【それが理由】

























あたしのメールに、流川楓はその日のうちに返事をくれた。

お見合いをしてから1ヶ月半。

まだまだ残暑も続く、蒸し暑い夜の公園で待ち合わせ。

そんな場所で待たされでもしたら、何かと物騒だと思ってね。

あたしは5分遅れて行ったけれど、流川楓は更に10分遅れてやって来た。

コンビニの袋をぶら下げて来た流川楓。

遅れた上に寄り道かよ…とも思ったけど、あたしは怒らない。

もちろん相手の方が強いというのもあるけどね?

意外にもこの人、アイス買って来てくれてたからさ〜。

それが1本60円の「ガ●ガ●君」でも、この蒸し暑さにはやっぱり嬉しい。

街灯の下のベンチに座って、あたしたちはしばし無言でアイスをかじる。

しばらく2人でガリガリやってて…先に口を開いたのは、いち早く食べ終えた流川楓のほうだった。

















「で…用って何?」

「んー…なんといいますか…」

「結婚する気になったか?」

「いえまだちょっと…」

「じゃーなんだ」

「えーとですねぇ…」

















呼び出してはみたものの、あたしはどう話を切り出すべきか迷っていたわけでして。

聞きたいことは決まってますが…いざ聞こうとすると、これがなかなか恥ずかしいものがある。

や…結局は聞くんですけどね。

















「流川さん…はさ?どうしてあたしと結婚したいのかなー?とか…思いまして…」

「は?」

「い、いや…ですからね?あたしと結婚してもいいというからには、何かそれなりの理由があるのかと…」

「……………」

「前に…最初から結婚するつもりであたしとお見合いしたって言ってましたよね?

実際に会う前からそう思ってくれてた理由が知りたいのですよ…参考までに」

















流川楓は、ちらりとあたしに視線を向けた。

いつもなら縮み上がるとこだけど、今回は一瞬だったのでセーフ。

逆にあたしが横目で様子を見たらば、流川楓は結構真剣な顔して考えている…らしかった。

















「…見た目」

「え、ホントに顔なの!?いやぁ…ま、十人並みのぐらいの器量だとは思ってますが…」

「顔っつーか…あんたが一番、マトモそうだったから」

「…はい?」

















あぶねぇ…もう少しで自惚れ発言するとこだった…。

つか、マトモってなに?

そりゃあたしは、一成人女性としてマトモであるとは思うけど。

それこそ、この人に比べたら、ずーーーっと、常識人よね?

…じゃあ、この人に「マトモじゃない」と思われたのって…どんな女だ…。

















「高校ん時とか大学ん時とか…何人か女と付き合ったけど。ワケわかんねーのばっかだった」

「はぁ…」

「ずっと笑ってたクセに、最後はオレが何考えてっかワカンネーとか、

どーせバスケしか見てねーとか言って泣きやがる。オレのためにガマンしてたとか…イミわかんねーし」

















おや、今日は珍しくたくさんしゃべるのね?

おかげでなんとなく、流川楓的「マトモじゃない女」ってのが見えてきたぞ。

んー…でもそれってさ…

















「女心…ってヤツじゃないんですかね?好きな人のためなら〜って」

「オレがバスケしか見てねーのなんて、はじめっからわかんだろ。

それでもオレと付き合いてぇっつーんなら、文句言われる筋合いはねぇ」

「いやいや…最初は付き合えるだけでいいと思ってても、だんだん欲が出てくるもんですよ。

でもそれ言っちゃうと嫌われそうだとか思って…我慢しちゃうんじゃないんですかねぇ?」

「オレに文句があんなら言えばいー」

「や、それはそうなんですけど…ほら、『言わぬが華』って諺もあるぐらいですから…?」

「好きなヤツに遠慮してどーすんだ」

「あー…それを言われるとなぁ…」

















そうかぁ…基本的にこの人は、白黒はっきりしてなきゃダメなのね。

大人の駆け引きには向かないタイプっての?

だからこうも唐突に、結婚するなんて言い出せるのか…って、ちょっとまて。

なんかノリで恋愛談義してたけどさ…そんな場合じゃないじゃん!

