「これを飲めば、じきに楽になるはずですよ。今夜はもう帰って休んだほうがいいですね。



熱が引かないようでしたら、明日も無理せずに休んでください?



いいですか?ここから出たら、まっすぐ寮へ戻るんですよ」



「は、 はい。…ありがとうございました…」

















ルヴァの執務室を出たは、深いため息をついた。



どうやら風邪をひいたようで、昨日から体調が優れないと思っていたら…今朝になって発熱してしまったのだ。



あらゆる病からその身を守られているという守護聖たちに感染させてしまう心配はないらしいので



今日もいつも通り育成の依頼をしに聖殿を訪れたのだが…。



朝一に向かったジュリアスの執務室。



入室した途端、ジュリアスに体調不良を見抜かれてしまったのだ。



そればかりかジュリアス直々にルヴァの元へ連行され、ルヴァによって解熱剤を処方されて…そして現在に至る。



本当はまだやらなければならないことがあるのだけれど…の性格を見越したルヴァに



まっすぐ帰るようにと釘を刺されてしまっては…。



ここ飛空都市での情報伝達の速さを考えれば、の体調不良が守護聖全員に広まるのも時間の問題。



ルヴァの言いつけを無視しても十中八九誰かに見つかり、寮へと強制送還されるだろう。



どのみち、熱で浮かれた頭では大したことは出来ない。



正直、こうして立っているのも辛いのだ。



だるい体を引きずって、は潔く寮へと戻った。

















「…38℃…どうりで…」

















部屋に戻って着替えを済ませ、薬を飲む前に熱を測った結果がこれだ。



悪寒がしているところを見ると、まだ熱は上がり続けているようである。



すぐにルヴァがくれた解熱剤を飲み、少し眠ろうと思っただが…



ベッドへ上がりかけたところでもう一度立ち上がった。



先ほどから少し咳が出てきている。



ルヴァがくれたのは解熱剤だから、咳止めは別に飲んでおいた方がいいと思ったのだ。



手持ちの薬の中から咳止めを取り出してそれも服用し、ようやくベッドへ。



今日行けなかったクラヴィスへの育成依頼は気にかかるが、



薬が効いているのか、すぐさまは深い眠りに引き込まれていった。



明日は体調が戻っているようにと祈りながら…



































あらかた朝食を食べ終えたアンジェリークは、テーブルの向かい側の空席を気にしていた。



いつもは自分より早くここにいるはずのが、まだ下りてこないのだ。



が熱を出したという話は聞いている。まだ体調が戻らないのだろうか。



昨夜の夕食にも下りてこなかった



さすがに心配になり、アンジェリークはの部屋をのぞいてみることにした。



まだ起きられないようならば、軽い食事を運んでもらうように頼まなければと思ってドアをノックするが



の返事はない…。

















さん?アンジェリークです。まだお加減が悪いんですか?…入りますよ?」

















カーテンがひかれたままの部屋は薄暗くて中の様子はよくわからなかったが、微かな寝息が聞こえる。



小さな寝息は穏やかで、心配していたほどの調子は悪くなさそうだ。



ほっと息をついて、アンジェリークは部屋の中へと足を踏み入れた。



起すのも悪いと思ったが、それでも食事はとった方がいいだろうという思いの方が強く



そっとのベッドへと近づく。

















さん、起きてくだ…」



















に声をかけようとしたアンジェリークはその場で固まっている。



が眠っているはずのベッドの上で…安らかな寝息を立てているのは小さな女の子…



この子は一体誰なのか…アンジェリークはそんな当たり前の疑問すら浮かんでこないほど驚いていた。



そのままどれだけの時間が過ぎたのだろう。



突如、女王候補寮にアンジェリークの驚きの悲鳴が響き渡った。



































「…これは一体どういうことなのだ…」

















聖殿の謁見の間には、守護聖全員が集まっている。



彼らの視線はアンジェリークと手を繋いでいる少女へと向けられていた。



アンジェリークの絶叫で目を覚ましたこの少女は自分の名を「」だと名乗り…



パニック寸前のアンジェリークがジュリアスの執務室へ駆け込んでから20分後のことである。



なんとも言えない雰囲気が漂う中、かろうじて口を開いたのはジュリアスであったが



どういうことなのか…それに答えられる者がいるはずもない。

















「…これ…マジでなのか・・・?」



「…本人は…そう言ってるんですけど…」

















なんとも奇妙なものを見るような目つきで言うゼフェルに答えたアンジェリークも



まだ半信半疑といった様子で…。



すると、アンジェリークと自称「」を取り囲んでいた守護聖たちの中からリュミエールが歩み出し、



膝をついて自称「」と視線を合わせた。

















「あなたのお名前は?」







「…はおいくつですか?」



「うーんと…4さいっ」



「そうですか。では…わたくしが誰か…わかりますか?」



「るみえーるさま!」

















どうやらこの少女が「」という名前なのは確かなようだ。



今まで飛空都市にこの少女が住んでいた記録はなく、ここで暮らす一般市民の子でないとすれば



リュミエールの名を言い当てたこの少女があの「」である可能性は充分にある。



面影は言われてみればという程度だが、この黒髪と黒い瞳はこの辺りでは珍しいもの。



















「やはり…なんですかねぇ…」



「でもルヴァ様、この子がだとしたら…なんでこんな…」

















ランディがそう言いかけたとき、小さなが「はいっ」と手をあげた。

















「おっきいはねぇ、おねつなの。きょうは おやすみなの。



だからね、きょうはが いくせー するよ!」

















小さなが何を言っているのか、一瞬誰もわからなかった。



だが小さなは、アンジェリークと繋いでいた手を離すとクラヴィスのもとへ駆け寄って…

















「くらさま、いっぱい いくせー してくださいッ」

















そう言いうなりクラヴィスに向かって頭を下げたのである。



これでこの場の誰もが、この少女をあの「」だと認識したのは言うまでもない。



が子どもの姿になってしまった原因については、女王補佐官のディアが



王立研究院と協力して調査することとなり、守護聖たちには通常通りの執務が言い渡された。



だが…ここで一つ問題がある。この小さなをどうするのか…



事が事だけに、誰かに預けるというわけにもいかないだろう。



万事に備えて、常に誰か一人は守護聖が側にいるべきと言ったのはオリヴィエであった。

















「だから、こういうのはどう?みんなで1時間ずつ、このおチビちゃんをを引き受けるんだ。



誰かがずっとつきっきりでいられればいいんだろうけど、そうもいかないからね。



いつ元に戻れるかもわからないんだし、ここはみんなで平等に面倒見ようじゃない」



「あ、いいですね!僕それ賛成です」



「わたくしも、構いませんよ」























中には反対するものもいたが、結果は賛成多数でオリヴィエの提案が採用されることとなった。



各々が本日のスケジュールを調整し、小さなと過ごす時間を作る。

















「じゃ、最初は私が引き受けるよ。終ったら、次はリュミちゃんとこに連れてくからね〜☆」



「ええ。お待ちしてます」



「それじゃ行こうか、おチビちゃん?」



「はーい!」

















残る守護聖たちに「バイバイ」と手を振って、はオリヴィエとともに謁見の間を出て行った。



そんなに手を振り返す者、呆然と見送る者…反応は様々であるが



こうして、小さなと守護聖たちの一日が始まった。











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