【結婚生活31日目〜新婚さんの洗礼〜】

























練習の休憩中、ケータイが鳴った。

ディスプレイに表示された着信相手に、流川楓は一瞬電源を切ろうかとさえ考えたという。

後が怖いから、しなかったけど…

































「おー、来たわね流川」

ウス

















電話の相手は、中学・高校時代の先輩で、部活のマネージャーでもあった彩子サン。

ちょっと話があるからと呼び出されたのは、流川の帰宅途中にある居酒屋であった。

勧められるままカウンターに座って、彩子サンが摘んでいた焼き鳥に手を伸ばす。

















「…で…なんすか?ハナシって」

「ん〜?うふふ〜。いや〜、流川どうしてるかと思ってね」

「別にいつも通り」

「なによ〜それ。新婚さんの台詞じゃないじゃない」

「…?」

「どうなのよ?新婚生活は!」

















冷やかす気満々といった顔の彩子サンの視線を受けて、

焼き鳥の櫛を咥えたまま、流川は考えた。



















「…どーって…?」



















ガクッ…



















彩子サンがズッコケた気持ちもわかる…。

















「あんたねぇ…」

「…?」

















彩子サン…どうか怒らないであげてください。

流川は本気でわかってないんだから…

















「ったく…。結婚しても相変わらずとぼけた男ねぇあんたは!」

「む…」

「新婚生活の感想を聞いてるんでしょ!?

