とアンジェリークの女王試験が本格的に始まった。
試験自体はこれまでも行われてきたものの…
女王候補の双方ともが、女王となるための「特別教育」を受けていないというのは異例のこと。
不安の声もあがる中…女王試験開始から一ヶ月が過ぎた。
「おはようございますランディ様!アンジェリークです。今日は育成のお願いにきましたー!」
「やあ。おはよう、アンジェリーク。入っておいでよ」
「はい!失礼します」
ランディの執務室に、ノックの音とともに響いた明るい声。
入室の許可をもらって扉を開けたアンジェリークの目に入ったのは、風の守護聖ランディの姿と、もう一人の女王候補。
二人の姿を見たアンジェリークは、それまで見せていた笑顔をさらに輝かせて執務室の中へ入ってきた。
「さんもランディ様にご用だったの?」
「ええ…」
「も育成の依頼に来たんだよ。アンジェリークの大陸にも、風のサクリアが必要なのかい?」
「はい!民の望みがすごく多いんです」
「へー、そうなんだ。やっぱり発展初期の大陸には、風の勇気が必要なんだな」
「そうですよね!新しいことを始めるのに、勇気は大切ですから」
「あ、アンジェリークもそう思うかい?」
「はい」
面倒見のいい性格のランディにとって、自分の力が必要とされるのはうれしいことなのだろう。
アンジェリークの言葉に、ランディは誇らしげな笑顔を見せた。
「…それでは、私はこれで失礼します」
「え?…もう行くのかい?」
「はい。これからルヴァ様のところへ伺う予定ですので」
「そっか…」
「では育成の件、よろしくお願いいたします」
「あ、ああ。もちろんだよ」
「あ…またね、さん」
ランディとアンジェリークに向かって軽く会釈をしたが出て行くと、ランディは深いため息をついた。
それを不思議そうに見つめるアンジェリーク…
「ねえ、彼女って…寮でもあんな感じなのかい?」
「え?あんな感じ??」
「うーん…そっけないっていうのかな…。キミはさ、育成のお願い以外にも、いろんな話をしてくれるだろ?
でもは…いつも用事だけ済ませると帰っちゃうんだよな」
「そうなんですか?」
「ああ…。ほかの守護聖のところでもそうなのかな?…もう少しとも話してみたいと思っているんだけど…
もしかしてオレ、に嫌われてるのかな…」
「えぇ!まさか」
「オレも…に何かした覚えはないんだけどさ」
「きっとまだ緊張してるんですよ。私も最初の頃は、守護聖様方の前に出るのってすごく緊張しましたから」
「…うん…そうだよな!」
「そうですよ」
しかし、の態度に疑問をもっているのはランディだけではなかった。
ほかのどの守護聖に対しても、の態度は変わらない。
訪問の用件は「育成の依頼」のみ。
育成をしっかりと進めている以上、別にそれが悪いことだとは言い切れない。
だが、仮にも将来…女王となるかもしれないと守護聖たちとの関わりが、
これでいいというわけにもいかないのも事実である。
女王試験は本来、女王候補同士がその素質を競い合い、高めることと同時に
即位直後からスムーズに宇宙を統治できるよう、
それに不可欠な存在である守護聖たちとの、信頼関係を築くための期間でもあるのだから。
「失礼します、ランディです。この間の視察の報告書を持ってきました」
向かった先は首座の守護聖ジュリアスの執務室。
ランディが中に入ると、執務用のデスクに座って何かの書類を眺めているジュリアスと、
それを囲むように立って同じ書類を覗き込んでいるオスカーとオリヴィエがいた。
「ご苦労。私が目を通した後、問題がなければ陛下へ提出しておこう」
「あ、はい。よろしくお願いします。… あの…皆さんなにしてるんですか?なんだか難しい顔してますけど…」
ジュリアスの執務室に入るなり感じた重い空気。
わけを聞いてもいいものかどうか…一瞬迷ったランディではあったが、
もしやなにか問題が起きたのかと思い、口を開いていた。
「…そうだな…お前にも聞いておくか」
「え?なにをです?オスカー様」
「ランディ。お前…とはうまくやってるか?」
「…ですか?普通…だと思いますけど…育成の依頼を受ける以外はなにも…」
「そうか…お前もダメか」
ランディの答えに、オスカーは一つため息をついた。
「あの…がどうかしたんですか?」
「べつに、彼女が何かしたってわけじゃないよ。だたちょっとね…気になることがあってさ」
何のことかわからずに不安そうな顔を見せるランディに、オリヴィエが苦笑して見せた。
それまで黙っていたジュリアスが、例の書類をランディにも読むようにと言い、ランディはジュリアスのデスクに寄る。
それは女王候補両名の、育成状況報告書。
「それとともに今朝、王立研究院から報告があった。の行動指数が際立って低いとな」
「…行動指数…ですか?」
「うむ。行動指数とはすなわち、女王候補と我々の関係を示す数値だ。
信頼関係の度合いを写す鏡といっても過言ではない。
それが低いということは、育成を進める上で非常に不利な立場に立たされることになる」
「でもこの報告書を見る限りじゃ…いまのところはのほうがうまく育成しているみたいですけど…」
ランディの言うとおり、現段階の育成状況はがアンジェリークを大きく引き離している。
育成で伸び悩んでいるのはアンジェリークのほうではないのか?
