女王候補が育成する大陸は、月に一度の定期審査のほかに、



二週間に一度、守護聖たちの監査も受けてる。



そこでは王立研究院から出されたデータを元に、現段階の大陸の様子をモニターしながら、



守護聖たちは大陸の状態や、女王候補の育成経過についての共通理解を図るのだ。



聖殿の一室に集まった守護聖たちがまず目にしているのは、モニターに映し出されたの大陸。



順調に発展を続けているこの大陸には、文明の象徴の一つである高層建築物が目立ち始めていた。















の大陸は、発達の仕方にパターンが出来ていますねぇ。



初めのころに比べて普段の変化は穏やかになっていますが、



その分、一定の周期で文明が著しく発達する時期が来るようです。その時に、人口も一気に増えているようですよ」



















王立研究院のデータを元に、ルヴァはの大陸をこのように分析した。

















「…文明のレベルが上がった直後には、決まって紛争が起こるようですね…。



決して大きな規模ではありませんしすぐに治まっているようですが、これは問題なのではありませんか?」



「急激な人口増加は、同時に食糧不足や住居場所の問題を引き起こすもの。極自然な流れだ。



リュミエールが言うほどの問題ではないだろう。むしろこの程度の規模の紛争で済んでいるのは、



の力がそれだけ大したものだとも言えるんじゃないか?」

















リュミエールとオスカーの相反する意見には、



やはり紛争は未然に防ぐべきだという者もいれば、紛争も発展段階の一つと捉える者もいて、



守護聖たちはそれぞれの反応を見せる。



唯一どちら側にも属さなかったのはゼフェルだ。

















「それが問題かどうかは知らねぇけどよ、はそれに気付いてねぇのか?



