって。



その一つを実行すべく、マルセルはやってきたを館へと連れ帰った。

















「これは あひる。これは おはな。これは ぱんだ」



「え、パンダなの?クマじゃないかな?」



「そうなの?じゃあ くまさんね」



「あははっ。じゃあ…これは?」



「おほしさま」



「正解〜」



















緑の館の厨房で、調理台を小麦粉で真っ白にしながら



マルセルはクッキーの型抜きをしている。



マルセルに借りたエプロンをして踏み台に乗ったは、



オーブンの天板に乗せられていく生地にトッピングをする役目。



















マルセルがとやりたかったこととはお菓子作り。



の世話をする順番を決めたときにはわざとおやつ時をねらって。



館の者に生地を作っておいてくれるよう頼んでおいたのだ。



館のコックや厨房担当の使用人たちに見守られながら、二人の作業は続く。

















「うん。これぐらいあれば充分かな?」



「もう たべて いい?」



「まだダメだよ。これから焼かなくちゃ」



「そっか〜…」

















まだまだ食べられないと言われてがっかりするを励ましながら、



マルセルは天板をオーブンに入れる。



わくわくしているのはマルセルも同じで、しばしそのままオーブンの様子を眺めていたマルセルは



不意に聞こえてきたメイドたちの笑い声で振り返った。

















「あー!ってばッ」



「うふ〜。これ おいしいの」

















クッキーが焼きあがるまで待ちきれなかったは、



マルセルがオーブンに気を取られている間に



トッピングに使ったチョコチップやドライフルーツを食べている。



小麦粉まみれの手で、口の周りを白くしながらもは幸せそうな顔。



そんな様子を見て、大人たちは笑っていたのだ。

















「ダメだよ〜。今日のおやつはクッキーなんだから」



「くっきーも たべるよ」



「え〜。は食いしん坊だなぁ」



「うん、ね たべるの すきなの。あ、まるせるさま にも あげるね」



















トッピングの材料を乗せた大皿を抱え、はマルセルのところへ。



マルセルがそれを口にすると、その場にいた大人たちのところへも



はおすそ分けに歩いた。

















「ここにいるとはなんでも食べちゃいそうだね。



クッキーができるまでお庭に行こうか」

















側にいたメイドにクッキーが焼きあがったら運んでくれるよう頼んだマルセルは、



の手を引いて館の庭へと向う。



いつもマルセル自ら手をかけて育てている花々が咲き乱れる庭を見て



は感嘆の声を上げた。

















「おやつは庭のテーブルで食べようね。おいしいお茶を淹れて、



テーブルにもお花を飾ろうか」







「うん!」

















剪定バサミを持ち出して、マルセルは花壇の花を一本ずつ摘んでに手渡す。



次第に増えていく手の中の花を、は嬉しそうに見つめていた。

















「まるせるさまの おにわは おはなが いっぱいで いい においね〜」







「でしょ?全部ボクが育てたんだよ。もお花が好きなの?」







「うん!きれいだもん」







「そっか〜。じゃあ、いつでも見においでよ。ほしいお花があったら分けてあげる」

















手塩にかけて育てた花たちを褒められるのは気分がいい。



他の守護聖たちにもしているように、マルセルはにもそう声をかけた。



茎から切り離した花をに手渡すために振り向いたマルセルは



にっこりとに微笑みかけるが…はなんだか妙な顔をしている。

















「…どうしたの?







、また あそびに きても いいの?」







「もちろんだよ。どうしてそんなこと聞くの?」

















不思議そうに問い掛けるマルセルを、も不思議そうに見つめている。



お互いに相手の意図がわからない。



するとは、首を傾けたまま言った。

















「だって まるせるさま おっきいのこと きらいでしょ?」







「え・・・ 」







ね、また すぐに おっきく なるよ?



そしたら まるせるさま と おはなし しないでしょ?