つまり流川楓があたしのことをマトモだって言ってるのは、

あたしを「文句があればすぐに言う」タイプの女だと思ってるってことですかッ!?

それは誤解だ!

















「あ、あの…あたしだってそこそこ遠慮深いタイプなんですよ?自分で言うのもなんですが…」

「けど、できねー我慢はしねーだろ」

「う…ま、まぁ…」

「泣くより先に、ブチ切れるタイプ」

「………なぜそれを…」

















あたしという人間は、確かにこの人の言うとおり。

人並みに、事あるごとにムカついたりはしますがね?

もともとの許容範囲が広いので、すぐどうでもよくなる。

滅多なことじゃ泣いたり怒ったりはしない。

その反面、切れると怖いと言われますが…。

















「それがいー」

「…………変った趣味ですね?」

「変にウソつく女よりマシ。わかりやすいカラ」

「…そうですか…」

















褒められてるのか貶されてるのか…微妙なところではありますが。

とりあえず納得はしました。

この人は自分なりに、過去の恋愛を省みて?

それとは違うタイプの相手を探した…というわけね。

で、それがたまたまあたしだった、と。

しかし…偶然だったのかもしれないけど、写真から相手の性格を見抜いたわけでしょ?

こう見えて、人を見る目があるのかもしれない。

この辺はポイント高いよなぁ…。

















ずっと不思議だった謎が解決して、

あたしの中では、流川楓の「旦那候補ポイント」がややUP。

自分でもちょっと前向きになったな〜なんてほくそえんでいたもんで、

そのとき流川楓があたしの方を見ていたのに気付くのが遅れた。

気付いた時には…やっぱりフリーズするあたし…。

な、なんだよ…

















「で?」

「は、はい?」

「あんたはなんでオレと見合いしたんだ?」

「え…?」

「オレ教えた。そっちの番」

「あーと…」

















聞き返されるとは思ってなかったな…

















「…1番条件が良かったから…?」

「条件ってなんだ」

「えーと…まあいろいろ…」

「ちゃんと言え」

「う…はい…」

















言ったらあたしに対するポイント下がりそうだけど…しょうがないか…

















「高級取りで背の高いイイ男」

「…………」

「あたしに好きなだけ贅沢させてくれて、時々は家事分担してくれる人」

「……………」

「って言ったら、流川さんを紹介された次第でして…はい…」

「………………」















うわぁ…やっぱ引いてる???

そりゃそうよねぇ…あはは〜…

















「フロ掃除ぐれーなら…やってもいい。…ときどき」

「へ?」

「ほかはムリ…。家事」

「はい??」

「金はあんたが仕切っていーけど…家事はムリ」

















おいおい…予想外な返事がきたぞ?どーする!!

















「家事やらねーのはダメか?」

「あー別に…。そもそも冗談で言ったようなもんですから…」

「ん。じゃー問題ねぇ」

















え?

了解されたッ!?

はぁ…言ってみるもんねぇ…。

家事さえあたしが引き受ければ、あとは望みのままってか?

…お、おいしいかもしれない…

















「あとは?」

「へ?」

「どーせまだ結婚するって言わねーんだろ」

「そ、そりゃぁ…」

















どーせって…

どーせ言わないけどね!



















「あとは…相性じゃないですかね?しばらく付き合ってみないことには…」

「もう1ヵ月付き合ってる」

「ま、まだ1ヵ月ですよ…」

「ふぅ…やれやれ…」

















ため息つきやがったな…。

けどまぁ…今日はたいぶ現実的な「お話」が出来たのでは?

