「…よしッ!」

















占いの館に響いた、気合の入った一声。



ここの主であるサラは、声の主に驚きの視線を向けた。



それもそのはず。



先ほどの声を上げたのは、冷静沈着で通っているはずのなのだから。















先ほどまで大陸へ降りていたは、大陸の様子が変わっていることに気付いた。



大きな変化ではない。



大陸に新しい技術が生まれていただけだ。



それでも今まで全く変化していなかったことを考えれば、



これは発展の兆しといえるのではないのか?



そして訪れた占いの館で。



もしやと思って占ってもらった結果、限りなく0に近かったマルセルとの相性が



元の数値まで回復していたのだ。



それがに、彼女にしては珍しい声を上げさせたわけである。

















サラに占いの礼を述べたは、占いの結果を読みながら庭園へ足を向けた。



もうすぐ昼時ということもあり、昼食を調達してからいつもの東屋へ。



育成のデータをまとめているノートを膝の上に開くと、軽快にペンを走らせた。



















ジュリアスに無理を言ってこの件を任せてもらってから30日あまり。



どんなに些細なこととはいえ、大陸は確かに動きを見せた。



それは再びマルセルが、の大陸にも関心を持ち始めたということで。



戻った相性をキープしつつ、このまま親密度を上げていけば



また順調に発展していけるようになるだろう。

















「…んー…ッ!」















ノートを閉じたは、両腕を前に出して身体を伸ばした。



ほっと息をついて空を見上げると、日陰の東屋にいてもなお眩しい日差しに目がくらみそうになる。



大陸の発展のためにマルセルとの関係を修復させてきた日々は、が思っているより苦痛だったようだ。



大陸のためと割り切っても、心のどこかに本当にこれでいいのかという思いがくすぶり続けて自己嫌悪に陥った毎日。



けれど…

















「あ…いい天気…」

















事態が好転し始めた事実は、の心を軽くした。



そればかりか、今は偽りと言えるマルセルとの関係も、そのうち本物になっていくような気さえしている。



大陸の発展が止まって以来、久しく感じていなかった安らぎの中、は空の青さを堪能していた。

















「なにアホ面してやがんだよ。口、開いてんぞ」



「あ〜、ゼフェル。そんなことをいうものではありませんよ」



「…ゼフェル様ッ…!?それにルヴァ様も…」



「こんにちは、



「ど、どうも…」

















ぼんやりと空を見上げていたところへ、背後から声をかけられた。



不覚にも気を抜いてた姿を見られたことへの羞恥心が沸き起こり



もう遅いとはわかっているが…それでも姿勢を戻してその場を取り繕ってみる…。



けれどゼフェルもルヴァも、あまり気にはとめていなかったようだ。



東屋の屋根の下へ入り込むと、の向かい側にあるベンチへと並んで腰をおろした。



















「何かいいことでもあったんですか?」



「え…?」



「なんだか、表情が明るいですからねぇ」

















いつも通りの穏やかな笑みを浮かべて、ルヴァは言った。



気持ちが顔に出てしまっていたことに照れた笑みを浮かべながら、



は先ほどまとめた育成の記録を開いて、ルヴァとゼフェルに差し出す。

















「大陸に変化が現れ始めたんです。昨日ゼフェル様に送っていただいた鋼のサクリアがうまく作用していて、



先ほど様子を見に行ったら、大陸に新しい技術が生まれていました」



「おッ、そうか。良かったじゃねーか」



「そうですねぇ。このまま変化がなかったらどうしようかと思ってましたが、これで安心ですね」



「ええ」

















の大陸の様子は、少し前から守護聖たちも気にかけていたこと。



事態が好転の兆しを見せ始めたと聞いて、ルヴァもゼフェルも胸をなでおろす。

















「今までご心配をおかけしました。午後の執務が始まりましたら、皆様のところへ報告に行って来ます」



「あぁ、それがいいですね。他の守護聖たちも心配していたようですから、早く安心させてあげてくださいね」



「はい」



















の口から明るいニュースを聞くのは久々のことで、東屋に集った3人の周りには和やかな空気が流れる。



時折冗談も飛び交うほどくつろいだ雰囲気の東屋に、4人目の来訪者が現れた。



















「あッ!おーい、みんな〜」



「あら…マルセル様」



















元気よく手を振りながら駆け寄ってくるのはマルセル。



彼も外で昼食を取ろうとしていたのか、手にバスケットを下げていた。

















もルヴァ様たちも、ここでお昼だったんだね」



「はい。マルセル様も…ご一緒にどうですか?」



「うん!ボクね、昨日カップケーキを焼いたんだぁ。たくさんあるから、みんなで食べよう?



えーと…はい、これはの分」



「ありがとうございます、マルセル様」

















バスケットを開けたマルセルは、中からカップケーキを取り出して、に手渡す。



それからルヴァとゼフェルにも。

















「ルヴァ様もどうぞ」



「あ〜、ありがとうございます。これはおいしそうですねぇ。喜んでいただきますよ〜」



「ゼフェルも食べてね?」



「あ?いらねーよ、んなもん」



「えー。折角作ったんだから、一口ぐらい食べてよね」



「オレは、甘いモンは嫌いだって言ってんだろーが!」



「大丈夫!そんなに甘くないよ。だから、はい」



「ッだー!いらねーって」



「あ〜、これはおいしいですよ。ゼフェルも食べてみてはどうですか?」



「ですよね〜。ルヴァ様」



















手の中には、マルセルがくれたカップケーキ。



1対1ではないにしろ、とマルセルが同じ時間を共有して、そしてマルセルが笑っている。



本当は…マルセルの姿を見たとき、一瞬の鼓動は早まった。



そう、動揺してしまったのだけれど…

















「あら…本当。おいしい」



「あ、も気に入ってくれた?わぁ、うれしいなぁ!」



「ええ。ゼフェル様も食べてみませんか?本当に、それほど甘くありませんよ」



「…ホントかよ…」



「でしたら、一口だけでもどうですか?」

















は自分がもらったカップケーキの、口をつけなかった側を小さく割ってゼフェルへ差し出した。



どうしても抵抗があるようだが、ゼフェルはそれを受け取って口の中へ放り込む。

















「どうですか?」



「…充分甘ぇぞ?…食えなくはねーけどよ…」



「どう?ゼフェル。おいしい?」



「…まぁ…いいんじゃねえか?」



「でしょ?ボクの自信作なんだ。あとで他のみんなにも配るつもり」



「おや、それはいいですね」



「ええ。きっと皆様に喜ばれますよ」



「うん!そうだといいなぁ」

















ルヴァもゼフェルも、マルセルもも。



皆が笑顔を見せている。



その中では、ふしぎな感覚を覚えた。



この場を楽しんでいるを、もう一人の自分が冷静に見つめているような…そんな感覚。



そしてその、もう一人のが言うのだ。

















マルセルの姿を見て動揺したくせに、今はこうして普通に笑えている。



彼の関心を得ようという計算などしなくても、一緒の会話を楽しめる。



きっかけは何であれ、もう大丈夫。



これからはきっと、何もかもうまくいく。

















楽観的な自分の心に呆れなくもないけれど。



重なる皆の笑い声に、は今までにない安堵感を覚えた。













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