「おや、?あ〜、もう約束の時間になっていたんですねぇ」

















僅かに開いていたドアから部屋の中を覗いた



するとルヴァはすぐに気付いて、を中へと入れてくれた。



けれどその部屋は…床にもテーブルにも山積みにされた本。



酷いところは、の身長よりも高く本が積まれている。

















「るばさま なにしてるの?」



「部屋の掃除もかねて、ちょっと本の整理をしようと思ったんですけどね。



始めてみたらこれが意外に大変なんですよぉ」



「ふーん。もおてつだいする?」



「そうですねぇ。あとは本を戻すだけですから、お願いしましょうかね?」



「はーい」

















高いところへは手が届かないため、は本棚の下に本を戻すことになった。



とはいっても、小さいにとってはそれも大仕事だ。



本棚の底部には大抵の場合が大物を収納する。



ルヴァの場合は辞書や図鑑関係で、子どもの身にはちょっと重い。



けれどは嫌な顔一つせず、重い本を一冊ずつ抱えて本棚へ運んだ。

















「はぁ、これでお終いですね。のおかげで助かりました」

















最後の一冊を書架に収めたルヴァは、ほっと息をついた。



好きで集めているものだとはいえ、それを管理するのは簡単なことではない。



整然と並んだ書架の書物を見回してみれば気持ちがいいのだけれど、



本の上げ下ろしをしたために、身体のあちこちが軋む。















「うーん…明日は全身が痛みそうですねぇ…」

















こんな時は普段の運動不足を反省しざるを得ない。



ルヴァの手は自然に腰を叩く仕草を取っていた。

















「るばさま、こし いたいの?」



「へ?あぁ、今はまだ大丈夫ですよ。明日はきっと筋肉痛でしょうけれどねぇ」

















情けない笑顔を見せるルヴァ。



するとは、ルヴァの手をとってソファへと誘った。



















「るばさま、ここに ねて ちょうだい?ね、こしに のって あげる」



「…はい?」

















マッサージを、してくれるのだと言う



確かに、今のの体重ならば、ちょうどよい刺激になるだろう。



しかし…

















「いいえ、いいんですよぉ。ソファで腰の上に乗るなんて、落ちたりしたら危ないですからね。



お気持ちだけ頂いておきます」



「そうなの?じゃあ、かた とんとん してあげるね」

















ルヴァをソファに座らせて、は後ろ側に回った。



そのままではルヴァの肩まで若干手が届かなかったため、



普段ルヴァが踏み台に使っている丸椅子を運んできてその上に乗る。



ちょうどよい高さになったところで、はルヴァの肩をたたき始めた。

















「いーち、にーい、さーん、しー、ごーお」



「あ〜これは…なかなか気持ちがいいですねぇ」



「ろーく、しーち、はーち、くー、じゅう」



















に肩をたたいてもらうのは、さすがに少々気が引けるところもある。



けれど誰かに肩をたたいてもらうことなど滅多にないのだし、普段からの凝りをやわらげてくれる振動は



思っていたよりずっと心地いい。



もう少し…あとちょっとで止めてもらおうと思ってはいるものの、結局は5分もの間、



ルヴァはの肩叩きを受けていた。



















「ありがとうございました〜。とても気持ちよかったですよぉ。



今度は私が、お礼をしなくてはなりませんねぇ」





















を残して、ルヴァは一度、奥の部屋へ姿を消した。



程なく戻って来たルヴァの手には、透明な液体を入れたコップとストロー。

















「あ!しゃぼんだま!」



「あぁ、当たりです〜。よくわかりましたねぇ」



















ルヴァが手にしていたストローの先が、花びらの様に切り開かれているのを見て、



はそれが何であるかを即座に言い当てた。



穏やかな笑みでを窓辺に誘い、ルヴァ特製のシャボン液とストローを渡す。



ストローをシャボン液に浸したが、窓の外に向って息を吹き込めば



大きなシャボン玉が生まれて舞い上がった。

















「すごーい!おっきいよ〜」

















小さなの肺活量では、ある程度の大きさまでしか膨らまないものの、



どんどん高く上がっていくシャボン玉を、は目を輝かせて見つめていた。

















「シャボン液を作るのに、ちょっとしたコツがあるんですよぉ。



使う洗剤は界面活性剤が35%以上のもの。PVAまたはポリビニルアルコールの含まれた洗濯糊とグリセリンを、



泡立てないように精製水と混ぜ合わせるんです。本当は作った後に30分ほど置いておけば、



人が入れるぐらいの大きさのシャボン玉もできるんですよ〜。それから…」

















特製シャボン液の作り方を披露するも、肝心のは次々にシャボン玉を膨らませるのに夢中。



小さな子どもには少し難しい話だったと反省し、



ルヴァもいつの間にかたくさん飛んでいたシャボン玉に視線を送った。

















「あ〜きれいですねぇ〜」



「ね〜。ね、しゃぼんだま だいすき」



「そうなんですか?私もです。シャボン玉が好きだなんて、も小さい時は普通の子どもだったんですねぇ」



「おっきいも しゃぼんだま すきだよ?」



「へ?」



「おふろでね ときどき しゃぼんだま いっぱい つくって あそぶもん」



「はぁ〜そうなんですかぁ?」



「おっきいはね、てで しゃぼんだま つくれるんだよ〜。



てを あらう ときも、ときどき しゃぼんだま つくってるの」















浴室いっぱいにシャボン玉を飛ばしている光景とか、手で作った石鹸の膜に息を吹きかけている姿とか…



ルヴァの知るからは、すぐには想像しがたいものがある。



けれどそのも、



もともとは、今ルヴァの目の前でシャボン玉に夢中になっている少女だったのだ。



『三つ子の魂百まで』ではないだろうが、人の性質はそう簡単に変るものではない。



本が好きだったルヴァは、そのまま本が好きな大人に成長した。



がシャボン玉遊びの好きな大人に成長していたって、何の不思議もない。



そう思った途端、シャボン玉と戯れるもなんとなく思い浮かぶような気がした。

















小さなが去ったあと



シャボン玉遊びに使った道具を片付けていたルヴァは、ふと思い立って、残っていたシャボン液を手につけた。



両手の隙間に膜を張り、静かに息を吹きかける。



ルヴァが吹く息の分だけ、その膜は長く伸びていく。

















「あ〜…これは意外に…。も、こうして楽しんでるんですねぇ」

















息を吹くのを止めれば、シャボンの膜はすぐにルヴァの手に帰っていく。



思いのほか楽しくて、二度三度と続けるうちに、ルヴァはそう呟いていた。



女王試験では、厳しい表情をしていることが多いだけれど。



せめてこういう瞬間だけは、今のルヴァや先ほどの少女のように



穏やかな笑顔を浮かべていて欲しいと願いながら。











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