進展アリでしょう!あたしたちにしては。



















帰りは、流川楓があたしを家まで送ってくれた。

時間がだいぶ遅かったから、上がってお茶でも?というわけにはいかなかったけどね。

流川楓と別れたあと、お風呂に入って寝るまでの間、あたしはこのまえ相談にのってくれた友達に

今日のことを報告してみようと思い立った。

メールでね。

















送信先:きょうちゃん

件 名 :お見合い相手と話したら…

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ちょっとイイカンジでした。

















うん、嘘じゃない。

顔に惚れられるのも悪くないけど、内面を気に入ってもらえた方が嬉しいしね。

















ぱこんと携帯を閉じて、あたしはベッドにもぐりこんだ。
























【結婚生活35日目〜初めてのお客様 後編〜】



















あたしたちへの結婚祝にと、夫のチームメイトだった方々がくれたのは除湿機でした。

















お客様は、ほぼ予定通りの時間にいらっしゃいました。

リビングにお通しして、ひとまずお茶を。

早速いただいたお祝いの品を見て、あたしは大いに喜んだ。

脱衣所用にね、欲しかったのよ。除湿機。

夫は大して興味を示さなかったけれどさ。

















「どうもありがとうございます。大事に使わせていただきますね」

「喜んでもらえてよかったわ〜。あ、それとね。これはあたしから個人的に」

















そう言って彩子さんがくれたのは、食器のセット。

















「こんなのは、よそからもたくさんもらうでしょうけど…」

「いえ、非常〜に助かります。この家、冗談みたいに食器が乏しいので」

















初めてこの家のキッチンを覗かせてもらったときは驚いたねぇ。

見事に、食器が一人分しかなかったのさ。

いくら一人暮らしとはいえ、普通は来客時のことも考えて、少しぐらい余分に持ってるもんでしょ!?

おまけに鍋類ときたら…ヤカンと片手鍋が1つだけ。

嫁入り道具に、あたしは食器と鍋を背負って嫁いできたと言っても過言ではないな。



















除湿機と食器のセットだけでも充分ありがたかったけど、

プレゼントを持ってきてくれたのは彩子さんだけではなかった。

なんかね、みんなで何か持ち寄ろうって相談したみたいなのよ。

彩子さんの次に、プレゼントを披露してくれたのは桜木さん。



















「オレからは、コレ!入浴剤のセットっすよ、さん!」

「わ、すごい量…」

「なははは。女の人は風呂好きっすからね!全部さんが使ってクダサイ。

流川になんか、分けてやるこたないっすから」

「え…でもそれは…」















高校時代からうちの夫とは犬猿の仲だったらしい桜木さんはそう言うけどさ…

















「同じ風呂に入ってんだ。コイツがソレ使えばオレも入るに決まってる」

「ぬ…ルカワ…」

「どあほうめ」

「なんだとッ!!オレはさんにプレゼントすんだ!おめーは絶対入るな!」

「入る」

「入るなッ!!」

「はいる」

















え、うそ…ケンカ勃発!?

こんなくだらないことで??

ど、どうしよう…????

















なんて、オロオロしてるのはあたしだけ。

なんでも夫と桜木さんのコレは、当時湘北高校の名物だったそうで?

他の皆様はさすがに慣れたもんでした。

なかでも、ハリセン一発で大の男たちを黙らせた彩子さんの手腕にあたしは惚れたッ!

どっから出したんですかソレ!?

















「まったく、いつまで経っても成長しないわね。あんたたちは!」

「あ、彩子さん…」

















殴られた頭を押さえて涙目の桜木さん…ちょっと可愛いカモ。

夫はといえば…仏頂面で黙り込むだけ。

こっちは全く可愛くない…。

















「じゃ、次はオレと三井先輩から」

「あ、そういえば三井先輩とリョータって、共同出資で買ったんだっけ?」

「おーよ。ちょっとイイと思うぜ?」

















自慢げにそう言う三井さんを見てちょっと笑いながら、宮城さんが大きな紙袋を夫に渡した。

中に入っていた箱を取り出した夫は、あたしにそれを渡す。

あたしが開けていいのかな?

















「うそ!ポータブルテレビ!?」

「そ。ちょっと小さいけど、家の中はもちろん、外でも風呂場でも使えるってヤツ?もちろんDVDプレーヤー内臓」

「すご…高かったんじゃないですか?」

「まーね。けど三井さんに言われてネットで探したら、結構お手ごろ価格で買えたんだ」

「うわぁ…なんかすごいものもらっちゃいましたよ?」

















予想外に高価なプレゼントをもらって、あたしは興奮気味。

うれしいんだけど、どうしよう?って感じで、夫にそれを見せようと思ったんだけれど…

夫はポータブルテレビが入っていた紙袋をごそごそと物色中。

まだ何か入っていたらしい。

布張りの白いハードカバー…本?