 可愛い奥さんがいて毎日楽しいとか、自分の帰りを待っててくれる人がいると嬉しいとか!」

「あぁ…」

















ようやく、流川は質問の意味を理解した。

だったら初めからそう言えと…思わなくもなかったが、

彩子サン相手にそれを口に出すほど、流川もバカではない。

新婚生活の感想とやらを、彼なりに考えてみる。

















「まあ…」

「まあ?」

「メシうめぇ」

















実家を出て以来ずっと一人だったこれまでの生活と、と一緒の今の生活。

一人が二人になったことで、変ったことはいろいろあるのだけれど。

新婚生活の感想と聞かれて、一番に思い浮かんだのはそれだった。

朝起きると…それから家に帰ると。

黙って座れば食事が運ばれてくる。

レパートリーはもちろん味だって、流川が自分で作るものとはレベルが違う。

比べる方が失礼ってなもんだ。



















「っへ〜。さんって料理上手なのねぇ」

「(コクリ)」

















新婚男のノロケ話としてはいささか簡単すぎかもしれないけれど、

それが流川楓だと思えば上出来だ。

















「奥さんは優しい?」

「ん…」

「へ〜。流川のことだから、我侭言って奥さん怒らせてるんじゃないかと思ってたけど」

「ンなもん言わねー」

「そ〜お?」

「あっちが言う。ワガママ」

「えー?なにそれ」

「床で寝るなとか。いちいちウルセー」

「…それって我侭?」

「ワガママ」

















なんとなく…彩子さんにもさんの苦労がわかったような気がする。

けれど思っていたよりは、流川なりに順調な結婚生活を送っているようだ。

流川の答えに満足げな彩子サンは、ここでようやく本題を切り出した。

















「高校時代のバスケ部一同でね、あんたたちに結婚祝を用意させてもらったわけ。

で、それを渡すついでに、一度何人かであんたんとこにお邪魔させてもらえないかなーと思って。

そろそろ生活も落ち着いた頃でしょ?」

「…………」

「あ、なによその嫌そうな顔は!まさかあたしたちの好意を断る気じゃないでしょうね?」

「できれば」

「却下!」

「チッ…」

















次の土曜、午前中は流川の練習がある日なので、時間は午後6時。

用件を伝え終えた彩子さんは、流川を追い立てて店を出ると、

「奥さんが待ってるんだからさっさと帰りなさいよ」と言い残して帰っていった。

居酒屋の前で、一人深いため息をつく流川。

















「…ハラ減った…」

















結局、焼き鳥一本しか食べられなかったのだ。

盛大に自己主張する腹の虫をなだめつつ、流川はおいしい晩ご飯が待つ我が家へと急いだ。
























【結婚の仕方】



















20代もここまでくれば、周りにはすでに人妻となった女友達も多く。

あたしの現状を相談するにはもってこいな環境なわけです。

















あの「早朝告白劇」以来、とりあえず「お付き合い」をすることになったあたしと流川楓。

それじゃあじっくり相手を見極めようじゃないかと思うあたしとは逆に、

流川楓はすぐにでも結婚したいらしいのです…なぜか。

















「どー思う?」

「いーんじゃないの?結婚しちゃえば」

「うわぁ…」

















喫茶店のテーブル席。

一通り家事も終えただろう頃を見計らって呼び出した若奥様は、

あたしの問にGoサインを出した。

















「お金持ってていい男なんでしょ?理想的じゃない」

「ん〜そうなんだけど…」

「いちいち口うるさい人だとか?」

「や…逆にもっとしゃべれよって感じで」

「女好きしそう?」

「…うーん…モテるだろうけど、相手にはしなさそうかなぁ?」

「相手の親と同居しなきゃいけないとか?」

「さあ…?でもそれは別に嫌じゃない」

「じゃあ…一体何が気に入らないの?」

「…ちょっと普通じゃないトコロ…?」

「性格悪いわけ?」

「…性格っていうか…一般常識?」

















「流川楓」は、ちょっと普通じゃないと思う。

それは彼の今までの言動が雄弁に物語っております。

それだけならまだしも、無口で無愛想で…なにかってーと人のこと睨むし。

でも一番わからないのは…

そんな態度を取っておきながら、あたしに執着するところ。

あの人なら、相手ぐらいいくらでもみつかりそうだけどねぇ?

















ため息混じりにそう語るあたしをじっと見つめていた友人は、

咥えていたストローを離すと不適に笑った。

















「あんたさぁ…つまりはビビってるんじゃない?」

「…ん?」

















流川楓を恐れてるってこと?

それは確かに。

















「違う違う。そーいうことじゃなくて。

 相手に求められてることに対してね。

 『なんでアタシなの〜?』って、あんた自分で言ってるじゃん。

 要するに、相手があんたを選んだ理由がわかんないから思い切れないんじゃないの?」















それはあるかも…















「逆に考えればさ、その理由にあんたが納得できさえすれば、

 その人との結婚を渋る理由なんてないわけだ」

















う〜ん………

















そこであたしは、流川楓があたしにこだわる理由ってのを考えてみた。

普通に考えれば一目惚れとか?

結婚したいってぐらいだから、あたしに対してそれなりの好意はあるはず。

流川楓はあたしに惚れている…?

































…コワ…

































や…最も一般的だと思える理由ではあるんだけどね?

だとすれば一体あたしのどこに惚れたと?

性格は…この短期間じゃ考えにくいし…。

じゃあ顔か?まさかカラダじゃないだろうな!?

いやいや、冗談じゃなくてよ?

会って間もない相手じゃ、顔かカラダぐらいしか惚れる要素がないじゃない…?

















「あ〜…仮に向こうがあたしに惚れているとしてよ?

 …それって向こうの片思いなわけよね…」

「まあ…そうなるね」

「じゃああたしが相手のこと好きになれなかったら…」

「それは当然断る」

「だよねぇ…」

















その可能性のほうが高い気がするな…

















「でもさ、『好き』にもいろいろあるんじゃない?」

「いろいろ?」

「基本は恋愛の『好き』だろうけどさ、それだけで結婚するのもどうかと思うわけだ。

 いくら好きでも、生活力のない相手とは一緒に暮らしていけなじゃん。

 結婚って、結局は生活でしょ?この相手とだったら、一緒に暮らしていけるかな〜ってのが、

 結婚の第一条件なわけよ。その中にはほら、経済力だったり、お互いの相性なんかが入るでしょ?

 そういうなにか一つの要素をもってして、相手を好きだと認識してもいいわけだ」

「ほうほう…」

「そりゃ恋愛した相手が結婚の条件を満たしてれば、それに越したことはないだろうけどさ。

 相手が生理的にダメってんじゃないんなら、

 お互いに自分が考えてる条件に合うって理由で結婚するのもアリだと思うよ?

 あんたが思ってる結婚の条件に、相手は合ってる?」

















あたしが出した条件…はて…なんだっけ?

確か…まずは高級取りで背の高いイイ男…。

これはまあクリア。

あたしに好きなだけ贅沢させてくれて、時々は家事分担…。

…家事はちょっとわかんないけど…贅沢はさせてくれるのか?

