「おっと」
「あら…失礼」
夢の守護聖の執務室を訪ねたオスカーは、ちょうど退出しようとしたと危うくぶつかりそうになった。
お互いがうまく身を交わして衝突は免れる。
短い謝罪を残してそのまま部屋を出て行ったを見送って、入れ違いにオスカーが部屋へと入っていった。
当のオリヴィエは、間を置かずにやって来た2人目の来客の顔をちらりと見ると、
取り立ててもてなすでもなく、読みかけだった書類に視線を移す。
「何の用よ、オスカー?」
「あぁ、通りすがりついでに寄ってみただけさ」
「あっそ」
出て行けとは言われなかった。
オスカーは部屋の応接セットに腰を落ち着け、彼の来室に気付いた側仕えの者が淹れてくれたお茶を口にした。
「そういや…さっきまでが来ていたようだな。よく来るのか?」
「んー?そうだねぇ…最近ちょっと増えたかな?育成の依頼。それがどうかしたわけ?」
オスカーの質問にも、執務の手を休めることなく答えるオリヴィエ。
相変わらず器用な男だと、尊敬するような呆れるような複雑な苦笑いを浮かべて、オスカーは話を続けた。
「いや…あれだ。の大陸、発展が止まっているだろう?
彼女もいろいろ頑張ってるようだが…どうしてるかと思ってな」
「ふーん?まぁ、あまりうまくはないみたいだね。聞いてもはっきりとは答えないけどさ。疲れが顔に出てきてるよ」
「そうか…」
オリヴィエの言葉は、大方がオスカーの思っていた通り。
ティーカップをテーブルに戻したオスカーは、軽い溜息と共につい先日のことを思い返し始めていた。
「お呼びですか、ジュリアス様」
「あぁ、来たかオスカー。早速だが、そなたに一つ頼みたいことがあってな」
呼び出されたのは王立研究院の一室。
24時間体制で二つの大陸の様子をモニターに映し出し、様々なデータをまとめるためのその部屋は、
いつも大勢の研究員たちが忙しく働いているのだが、ジュリアスが人払いをしたのであろう。
そこにいるのはジュリアス一人きりであった。
ジュリアスが執務室以外にオスカーを呼び出すのは稀なことであり、
そういった時は秘密裏の任務を言い渡されることが多い。
今日もそうだろうと踏んでいたオスカーは、動揺することなく先を促した。
「はッ、なんなりと。…で、オレに何を…?」
「の様子を…それとなく探ってもらいたいのだ」
「……ですか?」
ジュリアスの口から出た名前は予想外の人物。
不思議そうな顔をするオスカーに、ジュリアスは先ほど執務室で起こった
とのやり取りと、その上で予想されたことを話して聞かせてくれた。
の大陸が発展しないのは、通常では起こりえないことが原因かもしれないということ。
その原因をは掴んでいるようだが、どうしても話そうとはしなかったこと。
は問題の解決を自分に任せてほしいと言ったが、の力だけではどうにもならないかもしれないということ。
「なるほど…それでオレに調査をしろというわけですね」
「ああ。言うまでもないが、には気づかれないように頼む。むろん、他の者にもだ。
これは私の予測に過ぎぬ。もしも私の考えすぎなのならば、あの者は己の力でなんとかするだろう。
頑張ろうとしているの意思は大事にしてやりたいからな」
そう言って少し笑ったジュリアスだが、やがてすっと表情を戻した。
「…つらそうな…顔をしていた。自分に任せてほしいと言われて許可したが…
本当のところは按じてもいる。身動きが取れなくなる前に、もっと我々を当てにしてくれてもよいのだがな…」
モニターに映し出されるの大陸に目を向けたまま、最後にジュリアスはそう言っていた。
きっとその言葉をに伝えることはなかったのだろう。
オスカーにしてみれば、心配ならばそう伝えればいいと思うのだが…
「相変わらず、損な性格だな。あの方は…」
「はい?なんか言った?」
独りでに口から漏れていた言葉は、オリヴィエまでは届いていなかったようだ。
ジュリアスからの依頼を思い返しているうちに、つい余計なことを口走っていたらしい。
目の前にいる同僚は、なかなかに油断ならない男だ。
見た目のいい加減さに惑わされていると、いつの間にか心のうちを見透かされていることも少なくない。
極秘任務を受けている今、ここは早々に立ち去ったほうがいいだろう。
「いや、なんでもないさ。邪魔したな」
「はぁ?あんた一体何しに来たわけ?」
「ははッ。まあ気にするな」
いぶかしげに自分を見送るオリヴィエに背を向けたまま手を振って、オスカーは退散した。
他の守護聖同様、オリヴィエも今のところはに対して、危機感のようなものは感じていないようだ。
収穫はなかったのだが、この場合はないほうがいい。
オリヴィエの執務室の前で、オスカーは次の目的地を検討した。
の様子を探る手始めに、オスカーは最近特に彼女がよく会っているらしい守護聖たちを訪ねている。
これまでに会ったのは、ルヴァとランディ。
「さぁて…お次はどいつだ?」
とはいっても、の行動を記録にとっているわけではない。
根拠となるのはオスカーの記憶と印象。
そんな彼の頭に浮かんだ次なる人物は、クラヴィスとリュミエールだ。
「まずはリュミエールにしとくか…うん」
どちらに先に会いに行くか…オスカーが迷ったのは一瞬だったらしい…。
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