ぱらぱらと適当にページを捲っていく夫。

そんでなぜか…笑いをこらえている三井さんと宮城さん。

なんだろうと思ってさ…覗き込むでしょ?普通。

でも、見なきゃ良かったのかな…

















「わ、エロ本…」

「「ぶぁっはははははーーーー!!!」」

















三井さんと宮城さんは同時に大爆笑。

お腹を抱えてソファの上をのた打ち回る勢いでさ。

や…だってね?

まさに男女が「合体」してる写真がね…

















「ちょっとヤダ!三井先輩、ホントに買ってきたわけ!?」

「モチよ。どっちかっつったら、こっちが本命だべ。なぁ宮城」

「ひー腹イテぇ…オレ笑いすぎて死にそう」

「ご、ごめんなさいねさん!変なもの見せて」

「あ、いえ…それはいいんですけど…」















な、なんだ…??

















「『愛の四十八手・完全網羅』ってな。やっぱ新婚夫婦には欠かせねーべ」

「あぁ、『HOW TO』本?」

「そーなのよ。あたしはやめとけって言ったんだけど!」

さんにはちょっとセクハラ入ってるかもだけど、まぁウケ狙いってことで!」

「あはは、こういう機会でもないとじっくり見れませんからね〜」

















三井さん、適切な説明ありがとう。

彩子さんと宮城さんとあたしと。

3人とも妙にテンション高いのは、やっぱ照れ隠し。

ま、この手の本は笑い飛ばすに限りますからね。

それにしても…

















夫はまだ、その本を離しません。

読んでいるというか、見ているんでしょうけど…この場で最後まで見る気か…?

あーしかし…

夫があまり表情を変えない男だということは知っていましたが、

まさかエロ本までも冷静に見る人だったなんて…。

















「なによ流川。それ気に入ったわけ?」

「べつに…」

「彩子サン、コイツはムッツリなんすよ。ムッツリ!」

「るせーどあほう」

















桜木さんにムッツリ呼ばわりされたおかげで、夫はようやく本を閉じました。

図星だったのか…?

なにはともあれ、話題を他に持っていかないとね。

またケンカでもされたら適わない。

















「さて…お祝いのお礼でもないですけど、夕飯食べていってくださいね」

「わ、やッた。さんって、料理得意なんでしょ?流川に聞いて楽しみにしてたのよね〜」

「あー…質より量ってことでひとつ…あはは…」

















期待されると…出しにくいよね…

















彩子さんが運ぶのを手伝ってくれると言うのでお言葉に甘え、

あたしに言いつけられて、しぶしぶ夫が片付けたテーブルの上に、夕飯を並べる。

リビングのテーブルだけでは狭かったので、折りたたみ式のテーブルも広げた。

寿司折りって便利よね。

華やかなせいだろうけど、それがあるだけでなんだかご馳走が広がっているように見える。

急な来客にはやっぱコレだわ。

少々値の張る「イイお寿司」を用意していたおかげで、あたしが作った品々は余り目立たない。

いいのよ別に。

高級寿司の前には、素人の料理なんて所詮付属品ですから。

むしろ狙い通りって言うかね!

まぁ、男性陣は見た目の華やかさに満足して、あとはひたすら食べてます。

さすがに彩子さんは、一つ一つ味わわれてて…。

ご期待に添えなかったらどうしようかとハラハラしたものの、どうやらご満足いただけたようでした。

あー…よかった…。

夫が余計なこと言ったせいで、せっかくの楽しい夕餉の最中に緊張していたあたしもようやく一安心。

社交辞令だとしても、美味しいって言ってもらえればやっぱり嬉しいもんだね、うん。

















「どう?それ」

「うめーけど…」

「けど?」

















あたしの中では得意な部類に入る茶碗蒸を、夫が食べていた。

そういえば初めて食べさせたなーなんて思ってさ、一応感想なんかを聞いたんだけど…。

















「もーねぇのか?コレ」

「茶碗蒸は人数分しか作ってないです」

「足りねー…」

「えー…じゃあ、あたしのも食べる?」

「食う。…もっとデカイの作れば?」

「あーそう…」

















そんなに量を食べる料理じゃないと思うけどな…茶碗蒸なんて。

でもまぁ夫がそう仰るなら…

今度はラーメン用のドンブリで茶碗蒸を出してみようか…?