あたしが衝動買いとかしても、あんまし文句は言わなそう…睨むかもだけど。

















「う〜ん…八割方満たしてるっぽい」

「お、上等上等。向こうの方が結婚したがってるんだから、

 あんたは相手の条件を満たしてると考えれば…

 あとはその条件を本人に聞くだけじゃない」

















確かに理屈は合ってる気がする。

でもさぁ…ちょっとぐらいは恋愛要素も欲しいんだけどな〜…

















腕組みをするほど考え込むあたしを見て、友人は軽やかに笑いました。

















「向こうがのどこをそんなに気に入ってるのか。

 とりあえず聞くだけ聞いてみれば?考えも変るかもよ」

「…聞かないことには始まらないか」

「うん。それであんたが納得すれば、そっから恋愛したっていいわけでしょ」

















あはは…恋愛に関しては期待できないかもだけどね…アイツの場合。

















「ま、あんまり慎重になりすぎないことだね。

 結婚しようって言ってくれる男なんか、そうそう見つかるもんじゃない」

「ん…それはそう思う」

「最悪、ダメならリセットするって手もあるわけだしさ。前向きに考えてみなよ」

「…うん」

「よし。あ、上手いこと結婚〜なんてことになったら、式には呼んでよね。

 友人代表でスピーチしてあげる」

「あ〜…そん時はよろしく」

















この友人にスピーチなんかさせた日には、

あたしの暴露ネタでいっぱいになるんだろうな…

















相談にのってもらったお礼に、今日の飲み代(アイスコーヒー)はあたしが奢る。

せっかく出てきたんだからとしばし街をぶらついて別れたあと。

一人になったあたしは、携帯を取り出した。

















流川楓があたしと結婚したい理由。

確かに聞いてみないことには始まらない。

本当は…ずっと前からそう思ってたんだけどね。

なんとなく先延ばしにして今日まで来てしまった。

友人のアドバイスは、絶好のチャンス。

































送信先:流川楓

件 名 :です

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話したいことがあります。

近いうちに会ってください。



























あたしたちの間での、これが初メール。

色気もそっけもない、用件のみの短いもの。

そういえば、あたしの方から誘いをかけるのも初めてだ…。

















それに気付いたのは、送信ボタンを押したあと。

送信完了の文字が浮かぶ携帯を見つめながら、

絵文字の一つも入れればよかったと…あたしはちょっとだけ後悔していた。


















【結婚生活35日目〜初めてのお客様 前編〜】

























「…で…どうしてそういうコトを今さら言うの…」

「忘れてた」

「あっそ…」

















うちのリビングは、フローリングの洋間です。

そんな場所に、2人向き合って正座しているのにはワケがある。

午前中の練習を終えて帰宅した夫の口から、

今日の夕方ウチにお客さんが来るということを、今になって聞かされたのですよ。

今日?夕方?今何時!?

それまでにやらなければいけないモロモロのことが頭の中を駆け巡ってですね?

あたしは床に座り込んで、夫もそれをマネたと…。



















「夕方って…何時?」

「6時」

















えーと、いま1時半だから…猶予は4時間半。

その間に掃除して買い物して料理して…?

嗚呼…眩暈が…

















「ことわっか?」

「へ?」

「ヤならベツに…」

「あ、ううん。嫌なんじゃなくて。もっと早く教えてほしかったなーとか…」

「…そうか」

「うん…」

















あ、ちょっと反省してるっぽい。

















「ま…忘れてたモンは仕方がないデス」

「………」

「なので、今から勝負をかけたいと思いますが…いかがでしょう?」

「ショウブ…」

「時間との戦いです」

「ジカン…」

「そ。手伝う気はあります?」

「…チョットなら」

















あたしの目の前で

夫は右手の親指と人差し指を使い、「チョット」の程度を見せてくれた。

その隙間、約3ミリ。

…ご丁寧にありがとよ…

















「まずは掃除ね。この部屋、やってくれます?あたしは玄関と廊下とトイレ」

「ベツに…ウチはキレーじゃねーか」

「そりゃ毎日掃除はしてますがね。でもそういう問題じゃないの。

掃除機かけて、テーブルとか拭いてくれるだけでいいから」

「…しょーがねー」

「そ。しょーがねーから早くやって。掃除機とテーブル拭きと…あ、雑誌も片付けてね。

ついでに古新聞も紐で縛っちゃって」

「…増えてんじゃねーか…」

















なんか文句言ってるけど知るもんか。

夫が動き出したのを確認して、あたしもリビングを出た。

玄関を掃いて、廊下はモップがけ。

トイレを磨いて環境を整えつつ…頭では今夜のメニューを考える。

おもてなしするわけだから、やっぱり「チョットいいご馳走」が必要ね。

かといって時間はあまりないわけだし…ここは一つアレでいこう。

















「スシ…」

「そ。お寿司とって、あとは何かお惣菜の揚げ物なんかあればいいと思いません?

 お吸い物とサラダぐらい作って出せば、それなりの食卓になる予定」

















あたしが予定の3箇所を掃除し終えてリビングに戻ると、夫は新聞紙と格闘しておりました。

新聞や雑誌を上手く縛るには、ちょっとしたコツがいる。

けれどあたしはあえて手助けせず、買い物メモを書きながら、夫に今夜のメニューをお知らせした。

今日いらっしゃるのは、結婚前にバーベキューした時のあのメンバーだそうだから…

彩子さんはともかく、他の3人は結構食べそう。

人数分の倍ぐらい用意した方がよさそう?

