これを見る限りでは、に問題があるとは思えない。
ランディが疑問をぶつけると、オリヴィエがため息交じりに答えた。
「いまのところはね。彼女…はよっぽどうまい育成してるよ。不自然なぐらいに」
「不自然?」
「そ。女王試験に限って言えば、育成初期は成果が現れにくいのが普通なんだよ。
女王候補と守護聖の信頼関係が確立される前だからね。」
「つまりだな、サクリアというものは…多少なりとそれを扱う人間の感情に影響されるものなんだ。
女王と守護聖の信頼関係が重要視されるのはそのためさ。
女王と守護聖たちの絆が深いほど、宇宙に送られるサクリアもよりうまく作用するというわけだ」
「でもオスカー様?それって…オレたちの気持ち一つの問題なんじゃないんですか?
アンジェリークとと…二人には公平にサクリアを送れば…」
「無理無理。理性と感情は別物だよ。だれだって自分と仲のいい人の味方したくなるじゃない?
守護聖が人間である以上…意識してどうこうできる問題じゃないんだ」
「そんな…。でも、じゃあどうしては、そんなにうまく育成できるんですか?」
するとジュリアスが、書類を捲るように言った。
ランディがその言葉に従うと、育成の詳細が示されたページが現れる。
「その答えはそこにある。アンジェリークが民の望みのままにサクリアを送っているのに対し、はそうとは限らない」
「本当だ…」
「サクリアって本当に繊細なものなんだよ。サクリア同士の性質とか、
それを扱う守護聖の人間関係まで影響しちゃうんだ。
たとえばね、光と闇のサクリアを一時に送れば、まったく逆の作用をするそれらのサクリア同士は反発し合う。
サクリアの性質は問題なくても、それを司る守護聖同士が仲悪いと…やっぱり反発し合うものなんだ。
逆にサクリアの性質が反発しあうものでも、その力を司る守護聖が仲良ければ、効果は上がったりもするけど。
おまけに、逆の作用をするサクリアっていうのは同時期に求められやすいんだよ。
アンジェリークの育成がまだ軌道に乗ってないのはこのせいだね」
「そうなんだ…。あ、もしかしてアンジェリークはこのことを知らないんじゃ…。
だったら教えてあげたほうがいいですよね?」
「なんだランディ。ずいぶんあのお嬢ちゃんの肩を持つじゃないか。さては惚れたか?」
「ち、ちがいますよ!これは女王試験なんだし、二人には同じ条件で試験をしてもらいたいだけです!」
「ははは。まあ、そういうことにしておいてやろう」
「オスカー様!!」
からかわれたことで、ランディはオスカーをにらみつけるも…あまり効果はないようだ。
ランディを適当にあしらいつつ、オスカーは話をすすめる。
「そう怒るなランディ。このことは…確かにいまの段階では問題になるだろうが、育成が進めば自然になくなるものだ。
女王候補と守護聖の信頼関係が生まれれば、その歪みは解消される。アンジェリークは問題ないだろう。」
「そうだね。問題なのは、やっぱりだよ」
「…そういえば…の育成方法って、具体的にどうやってるんですか?」
「ああ、それはね…反発しあうだろうサクリアの間にワンクッション置いてるんだよ。」
「は?」
「うーん…こういったらわかりやすいかな?たとえば、あんたとゼフェルを二人にしたら喧嘩するだろうけど、
そこにルヴァとかマルセルなんかが一緒にいたらどうだい?」
「…それは…喧嘩にはならないですけど…」
「でしょ?それと同じことをサクリアでもやるんだよ。ほら、この日の育成を見てごらん。」
オリヴィエに指差された日、の大陸では水と炎のサクリアが同じ程度求められている。
それに対してその日が送ったサクリアは水と闇。
炎のサクリアはその翌日、光のサクリアとともに送られていた。
「民の望みとは関係のない力を一緒に送っているけど、ほしいサクリアの効果をより高められる方法だよ。
は私たちに関わってないように見えるけど、それでも私たちの人間関係はちゃんと把握してるってこと。
天性の素質だね」
「なるほど…。でも、それじゃあ問題はないんじゃないですか?
行動指数は上がらなくても、はそれを補う育成しているんだし」
「だけど不自然なことに変わりはない。いつか必ず…補いきれなくなる時がくるもんだ。発展が止まったり…
あるいは大陸に何かの災害が起こるって形でね」
「そんな…」
「まあ…まだ試験は始まったばかりだし?これからだっての行動指数が上がる可能性はあるんだけど…
今の状態を見てると不安だね。彼女、私たちとは必要以上に関わらないようにしてるみたいだしさ」
「ああ…。こればっかりは、あのお嬢さんが自分からオレたちに心を開いてくれない限り、どうしようもない」
それまでじっと皆のやり取りを聞いていたジュリアスがおもむろに立ち上がった。
デスクを離れ、窓から外を眺める。
「あの者の洞察眼、それと育成センスは目を見張るものがある。
このまま我々との関わりを拒み続けて潰れてしまうには…惜しい存在だ。
なんとかあの者が…我々に心を開いてくれればいいのだが…」
ジュリアスの呟きには、誰も答えを返すことができなかった。
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