おはなし しないと あそべないんだよ?」

















マルセルはの言葉の意味をすんなり理解することは出来なかった。



それはの言葉が拙いためばかりではない。



目の前のこの小さな少女は、同時に女王候補のでもあるのだと



今さらながらにその事実を突きつけられて、そのショックがマルセルの思考を一時的に止めたのだ。



マルセルがその意味を理解したとき、はまだマルセルを見つめていた。



















「…のことはね、嫌いなわけじゃないんだ」







「そうなの?」







「うん。いつも試験を頑張っているキミのことは、すごいなって思うよ」

















花壇の前にしゃがみ込んでいたマルセルは立ち上がった。



こうして向き合えばいまのはマルセルよりもずっと小さくて、



普段のに感じているような、自分が子どもなのだという引け目は全くない。



そのせいかマルセルは、素直に心のうちを言葉にすることができた。



小さなにもわかってもらえるように、言葉を選んでゆっくりと語りかける。

















「ボクはね、本当はともっとお話したいって思ってるよ?



でも…普段のはボクよりずっと大人で…一人で何でも出来ちゃうでしょ?



ボクみたいな子どもじゃ、にお手伝いしてあげられることなんてないから…



だから、なにを話したらいいかわからないんだ。



もきっと、ボクのこと頼りないって思ってるんじゃないかな?」

















じっとマルセルを見上げていたは、何も言わない。



けれどマルセルの言葉を理解しようとしていることは、その表情でわかる。



何度か瞬きをした後、は笑顔で言った。

















「ちがうよ。はね、まるせるさまのこと すごいなーって おもうの。



おしごと いっぱい がんばってるでしょ?」







「え…それ本当?」







「うん!まるせるさま こどもだけど おしごと たいへんだから、ね じゃましないの。



だって、おしごと できないと じゅりあすさまに おこられちゃうでしょ?」

















守護聖となる者に年齢は関係ない。



幼くして守護聖となったとしてもそのサクリアを司る者がほかにいない以上、



誰にも代われない使命があるのだ。



確かにの言うとおり、容赦なく回ってくる執務を持て余し



首座の守護聖であるジュリアスに指導を受けたこともある。



執務に不慣れだったマルセルを気遣ってくれる他の守護聖の手を借りたことも。



もちろんそれはもう過去の話だけれど…。

















「…なんだ…そうだったんだ…」

















はマルセルを頼りにしていないのではなく、



大人たちに交じって頑張っているマルセルに、これ以上負担をかけまいと気遣ってくれていたのだ。



それはマルセルを子ども扱いしていることにかわりはないのかもしれないけれど、



心配してくれていたのだと気付けば、決して悪い気はしない。

















「ねえ、ボクは大丈夫だよ」







「ん?」







「ボクは子どもだけど、守護聖のお仕事にはもう慣れたんだ。



だからね、ちっとも大変じゃないんだよ?」

















マルセルのこの言葉を聞いた途端、



見る間にの目が大きく見開かれ、そして輝きを増す。

















「ほんと!?じゃあ、じゃあ、と おはなし してくれる?



いくせーの おねがい じゃなくても おへやに いっても いい?」







「うん!きっと来てね?約束だよ。



ふふ、楽しみだな〜。どんなお話しよっか?」







ね、ちゅぴ みたいの。ちっちゃくて かわいいよね〜。



それとね〜、また くっきー つくろ?」

















マルセルとの約束がよほど嬉しいのか、はマルセルに抱きついた。



マルセルの腰にしっかり手を回し、それでも顔だけはマルセルを見上げたまま。



マルセルと一緒にあれをしたいこれをしたいと、の要望は尽きない。



焼きあがったクッキーとお茶を運んできたメイドに声を掛けられるまで、



ぴったりとくっついたまま、二人の間には楽しそうなはしゃぎ声が絶えなかった。





































午後のティータイム



緑の館の中庭で、館の主と小さなお客が楽しげに話していた。

















「えぇ!ってピーマン食べられるの?」



「うん!サラダの ぴーまん たべるよ」



「へ〜。ボクは嫌いなんだぁ。だって苦いんだもん」



「ふーん。でもね〜 ぴーまんより くっきーが すき〜」



「あ、ボクも〜」



「くっきー おいしいね〜」



「ね〜」

















中庭に続く応接室を、たまたま室内点検のために訪れた館の執事は



主と客人の会話を耳にして思わず笑みをこぼしていたという。









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