「スシはいいけど…」

「ん〜?」

















あたしが座ったソファーの裏側で、まだ新聞を縛れずにいた夫が言いました。

















「もっとナンカ作れば?」

「なんでー?買ったほうが簡単よ」

チッ…ニャロ…

「あ?」

















一瞬あたしに舌打ちしやがったのかと思ったけど…

ソファの背もたれの陰を覗けば、新聞相手にキレかけている夫の姿。

あまりに不甲斐ないので、仕方なくあたしも手を貸すことに…。

あたしが押さえた新聞に紐をかけ終えた夫は、

紐の両端を縦結びしながら、唐突に話の続きを始めました。

















「ふつー作るんじゃねーの?オモテナシだから」

「そうだけど…要は飲んで騒げればよいのでは?」

「む…」

「みんなお酒飲むでしょ?酔えば料理なんか誰も気にしないって」

「……………」

















夫と「話し合い」をすると、まずあたしが勝つ。

もともと夫が無口なタイプなのもあるだろうけどさ。

持ってるボキャブラリーの量が絶対的に違うのが原因ではないかと…最近思う。

先に黙った方が負けなのさ。

あたしは買い物メモの続きを書くべく、ソファに戻った。

お吸い物は…ハマグリにしようかな〜。

















メモを書き終えて、最終チェックに入った時。

急に夫があたしの隣りに立った。

















「やっぱ作れ」

「な、なんでよ…」

「ウチのヨメは料理がウマイ…ことになってるカラ」

「………はい?」

















ソファの端に座っていたあたしの肩を、どけと言わんばかりに押して隣りに座った夫は、

彩子さんと今日の約束をしたときのことをボソボソと打ち明け出した。

飲み屋に呼び出されたのに焼き鳥1本しか食えなかったとか?

要領を得ない余計な部分を割愛させていただきますと…

彩子さんにあたしは料理上手だと言ったのだそうな。

















「…何でそんなこと言うかな…」

「ヨメ自慢」

「いらんことすな!」

















無口だと思っていた夫が、外でそんな余計なことを言うとは…。

料理上手ってなんだ…?

いやそれよりも!

事実はどうあれそう思われているのだとしたら…やっぱお吸い物とサラダだけじゃダメよねぇ。

ちくしょう…だからしつこく料理作らそうとしてやがったのか!?

















「…他には何も言ってないでしょうね…」

「言ってねぇ」

「…なら…今回は作る。嫁だから」

「おー」

「そのかわり、手伝ってくださいね…その嫁の夫なんだから…」

「…うす」

















そうと決まればこうしちゃいられない!

ただでさえ時間がないんだからね。

あたしは夫を引き連れて、さっそく買い物に。

お酒と食材を買い込んで、お寿司を注文して…。

手伝うと言った夫は珍しく文句も言わず、荷物持ちとしては大活躍。

部屋に戻って料理を始めてからも、手伝う気は満々で。

















てんぷらにする海老の殻を剥かせれば、尻尾まで引きちぎる。

茶碗蒸用の卵とだし汁を混ぜさせれば、問答無用に泡立てる。

麺つゆ取ってと言いつければ…手渡されたのは紛れもなく醤油…。

















当然あたしは、あっさり夫を当てにはしなくなったのですがね。

夫はあたしの周りをウロウロウロウロ…

…えーい!でかい図体がいっそ邪魔だ。

















「…今から洗い物主任ね」

「それはヤダ」

「じゃーあっち行ってて」

















あたしは邪魔者を追い出したかっただけだけれど、夫は手伝いが終ったのだと満足顔。

それからも牛乳飲むだの味見するだのと言っては、台所に入り込もうとする夫との攻防戦を繰り広げた結果。

お客様がいらっしゃる約束の時間15分前…未だ仕度は終りません…。

















結婚して1ヵ月ちょっと。

自分の旦那を邪魔者扱いする世の奥様方の気持ちを…

あたしは初めて理解しました。



















久しぶりの更新!
「流川家の人々」、今回から以前アンケートの回答にいただいたネタを盛り込んでいこうかなーと計画中。
手始めに「初めてのお客様」シリーズ(シリーズ?)では、
 ・夫の高校生時代の人たちが家に乗り込み。
 ・名前の呼び方
この2つに挑戦しようかなーと思ってますが…どうなることやら。
どうか、温かい目で見守ってやってください…(汗)



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