あいつなら、気付いてんなら何とかしそうなもんだけどな」



「確かにそうだねぇ。のことだから、気付いてないとは考えにくいけど…」



「え、じゃあ…気付いてるのにそのままにしているってことですか?」

















ゼフェルの疑問に同意したのはオリヴィエである。



それを聞いたマルセルは、リュミエールの意見に賛成していただけあって驚きを露にした。

















「うむ…育成初期にしっかりと土地を育てていたことで、の大陸には



急激な人口増加にも対応できる基盤があるのは確かだな。



居住可能な土地が限りなく広がっているからこそ、紛争の被害も最小限に食い止められている。



しかし、この件に関してはの意向を確認しておく必要があるようだ。どちらにせよ、紛争は起きないに越したことはない。



文明発達直後の紛争をできる限り抑えるようにするということが、あの者の次の課題といえるだろう」

















の大陸に、リュミエールが述べた以上の問題点は特に見つからない。



ジュリアスが皆の意見をまとめたところで、話はアンジェリークの大陸へと移っていった。

















「お嬢ちゃんの大陸もだいぶ発展したな。建物の数なんて前に比べたら格段に増えてる」



「人口も、に迫ってきてるしね。けど…その割りに文化レベルは上がってないみたいだけど?」

















の大陸を見た後のせいなのか、オリヴィエの言うとおり、アンジェリークの大陸は



どこかまだ原始的な部分が抜けていないように見える。



上空から大陸を見下ろせば一目瞭然。



木々が生い茂る中に、いくつかの町が点在していて、それぞれが独自の社会を作り上げているようだ。



それぞれは着実に発展しているものの、



大都市とも呼べる一つの町を中心に、全体がまとまりつつあるの大陸の発展スピードには及ばない。

















「地形が問題なんですよね、きっと。



アンジェリークの大陸は起伏が多くて、大きな町をつくる場所をまだ確保できないんだ」



「そのまま人が住めそうな平地なんて数えるぐらいだからな。



周りは全部森で…開拓するったってこりゃ骨だぜ?」



「うん…。それに、作物を十分に育てられるような肥沃な大地も少ないよ。



今でももう、人口と食糧供給のバランスが崩れかけちゃってる…」

















ランディにゼフェル、マルセル…若い守護聖たちの目にもアンジェリークの大陸の欠点ははっきりと見えるようだ。



生活が安定しなければ、文明は発展しにくい。



日々の生活が保障されてこそ、民には更に生活を向上させようという余裕が生まれるのだから。

















「そうですねぇ…発展途上の惑星でしばしば起こる人口増加の問題…



アンジェリークの大陸で今のまま人口が増えていけば、それと同じ事が起こるでしょうね。



食料確保の問題もそうですが、限られた場所にその容量を越えるほどの民が暮らすことは、



精神衛生上も良くありません。争いを生む原因にもなりかねませんねぇ」



「地形の問題はもうどうしようもないけどね。他にもいろいろ問題はありそうだけど、



この地形を切り開いていこうとする強い意志と技術力を民の中に育てるのが、



さし当たってのあの子の課題ってところかな。どう?ジュリアス」

















オリヴィエが横目でジュリアスに伺いを立てれば、



モニターに映し出されるアンジェリークの大陸を眺めていたジュリアスは、うなずいて言った。

















「できればアンジェリークが自からそれに気付いてくれればよいのだが…いや、あまり多くは求めるまい。



アンジェリークも、ようやく自分の育成に自信を持ち始めてきているところだからな。



まずは様子を見ながら、皆でそれとなく諭してやるほうがいいだろう」

















女王候補への今後の対応が決まれば、この集まりも解散。



今日は土の曜日。執務室へ行く者もいれば館へ戻る者もいる。



けれど何人かは、聖殿の2階へと上がっていった。



帰る前にお茶でも飲みませんかと言い出したのはリュミエールで、



それに釣られた守護聖たちが、2階のテラスへと集まってきたのだ。



程なくハーブを蒸らす良い香りが辺りに広がり始め、集まった守護聖たちはくつろいだ表情を見せていた。

















「あ、アンジェリークとだ。大陸を見てきた帰りかな?」

















決して遠くへは行かないものの、辺りを飛び回る青い小鳥を見守っていたマルセルが、遠くに女王候補の姿を見つけた。



二人は並んで歩きながら、なにやら言葉を交わしているようだ。

















「あ、ほんとだ。けっこう仲がいいんだよな、あの二人。



この頃よくああして一緒にいるところを見かけるよ。何を話しているんだろう」



















マルセルの言葉を聞いて手摺のそばまでやってきたランディも、二人の姿を見つけた。



歳の離れた二人の女王候補。



以前はそれほど親しげではなかったと記憶していたランディは、二人の会話の内容が気になるようだ。



すると側でお茶の支度をしていたリュミエールは、微笑みながらランディに教えてくれた。

















「きっかけはアンジェリークがに、育成の方法を見てもらったことらしいですよ?



そうしているうちに、今ではちょっとしたおしゃべりなどにも付き合ってもらえるようになったのだと、



アンジェリークが本当に嬉しそうに話していました。」



「へー。まあ、女同士じゃなきゃ話せないこともあるだろうし、いいことじゃない?」

















配られたカップをいち早く手にしたオリヴィエは、ハーブティの香りを楽しみながらそう言った。



そして皆にカップが行き渡り、リュミエールも椅子に落ち着いたところを見計らって言葉を続ける。



















「それよりもあの二人、一体どっちが次の女王になると思う?



結論が出るのはまだ先のことだけど、けっこう楽しみなんだよね〜」

















その言葉どおりに目を輝かせているオリヴィエ。



他の守護聖たちも、未来の女王に思いを馳せる。



女王が決まるまでにはまだ様々な可能性を考慮しなければならないが、いち早く結論を導き出したのはオスカーだった。

















「単純に試験の結果を見るならば、いまのところ優勢なのはだろうな。



常に先を予測しているあの育成センスは本物だぜ」



「あ〜、ならばきっと聡明な素晴らしい女王になるでしょうねぇ」

















オスカーがの名を口に出すと、女王となったときのを想像して、



それに納得したルヴァは肯定的な意見を述べた。



が女王となる可能性には誰も異を唱えなかったが、心配がないわけではない。

















ねぇ…。まぁ、まだちょっと態度に事務的なところもあるけど?



デキル女王にはなりそうだね。が女王になったら、私たちは楽できそうかな?」



「ええ…。でもそれは、に負担がかかってしまうということですが…」



「そうだね。でも彼女の性格じゃ、何でも自分でやっちゃいそうじゃない?



