「あ、さん!」
「あら、アンジェリーク」
飛空都市のあらゆる場所への抜け道がある庭園は、女王候補や守護聖たちがよく顔を合わせる場所。
聖殿から出てきたアンジェリークと、王立図書館からやって来たが、
庭園の中央にある噴水の前でお互いの姿を見つけた。
「今日はもう、育成は終ったの?」
「はい!ゼフェル様とオスカー様にお願いしてきました。」
「あら、またなの?最近、お二人の所へよく行くようね」
「そうなんです。民の望みがすごく多くて」
一日の途中でこうして出会ったとき、女王候補同士、近況を報告しあうことが多い。
その中で、誰のところで育成の依頼をしたのかという話も出るのだが。
最近、アンジェリークの口からゼフェルとオスカーの名前をよく聞くのだ。
鋼の器用さと炎の強さは、大陸が発展しようとする直前に多く求められる力の代表。
つまりアンジェリークの大陸は、まだまだ発展の勢いが強いのだろう。
の大陸も発展の勢いは取り戻しつつあるものの、彼女に追いつくのはまだ難しいようだ。
心の中で溜息を吐きながら、それを悟られることはなく他愛ない立ち話をして。
やがて手を振りながら駆け出したアンジェリークを見送って、も聖殿へ向って歩き出した。
「の大陸は、もう完全に危機的状況を脱したようだな」
「そのようですね」
光の守護聖の執務室では、ジュリアスとオスカーが王立研究院からの報告書を挟んで向き合っていた。
オスカーが部屋を訪れた時、ジュリアスはその報告書に目を通していた最中で。
入室してきたオスカーに、開口一番そう言ったのだった。
「の大陸の発展が止まっていたのは、やはりマルセルとの親密度が低かったからのようです」
「うむ。そなたの報告どおりだったというわけだな」
「おそらくは」
の大陸の発展が止まっていた原因を調べていたとき、
マルセルとが最近急に親しくなったようだという情報は幾度となく耳にしたし、ジュリアスにも報告済み。
そして程なく、が自ら、原因はマルセルとの関係にあったと報告にきていた。
問題は解決したというの言葉を受けて状況を見守っていたが、
確かにあれ以来、の大陸は順調に回復しているようであった。
「念のためと、そなたには調査を続けてもらっていたが…もうその必要はないようだ。ご苦労であったな、オスカー」
「いえ、これしきのことは何でもありません。いつでも申し付けてください」
「ああ。頼りにしているぞ」
「はっ。…それから…一つジュリアス様のお耳に入れておきたいことがあるのですが…」
「なんだ?のことか?」
「いえ。実はアンジェリークのことなのですが…アンジェリークの大陸の様子が、少々気になります」
「なに…?詳しく話せ」
オスカーの話が育成に関わることだと知ると、ジュリアスはすっと表情を引き締めた。
執務用の椅子の上で姿勢を正し、オスカーを見据える。
そんなジュリアスの前に立つオスカーも、心なしか表情が硬い。
その様子からも、これから語られる内容が良い報告でないことは容易に見て取れた。
「アンジェリークの大陸の民の望みに、偏りが見られます。
今週だけでももう三度、炎のサクリアを望んでいるのです。それも大量に」
「…なるほど。確かにあの者の大陸は今、急速に発展している。
炎のサクリアはそのために必要な力であるが…それにしても多すぎるな…」
オスカーの報告に、ジュリアスは微かに眉を寄せた。
「はい。今はまだ、オレの送る力を上手く反映させているようですが…このままの状態が続くとなれば問題です」
「そうだな。特定のサクリアばかりを送り続ければ、力の均衡が失われる」
「ええ。そこで…今度はアンジェリークの大陸を調査したいと思うのですが…?」
「わかった。許可しよう」
「はっ。なにか掴みましたら、また報告します」
「そうしてくれ」
「わかりました。それでは、オレはこれで」
「ああ。よろしく頼む」
オスカーが部屋を出ると、ジュリアスは深い溜息をついた。
一難去って、また一難。
そんな言葉が頭を過ぎった。
常にサクリアのバランスを考えて育成を進めるようにと、もう何度アンジェリークに忠告したことか。
この頃は上手くやっていると思っていただけに、
また同じことを注意しなければならないことを思うと、溜息とともについつい額に手を当ててしまう。
「しかし…」
サクリアを上手く作用させるためには、ただ力を送ればいいというのではない。
以前のアンジェリークは、とにかくあれもこれもと守護聖の力を望む民たちの言うがままに育成を進めていた。
だからこそジュリアスは、事あるごとに諭してきたのだ。
民の願いの強さや力を送るタイミングを見計らい、すでに在るサクリアとの相乗効果をも計算した上で育成を進めるようにと。
その結果アンジェリークは、数ある望みの中から優先的に送らなければならない力を探り出す目を養いつつある。
ならばなぜ今になって、また以前のような育成をしているというのか。
ジュリアスは、先ほどのオスカーの言葉を思い返した。
アンジェリークの大陸の民の望みに偏りが見られると、オスカーはそう言っていたはずだ。
ならば変ったのはアンジェリークではなく、大陸の方だとでもいうのだろうか。
しばしの間思索に耽っていたジュリアスは、やがて小さく首を振り、デスクの端に置いてあるペンを取った。
いくらここで考えたところで真実は見えてこない。
オスカーの報告を待つのが賢明だろう。
ならば、その間にもやらねばならない執務は山ほどあるのだ。
自身にも理由がわからない微かな胸騒ぎを追いやるように、ジュリアスは書類に向った。
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