民は、疲れていた。



いつもと変らず、自分たちの暮らしを送ってはいるけれど。



生活は変らないはずなのに、誰もが見えない不安にさいなまれている。



それはきっと、今まさにが感じているのと同じ、訪れない変化への焦り。



目指しているところへたどり着けないもどかしさが、さらに彼らを追い詰めるのだ。



今のままでは駄目なのだと。

















は、大陸を包む張り詰めた空気を感じていた。



育成の結果が出ていない現状は、確実に大陸の民たちにも影響している。



あるいは民たちが今の状況に満足して、これ以上の変化を望まなくなっているのではと思いもしたが、



彼らはその逆であった。



成果の現れない努力を、苛立ちに耐えて続けている。



そんな民を誇りに思うけれど…おそらく限界は近い。



このままでいはいずれ、彼らは全てを諦めてしまうだろう。



今の彼らに必要なのは、休息。

















「…闇のサクリアを送っていただかなくてはね。効果が現れてくれれば良いけれど…」

















望んでいた答えは見えなかったが、今すべきことは見えた。



本当ならばすぐにでも引き返し、クラヴィスのもとを訪ねなければならないのだが、



は遊星盤を操り、アンジェリークの大陸へ向う。



そこにの育成が進まない原因が見つかるとは思えなかったが、



今はほんの僅かな可能性にも縋らなければならない。



遊星盤での移動では、さほど遠くないアンジェリークの大陸。



すぐにその姿を目にすることができた。



































アンジェリークの大陸のほぼ中央



点在する集落の中でも比較的大きな町の真上に、はいた。



民の様子を見に降りるまでもなかった。



こうして遊星盤の上にいても、この大陸がどれだけの勢いで成長しているかは感じられるのだ。



押さえ切れない大陸のエネルギーが、大気を伝わってのもとまで押し寄せてくる。



の大陸では発展の最盛期ですら、ここまでの勢いはなかったのに…。

















「…でも…これは…」

















正直、圧倒された。



がどんなに育成の方法を改善しても、到底ここまで成果をあげることは出来ないだろう。



完全に負けたと、ここを訪れたときはそう感じたのも事実。



けれど…



背筋を冷たい何かが走る感覚を抑えきれず、は両の腕で自身を抱きしめた。



これほど生命力に溢れた大地は見たことがない。



それは羨ましいはずなのに、この嫌な感じはなんだろう。



大陸から込みあがってくる勢いに飲み込まれてしまうような感覚に、息が詰まる。



緑溢れる美しい光景が恐ろしいものに映り、は逃げるようにその場を後にしていた。



































「…戻ったな。何かわかったか?」

















大陸へ飛んでいた意識が肉体に戻り、はゆっくりと目を開けた。



いつものように女王候補を迎えたパスハは、厳しい表情をして戻ったに問い掛ける。



の育成がうまく作用しない原因は、彼も気にかけているところなのだ。



けれどはパスハの問に問で答えた。

















「パスハさん…最近アンジェリークが大陸に降りたのはいつでしょうか?」



「…そうだな、先週の土の曜日は見かけていないが…」



「そうですか…」



「アンジェリークがどうかしたのか?」



「…いえ…」

















簡単に挨拶をして、は王立研究院を後にした。



その足でクラヴィスの元を訪れて育成を依頼し、寮へと急ぐ。



少しでも早くアンジェリークと話したかったのだが、が戻ったとき、あいにく彼女はまだ外出中であった。



自室でアンジェリークの帰りを待つ間も、アンジェリークの大陸で感じた、恐怖にも似たあの感覚がよみがえってくる。



あれほどの違和感を感じるなんて…おそらくただ事ではないはずだ。



机に向かい、祈るように両の手を組んだ



このままでは大変なことになるような気がして落ち着かない。



時間がたつに従って、組んだ手に力がこもっていく…。



それからしばらくして隣の部屋のドアが開く音を聞きつけるなり、はアンジェリークの部屋へ向い、アンジェリークを捕まえた。



急に訪れたを、アンジェリークは快く部屋へ迎え入れた。

















「それで、お話ってなんですか?」



「あなたの大陸、様子がおかしいわ」



「え…?」

















部屋の中央に置かれたテーブルについたアンジェリークは、にも椅子を勧めてくれた。



けれどは立ったままでアンジェリークを見下ろし、何の前触れもなく本題をぶつける。



思いも寄らなかった話の内容に、アンジェリークは面食らうしかなかった。

















「あなた…最後に大陸へ降りたのはいつ?」



「え…と…先々週…だったと思います。でもその時は別におかしいところなんて…」



「それは先々週の話でしょう。ここと大陸と、時間の流れが違うのはわかっているわね?」



「は、はい。もちろんです」



「…まあいいわ。とにかく、私はさっきまで大陸に降りていたの。あなたの大陸も見てきたけれど…なんだか嫌な感じがするのよ」



「嫌な感じ…ですか?」



「ええ…とにかく一度、大陸の様子を見に行ったほうがいいわ」

















それだけを告げて、はアンジェリークの部屋を出た。



自身、アンジェリークの大陸の異変を言葉ではうまく説明できない。



アンジェリークが自ら感じ取ってくれなければ…。



第一、にもやらなければいけないことは多くあるのだ。



いくら気になるとはいえ、これ以上アンジェリークの大陸へ気を取られているわけにはいかない。



不満を飲み込んで努力を続けていた民たちのためにも、早く状況を打破しなければ…。

















部屋へ戻り、努めてアンジェリークの大陸のことを気にすまいとした



けれど間違いなく、これから起こる事態を一番初めに感じ取ったのは彼女に他ならなかった。

















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