宇宙において、女王とは至高の存在。
その聖なる力は万物を愛し、輝かしい未来へと導く。
だがその素質は、望んで手に入るものではない。
限られた、選ばれし女性のみが生まれながらに与えられるもの。
ゆえに女王の素質を持つ者は、たとえ女王になれずとも人々に愛され、敬われて、
祝福に満ちた人生を約束されたも同然だ。
しかし…
望んでも女王の素質を手に入れられない者が存在するように、
望まずしてその素質を持って生まれてしまった者もいる。
女王の素質…その聖なる力は、はたしてそれを望まない者にも祝福を与えてくれるのだろうか…。
「よお、。お疲れさん」
とある辺境の惑星。
主星からかなりの距離があるにもかかわらず、目覚しい発展を遂げた大規模惑星「アース」。
その中心部に位置する大都市に建てられた高層ビルの秘書室で、
黒いパンツスーツに身を包んだ長身の女性がデスクを片付けていた。
と呼ばれたその女性は、机の引き出しを整理していた視線を声の主へと上げる。
「…」
見知った顔を見るとそれまで強張っていた表情を和らげ、は立ち上がる。
「いよいよ明日出発だそうだな。どうだ?これからちょっと飲みにいかないか?」
秘書室に現れた男はの同期で、社内でも花形といわれる企画部の若きエリート。
入社以来なぜか気が合い、会社を離れても度々時間をともにしていた相手だ。
「ええ。片付けもこれで終わり。下まで運んでくれる?」
私物を詰め終えたダンボールをに託し、は先立って部屋を出た。
の車に荷物を載せ、二人で贔屓にしているバーへと向かう。
いつもと変わらずに静かな店内。
その端のテーブルに座って酒を飲むのがいつものパターンだ。
「…しかしまあ、お前が女王候補とはな…」
スコッチのグラスを傾けながら、がつぶやく。
「…やめて。私が一番、驚いてるんだから…」
「ははっ、だろうな。…でもまあ、お前が女王候補って聞いても不思議と驚かなかったよ。
なんか…やっぱりそうかって…」
「…え?」
驚いて自分を見つめるにあいまいな微笑を返し、はいったん喉を潤す。
「うまくは言えねえけどな。雰囲気っての?それが普通の女のものとは違ったからさ」
「………」
の言葉にうつむいてしまった。
だが、静かに語りだした。
「女王の素質を持っていることは知っていたわ。子供のころだけれど、王立研究院の人が来て説明してくれたから。
でも…それだけだと思ってた。素質を持つ人は他にもいるし、いままで何もなかったから…」
は何度かうなずいて聞いていたが、ふと言葉を発した。
「普通、女王候補ってのは十代の女の子だって聞くぜ?なんだっていまさらお前なわけ?」
「こっちが聞きたいわよ!」
ドンと音がするほどの勢いで、グラスをテーブルに戻した。
何人かいたほかの客たちがいっせいに視線を向けるが、もも動じなかった。
「…ま、悔しいのはわかるけどな…」
「…ん…」
女王候補として聖地に召喚されると決まって以来、彼女の幸運を羨む人々の中で…はずっと荒れていた。
大学を出てから、今の会社に重役秘書として入社して3年目。
ようやく仕事も覚えて、これからさらに仕事に打ち込もうと思っていた矢先の出来事だったのだ。
は早くに両親を亡くしていた。
幼いころは施設で育てられ、そんな環境の中でも自立することを願って学業にもアルバイトにも打ち込んできた。
必死に自分の人生を切り開き、ようやく足場が固まったとたん、
拒否することは許されない女王試験に呼ばれたは、言いようもないほどの悔しさに苛まれているのだ。
試験がどれだけかかるかわからない。
例え女王になれず、外界へ戻ることになっても…その間も会社は自分を待っていてはくれないだろう。
先の見えない不安…
「…しかたない…のは、わかってるんだけどね…」
今にも口をついて出そうな弱音を飲み込んで、は少し笑った。
嫌だから、怖いからといって誰かに泣きつくには…は少し歳を重ねすぎていた。
大人としての理性・プライドが邪魔をして、女王試験への召喚を知らせに来た聖地の人間にも
は落ち着き払った態度で承諾の返事をしてしまったいたのだ。
「頑張れ…としか言えねえけどな。幸運を祈る」
苦しげなの表情を見つめる。
慰めてやりたい気持ちは大きくても…言葉が見つからない。
かろうじてそう言い、はグラスを掲げた。
も自分のグラスを持ち、のグラスに軽く打ち付ける。
カチンと小さな音がして
それを合図に、二人は一気にグラスを空にしたのだった。
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