決してきつくはないのだけれど…
お香の香りが鼻につき、は僅かに眉を寄せた。
リュミエールに勧められてやってきた占いの館は、の想像通りの場所。
甘ったるい香りと薄暗い照明がなんとも胡散臭い…。
今までのであれば、到底訪れる気にもならなかっただろう。
けれど女王候補としてこの地に招かれて以来、
守護聖のサクリアという未知の力を何度も目の当たりにしているせいか、
一概に占いなど気休めだとは言い切れない自分がいて。
薄暗さに目がなれた頃を見計らい、は館の中に足を踏み入れた。
「いらっしゃい、黒髪の女王候補さん。ようこそ占いの館へ」
朝一番に訪れたせいだろう。
館の中には以外、占い目当ての者はいなかった。
声をかけられてその方に目を向ければ、中央のテーブルの向こうに女性の姿。
見慣れないその外見は、王立研究院のパスハと同じ龍族の者であることが容易に見て取れる。
彼女がここの占い師だと、にもすぐにわかった。
「…あなたはサラさん…でしたね」
「ええ。あなたと顔を合わせるのは今日が初めてね。
なかなか来てくれないんだもの。試験中にはもう会えないのかと思ったわ。
私の力はあなたに必要とされてないんじゃないかって落ち込んでたのよ?」
言葉とは裏腹に、サラは終始笑顔であった。
どう対応していいものか…迷いながらも、はありのままを言葉にして返す。
「私のいた惑星では、あまり占いを当てにする習慣がないもので」
「ふふふ、まあいいわ。さあ、ここに座って?あなたの望みは何かしら。
気になる誰かとの相性占い?それとも心を通わせるおまじないかしら。
星々のささやきは、どんな願いにも応えてくれるわ」
「…大陸との相性を」
サラの口上には取り合うことなく、は用件のみを伝えた。
そんなの態度に、サラは肩をすくめて小さなため息をつく。
それでもの望みをかなえるべく、サラは水晶球へと手を翳した。
「大陸との相性は抜群よ。しっかり導いてあげているようね。
親密度…この場合はあなたがどれだけ大陸と密につながっているかということだけれど、それも問題はないみたい」
「そうですか」
そう言ってサラは、占いの結果を数値化したデータをくれた。
ここを訪れる前、念のためは試験前にもらっていた占いのデータにも目を通している。
それらによれば、と大陸の相性は87%。
相性はよかったところへ足しげく大陸へ通っていたかいもあり、親密度にいたっては100%を記録していた。
もともとここでの結果に期待はしていなかったこともあり、データを見つめるは反応も薄い。
「あまりお役には立てなかったかしら?結果はわかっていたという顔ね」
「いえ。現状を確認することが出来ましたので。ありがとうございました」
「どういたしまして。あ、そうだわ。興味ないかもしれないけど、これもどうぞ?
守護聖様方との相性の一覧よ。女王候補がここで占いをしたら、渡すことになっているから」
「…どうも…」
「ふふ、本当に興味なさそうね。あれだけ素敵な方々の中にいて、どなたか気になる人はいないの?」
「生憎と…」
その気はないながらも、せっかくデータをくれたのだからというサラへの気遣いもあり、は資料へ目をやった。
これまで一度も占いをしていなかったのだから、初めにもらっていたデータと変っているのは
守護聖たちとの親密度の数値だけ。
それもまあ…どの相手とも予想の範囲内での変化である。
飛びぬけて親密度の高い相手というのはいない。
マルセルとだけは…他の守護聖に比べて若干親密度が低いのは否めないのだが…。
『え…?』
それまでは、まるで気温の変化のグラフでも見るような目でデータを見つめていたが、僅かに表情を変えた。
データの載った資料の一点に、の視線は集中する。
その変化に気付いたサラが声をかけると、はデータを見つめていた視線をゆっくりと上げた。
「サラさん、人の相性というものは、数値が変ったりすることも?」
そう問うの表情は硬い。
なぜ急には表情を変えてしまったのか・・・ 。
そこまではわからなかったようだが、サラはの問に答えをくれた。
「相性は生まれつきのものだから、普通は変ったりしないものよ。
でも…そうね。例えば相手に対して極端に興味を持ったり失ったりすれば、稀に変ることもあるけれど…それがどうかした?」
「…いえ。今日はこれで失礼します。いろいろとありがとうございました」
サラの答えを聞くと、はすぐに占いの館を後にした。
その足で向うのは王立図書館。
いつも持ち歩いているテキストと育成データ。
それと先ほどの占いのデータを閲覧用のデスクに広げ、書架から取り出した一冊の書物をその横に開く。
椅子を引くも、それに座る間も惜しいのか、は立ったままで書物を捲り始めた。
育成初期には何度も開いたことのあるその書物。
ともすれば破かんばかりの勢いでページを捲り続けたは、
見つけた目的の文章を指でなぞりながら、瞬きも忘れて読み返す。
同じ箇所を何度か繰り返し目で追っていたは、
やがて糸の切れた操り人形のように、力なく椅子に座り込んでしまった。
しっかり前を見ているようで…その瞳はどこか遠いところを見つめている。
「…そういうことだったの…」
占いの館でもらったデータは、とマルセルとの相性がほとんどゼロに近いことを示していた。
そしてサラが教えてくれた、人の相性が変る可能性。
マルセルとの相性、の記憶が正しければ、もともとは50%以上だったはずである。
それがここまで下がっているということは…
マルセルはへの関心を、ほとんど失ってしまったということなのだろう。
占いの館でその事実を知ったとき、の中に一つの仮説が浮かんでいた。
大陸の発展が止まってしまった原因は、マルセルとの相性にあるのではないか?
王立図書館を訪れたのは、この仮説を証明するためだ。
試験が始まって間もない頃、守護聖から送られるサクリアを効果的に高める方法を求めて開いたこの書物。
サクリアを最も効果的に作用させるためには、惑星が力を欲している時期を逃さずにその力を送ること。
その際には女王と守護聖と、この両者が惑星の発展を望む同じ願いを持っていなければ、
送られたサクリアが作用することはない。
が確かめるように何度も読み返していた文章にはそうある。
大陸を発展させるためには、女王候補の育成依頼を受けた守護聖が、
大陸の発展を願って力を送ってくれなければならないということだ。
なぜ今まで思いつかなかったのだろう。
試験で重要なのは、女王候補と守護聖の信頼関係だとあれほど言われていたのに。
マルセルとの関係が、決して良いものではないことはわかっていた。
けれどこんなことになるとは思わなくて…
お互い嫌な思いをしないためにと、マルセルと距離をとったままでいた報いがこれなのだろうか。
「…ジュリアス様のところへ…行かなくてはね…」
先日交わした約束。
本当は占いの館を訪ねた後すぐに向うつもりでいたのに、もう昼も近い。
ジュリアスのことだから、朝からずっとの訪れを待っていることだろう。
育成が滞っている原因…あの時はわからなかったけれど、今は違う。
けれどこれを、なんと言ってジュリアスに説明したらいいのか。
一向に考えはまとまらないまま、は図書館を後にした。
top 次のお話