「ようこそいらっしゃいました。明日からの試験をひかえた女王候補たちのための、ささやかな歓迎会です。



どうぞ、楽しんでいってくださいね」









謁見の時とは違ってにこやかな表情で女王候補に話しかける補佐官・ディア。



広い食堂に備えられた長テーブルには糊のきいたクロスがかけられ、



グラスや皿、フォーク・スプーンなどがマニュアル通りに並んでいた。



ディアの合図でオードブルのテリーヌが運ばれてくる。









「今日はジュリアスの希望でフルコースにしてみました。あまり難しいものはありませんがどうぞ召し上がれ」



「うわぁ、とってもおいしそう!いただきます」









マルセルのその言葉を合図に、それぞれが食事を始めた。もナプキンを膝にかけ、食事をいただく。



オードブル・スープ・フィッシュ…どれも申し分ない味。



守護聖たちの会話に耳を傾け、時折相槌を打ちながら、は思いのほかこの時間を楽しんでいた。









「へー。って、綺麗な食べ方するね」









ちょうどメインの魚料理を食べ終えたがナプキンで軽く口を押さえ、ワイングラスを手にしたときたっだ。



どの辺から見られていたのか、を見つめていたオリヴィエが言った。









「…そう…でしょうか…」









仕事柄、食事のマナーなどは一通り身につけてはいる。



ただそれは、にとって当たり前のことだったから…取り立てて褒められるとは思っていなかった。



どう反応するべきかと思っているところへ、今度はジュリアスが口を開いた。









「そういえば、そなたは秘書をしていたのであったな。なるほど、教養の深さがうかがえる」



「…恐れ入ります」



「うむ」









会釈程度に頭を下げて、は答えた。



謙遜するでも調子に乗るでもないその答え方にも、ジュリアスは満足したようだ。













「あっ…!ご、ごめんなさい!」



















カシャンと小さな音が響く。



が隣に目をやると、赤い顔をしたアンジェルークの姿。



おぼつかない手つきで食事をしていたアンジェリークが、使っていたフォークを落としてしまったようだ。



給仕にあたっていたメイドの一人がすぐに新しいフォークを用意してくれたものの、



アンジェリークは赤くなった顔を伏せたままで…





















「…ごめんなさい…私…」





















和やかな雰囲気を壊してしまったようで…



すっかり萎縮してしまったアンジェリークは、消え入りそうな声をあげる。



頼りない表情は今にも泣き出してしまいそうで、大きな目にはわずかに涙が浮かんでいた。





















「気にすることないよ、アンジェリーク。キミはこういうの慣れてないんだろ?



誰でも最初は失敗することもあるさ」



















アンジェリークに最初に声をかけたのはランディ。



と自分の差に落ち込んだアンジェリークを気遣うその声は、とても優しい。



おかげでアンジェリークは、わずかながら顔を上げる。





















「緊張しなくてもいいのですよ?今日はあなた方のための食事会なのですから」



「そうだよ、アンジェリーク。食事は楽しくなくちゃ」





















ランディに続き、リュミエールとマルセルもアンジェリークに声をかけた。



そのほかにもアンジェリークを慰めるような言葉が続き、ようやくアンジェリークは元の笑顔を取り戻す。



その様子に皆が安心して食事を続け、食後のお茶が振舞われるころ…



唐突にジュリアスが口を開いた。























「明日からの女王試験を前に、そなたたちがどのように育成を進めるつもりでいるのかを聞いておきたいのだが」





















ジュリアスの言葉に、守護聖たちの間に一瞬ざわめきが起こった。



何も今…という声もあがったものの…最後には皆が女王候補たちの答えを待つ。



困ったのはとアンジェリーク。



















ジュリアスの言葉を聞いて、はすでに女王試験は始まっていると感じていた。



どのように答えれば、皆は満足するのか…



先ほど部屋で見た育成地の情報と、テキストの内容が頭の中を巡る。



人々が安心して暮らせる環境とは?



自然に思い出されるのは自分が暮らしていた惑星「アース」。



この何世紀かの間に急激な発展を遂げたあの惑星には勢いがあった。



更なる発展を目指す意欲的な人々も多くいた。



育成地を発展させるためには重要な要素である。



ただ…その変化に戸惑い、ついていけない者たちがいたのも事実。



彼らは自らを高めることを放棄し、それでも自己顕示欲を満たすために、その多くはテロリズムに走り…。



その結果、「アース」は決して治安のいい惑星とはいえない場所でもあった。





















「…、そなたの考えから聞かせてもらおうか」



「…はい…」





















まだ考えがまとまったとは言えないが…意を決しては口を開いた。





















「私は大きく三段階に分けた育成をするつもりでいます。



第一は育成地の地質改善。多くの民の生活を支える基盤となる土地を十分に育てます。



次に地殻整理。必要以上に手をくわえるつもりはありませんが、



極端に激しい地形の変化は発展の妨げになるでしょうから。



そして最後に、その基盤を元に本格的な発展のための育成を行いたいと考えています。



意図的に整えられた環境ですから、発展の速度は速いと思われますが、



発展のスピードに人々の成長が追いつかないことも予想されます。



その差は育成地の不安定さを招く結果にもなりかねませんから…



勢いの中にも治安と秩序を重視した育成を行いたいと思います」





















できるだけ落ち着いて、今ある計画を言葉にした



守護聖の中にはさまざまな反応が見られる。



















「…なるほどな。理想的な方法ではある。しかし、その方法にこだわりすぎれば、



大陸の発展速度にそなたの育成が追いつかなく可能性もあるだろう。



大陸の様子に常に目を配り、環境整備のための育成は可能な限り早い段階で終えるようにするのが良いだろう。」



「はい。そのように心がけます」



「うむ。ではアンジェリーク。次はそなたの考えを聞かせてもらおうか」



「は、はい!」













改善点は多々あるものの、ひとまずジュリアスを納得させるような答えを出したイブレア。



アンジェリークはどのような答えを出すのか…みなの視線がアンジェリークに集中する。





















「わ、私は、大陸の人たちが明るく元気で暮らせればいいと思います!」





















この答えを出すまでにアンジェリークの内にどのような思索があったのかは、彼女の様子を見ていれば一目瞭然だ。



急な難題に困り果てたようなアンジェリークの表情は、今度こそ本当に泣き出すのではないかと思った。



しかし彼女は固くこぶしを握り締め、こう言い切ったのだ。











質問の答えになっているかといえばそうとも言い切れないが…



アンジェリークがその内に秘めた強さを皆に示すには十分だったろう。



驚きだったり茶化しだったり…アンジェリークの 発言に対する守護聖たちの反応は様々であったとしても…























『…空気が変わった…』





















不意なジュリアスの提案に張り詰めいていた周りの空気が、アンジェリークの一言でもとの穏やかさを取り戻した。



再び流れ出した和やかな時間の中で、だけが感じている焦り…



周りの談笑を遠くに聞きながら、だけは…テーブルの下で両手を握り締めていた。















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