彼女の大陸に緑のサクリアを。
誰にも気付かれないように、少しずつ送るね…。
守護聖が勝手に力を使えば、宇宙に作用するサクリアのバランスを崩してしまう。
聖地に招かれてすぐ、そう教えられた。
だからマルセルも、最初は罪悪感も感じていた。
他の守護聖の口からアンジェリークの名前が出る度に、
この禁じられた行為が知れてしまったのではないかと鼓動が早まる。
けれど…誰もマルセルの行動に気付かなかった。
ジュリアスもルヴァも、そしてアンジェリークさえも。
それどころか、緑のサクリアが満ちていくに従ってアンジェリークの大陸は活性化し、
豊かな恵みを与えられた大陸の民たちは日々活気を帯びていく。
アンジェリークは育成が順調に進むことを心から喜び、周りの者もそれを讃えた。
自分の力でアンジェリークが女王へと近づいていく
結果がよければ、それまでの経緯など大した問題ではなくなるもので…
マルセルが感じていた僅かな罪悪感は、いつの間にか優越感へと姿を変えていった。
その罪悪感が、事態を悪化させないための予防線でもあったのに…。
「こんにちはっ。皆さんお昼休みですか?」
アンジェリークが庭園に入ると、リュミエールとランディ、ゼフェルそしてが東屋に集まっていた。
がいつもここで昼食をとったり休憩したりしているのは周知のことで、
この頃は時間の空いた守護聖たちが時折顔を見せるようになっていたのだ。
そこへ現れたアンジェリークは、育成帰りのようである。
東屋の入り口付近に立っていたランディが一番アンジェリークに近かったせいか、
最初に声をかけたのは彼だった。
「やあ、アンジェリーク。いままで育成を頑張ってたのかい?」
「はい。今日はどうしてもクラヴィス様のお力をお借りしたくて。
でもお部屋にいらっしゃらなかったので、探しているうちに時間がたってしまったんです」
「クラヴィス様は王立研究院にいらっしゃるご予定でしたからね。
あ…それでは、アンジェリークはまだお昼を済ませていないのではないですか?」
「そうなんです。もうお腹ぺこぺこ」
クラヴィスは今日、王立研究院で午前中を過ごしているはず。
それを知っていたリュミエールは、アンジェリークがクラヴィスを探し出すまでの手間を想像できた。
いつもより昼食をとる時間がずっと遅くなっていたアンジェリークは、腹部に手を当てて空腹を訴えている。
「そっか、大変だったんだね。あ、ちょっと待っててくれるかい?いま何か買ってくるよ」
「えっ!そんな、ランディ様。私自分で…」
「気にしなくていいよ。君は今まで頑張ってたんだからね」
そう言うとランディは、アンジェリークが何か言う前に駆け出した。
呆然と見送るアンジェリークにリュミエールが座るように勧め、しばし4人の時間が流れる。
「それにしてもおめぇ、最近やけに張り切ってるじゃねーか。調子いいみてぇだな」
「あ、ゼフェル様もそう思いますか!?この頃育成の結果がどんどん出てきてるんです。
それが楽しくてつい張り切っちゃって」
普段はあまり育成に関心を示さないゼフェルからの言葉だけに、アンジェリークは興奮気味に答える。
先日ジュリアスから、大陸の民に土地を切り開くための技術力を育てるようにとの助言を受けて
ゼフェルの力を借りていたこともあり、その後の経過を事細かに話し出した。
当のゼフェルは興味がないようであったが、その分リュミエールが微笑を浮かべて聞いている。
「今日はジュリアス様のところへもお邪魔したんですけど、大陸の民たちにだいぶ技術力がついてきたから、
この分だと近いうちに文明レベルも上がるだろうって言っていただいたんです」
「そうですか、それはよかったですね」
「はい!この調子で行けばさんに追いつく日も近いかもしれないなーなんて」
「おっ!おめぇも言うようになったじゃねえか。おい、。おめぇマジで抜かれちまうかもしんねーぜ?」
勢いづいているアンジェリークの言葉に、ゼフェルは意味ありげな笑みを浮かべてを見た。
するとは、意外にも弱気な発言を返す。
「ほんと…一体何がいけないのか、私はこのところあまり成果が上がってませんから。
このままだと、次の定期審査までには確実に抜かれる計算ですよ」
は軽く息をつく。
これまでおおよそ計画通りに進んでいたはずの育成が、ここへ来て停滞気味なのだ。
そこへもってアンジェリークの育成スピードが上がっているため、差はどんどん縮まっている。
の大陸に送られて蓄積されているサクリアのバランスは問題ないはずなのだが、
どういうわけかそれがうまく作用していない。
その原因がまだ掴めていないは、原因を解明すべく寝る間も惜しんで様々な書物を開いているためか
やや疲れたような表情を見せていた。
「ふふ。そんなことをおっしゃるなど、あなたらしくないですね?」
「んなこと言っておめぇ、実はもうコイツを出し抜く作戦とか立ててんじゃねーのか?」
「そんなことはありませんが…」
の場合、多少育成のスピードが落ちてもいつの間にか巻き返していることが多い。
それはの実力で、守護聖の誰もが認めていること。
確かに今、の育成がうまくない状況にあるのは事実なのだが。
守護聖の多くは、がこの状況をどう打開するのかに関心を寄せているのだ。
そんな期待を込めたゼフェルの言葉に言いよどむ。
そうしているうちに、アンジェリークのために食事になるようなものを調達しに行っていたランディが、
紙袋を手にして戻ってきた。
「やあ、お待たせ!サンドウィッチとカフェ・オレを買ってきたんだけど、これでよかったかな?」
「はい。わざわざありがとうございました」
「ははっ。お安いご用さ!」
アンジェリークはランディから紙袋を受け取った。
アンジェリークが座ったことで、東屋に備え付けられている石造りのベンチは満員。
食事をとらなければならないアンジェリークはもちろん、
買出しに走ったランディや、他の守護聖を立たせるわけにもいかない。
は自分が出した紙くずや、育成のテキストをまとめて立ち上がった。
「私はそろそろ行きますから、みなさんはごゆっくりどうぞ」
「あ?なんだ、ずいぶん早ぇじゃねーか」
「ええ。追われる側としては、うかうかしていられない状況ですから」
「うふふ。今に追い抜いちゃいますから、覚悟しててください?」
「あははっ。これは次の定期審査が楽しみだなぁ」
「あなたも頑張ってくださいね、」
に掛けられた言葉は様々であった。
その場は笑顔で立ち去っただが、やがてその顔からは表情が消えていく。
『本当に…笑ってられる状況じゃないのよね…』
ゼフェルが言うような作戦、すなわち打開策などあるはずがない。
育成の方法を改めるべきなのかと考えて
関係しそうな資料はほぼ調べ尽くしたと言っても過言ではないのに、
育成が発展に繋がらなくなってきた原因の手がかりすらつかめていないのだ。
これはもう原因は育成方法ではなく、大陸自体にあるのだろうか。
「目に見えるような原因ならいいのだけれど…」
そう一人呟いたはかすかな望みを胸に、大陸へと降りるべく王立研究院を目指した。
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