が女王になるとしたら、それだけが心配かな」

















なんでも自分でやってしまえるだけに、なかなか人の手を借りようとはしないの性格を考えれば



オリヴィエやリュミエールの懸念はありえないことではなかった。

















「じゃあ、アンジェリークが女王になったらどうなると思います?」

















いまの段階では劣勢だと思われるが、その可能性がないわけではない。



ランディの一言で、みんなの思考はアンジェリークが新女王になった世界を思い描く。

















「アンジェリークか…なんかすっごいことしてくれそうな気はするね」



「確かに、今までにない女王になるだろうな」

















オリヴィエとオスカーは、試験中のアンジェリークの姿を思い出しているようだ。



非力さを熱心さでカバーするアンジェリークのパワーは、誰もが認めるところ。



確かに今は欠点も多いけれど、彼女の魅力は何よりもあの万人を惹きつける人柄で。



それは人の上に立つ者には必要不可欠なのだ。

















「アンジェリークが女王になったら、きっとみんなが幸せになれると思います。



だって、アンジェリークはとっても優しいもの」



「そうですね、マルセル。わたくしもそう思いますよ」

















だれもが愛しく思ってしまうアンジェリークの人柄は、



宇宙の全てを慈しむ女王の博愛精神に近いものがあるというマルセルとリュミエール。



内面で見れば、よりもアンジェリークのほうが女王に近いとも言えるのだろうか。



















この頃ではも変ってきているとか、アンジェリークの育成の仕方も進歩しているとか。



各々の主張はいつまでも続く。



当然答えは出せないままでお茶会は終了となり、集まっていた守護聖たちもそれぞれに聖殿を出た。

































「あっ!おーい、アンジェリークー!」

















聖殿を出てから庭園へ足を伸ばしたマルセルは、そこでアンジェリークの姿を見つけた。



散歩中だったのか花壇を覗き込んでいたアンジェリークは、声の主を探して辺りを見回している。



やがてマルセルを見つけると、花がほころぶような笑顔を浮かべて駆け寄ってきた。

















「こんにちは、マルセル様」



「こんにちは。こんなところでどうしたの?お散歩かな?」

















休日の庭園はにぎやかだ。



飛空都市で暮らす人々が行き交う中を、二人もゆっくりとしたペースで歩き出した。

















「はい!だって、とってもいいお天気なんですもの。



マルセル様は…もしかして今日もお仕事だったんですか?聖殿のほうからいらしたみたいですけど…」



「うん、そうなんだ。今日は守護聖のみんなが集まって会議があったんだ〜」



「そうなんですか!?大変ですね…」

















土の曜日



自分にとっては大陸の様子を見に行く大切な日であるが、



守護聖にとっては休日だとばかり思っていたアンジェリーク。



今まで知らなかった守護聖の務めを知って驚いたと同時に、申し訳ないような気持ちになった。



だって自分は、大陸から戻ればこうしてゆっくり過ごせるのだ。守護聖の集まりとはレベルが違う。



すこし表情を曇らせたアンジェリークだが、マルセルは笑顔でそれを否定した。

















「ううん。ちっとも大変じゃないよ。だって君たちの大陸についての会議だもの。



発展している大陸を見るのって楽しいよ。二人が頑張ってると、ボクも頑張ろうって思えるんだ」



「わぁ!ありがとうございます。そんなふうに思っていただけるなんて…私ももっと頑張らなくちゃ!」

















マルセルの言葉を受けて、アンジェリークは力強くこぶしを握った。



試験開始当所はおどおどしてばかりいたアンジェリークなのに、



今ではこんなに心強い返事ができるまでになっている。



その変化を自分のことのように嬉しく思うマルセルだが、少しだけ不思議にも思う。



今でも十分頑張っているアンジェリークなのに、どうしてもには及ばない。



それなのにどうして、アンジェリークは笑っていられるのだろう。

















「ねえ、アンジェリーク。試験…大変じゃない?」



「え?」



「だって、君はこんなに頑張ってるのに…」

















に負けている』



その言葉はさすがに口には出せなかったけれど、言いよどむマルセルの表情から



アンジェリークは彼の言いたいことを悟ってくれたようだ。



ちょっと困った顔を見せたアンジェリーク。

















「はい…大変だなって、思います。さんはどんどん先に行っちゃうから…。



あ、でも!楽しいこともあるんですよ?私が育成して大陸が少しずつ発展しているのを見ていると



すごく幸せな気分になるんです。さんみたいに上手には出来ないけど、



私が頑張れば大陸の民たちはちゃんと応えてくれますから」

















との差を思い返して暗くなっていたアンジェリーク表情は、またすぐに明るくなった。



女王候補として大陸を育成することに、喜びを見出し始めたようだ。



自分の大陸には最近こんな変化があるのだとマルセルに話して聞かせるアンジェリークの姿は、



本当に楽しそうだったけれど…

















しばらく一緒に庭園を歩いてアンジェリークと別れたマルセルは、館への道を一人で歩きながら考えていた。



アンジェリークはとても心の強い人なのだ。



だからに負けていても、ああやって笑っている。



けれど時々落ち込んだ姿を見かけることがあるのは、やっぱりとの差を気にしている証拠。



もしに勝つことが出来たら…そうでなくとも追いつけたのなら…



もうアンジェリークの落ち込んだ姿を見なくてもいいはずだ。

















「…ボクはアンジェリークに次の女王様になってほしいな…」

















ふと立ち止まって空を仰いだマルセルが呟いたこの言葉は



誰にも聞かれることなく青い空へと消えていった。









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