そんで具も、カマボコじゃなくてナルトにしてやろう。

常に夫の要望に応える。

…あたしって、なんてデキタ嫁なのでしょう。

















そんなことはともかくとして。

皆さんたくさん食べるだろうと思って用意していた料理とお酒だけれど、

予想以上の速さで減っていく。

みんなでワイワイやってると、いつも以上に入るもんだしね。

お酒の追加を取りに行くついでに、ちょこちょこ摘みなんかも作って出して。

だけどとうとう、冷蔵庫にめぼしい食材が…。

うーん…ほぼ下戸の夫と、前半飛ばしすぎてすでに潰れた桜木さんはともかく、

他の人たちはまだまだイケそうよ?

…これは、何か買ってくるべきか否か…。

















よし、買いに行こう!

うちじゃ夫が普段飲まないから、なんとなくあたしも飲まなくなっていたけれど、

本当は好きなんです…お酒。

こんなときぐらい、思い切り飲ませろ!

というわけで、お酒にはお摘みがないとね〜。

















「あのー」

「「「「ん?」」」」

















追加のビールを持ってリビングに戻ったあたしは、夫を呼ぼうと声をかけたのだけれど…

返ってきた返事は4人分。

三井さん・宮城さん・彩子さん・桜木さん。

肝心の夫は…無反応ですか?

















「えー…と…楓さん、ちょっと」

「…む?」

「ちょっとこちらへ」

「おー」

















最初の頃に飲んだビールが効いているらしく、夫はふらふらと立ち上がって廊下へ。

大丈夫かよオイ…。

















「あのですね、もうお摘みがないので買ってきます」

「帰ればいー。アイツら」

「…それはちょっと違うと思いますが…」

「…じゃーオレも行く」

「家主がお客様をほったらかすのはイケマセン」

「別にどーってことねー」

「じゃあ行ってきてください。あたしがお相手してますから」

「……めんどくせー」

「…だからあたしが行くって言ってるんですよ、最初から」

















とりあえず用件を伝えて、あたしは買い物へ。

だからそのあと、皆さんがどんな話をしていたか…詳しくは知りません。

だけど後から夫が言うにはね?

あたしが出かけた後リビングに戻ったら、皆さんが非常に驚いた顔をしていたそうよ?

















「ね、ちょっと流川!あんた奥さんに、『楓さん』なんて呼ばせてるの?」

「…む?」

さんて年上だろ?お見合い結婚とはいえ…やるなぁ流川!」

「……?」

「ふんぬ〜ッ!ナマイキな…」

















夫は最初、彩子さんや宮城さんがなにを言ってるのかわからなかったそうな。



















「今時めずらしーけど…嫁サンに『さん』付けで呼ばれんのも悪かねーかもなぁ」

「ウゲッ、三井サン妄想してるしッ!!」

「あぁ?いーじゃねーか別に。で?おめぇはやっぱ呼び捨てにしてんのか?」

「…ダレを?」

「嫁サンに決まってんだろ!」



















「おめー」



















「「「「…はぁ?」」」」

















「けど、たいてーオイっていえば返事する」

















「…なんかアタシ、田舎のおばあちゃん思い出したわ…」

「それはアレだよアヤちゃん。昭和初期の夫婦像…」

「流川…それはひでーだろ。いくらなんでも…」

















心優しい皆様は、あたしを哀れんでくれてたのね…。

でもこの夫は、そんなことぐらいじゃ改心なんてしませんとも。

















「他にダレもいねーから通じる」

「はぁ?そういう問題かよ」

「三井先輩の言う通りよ、流川。そんな呼び方して、さん怒んないの?」

「別に。なんも言わねー」

















呼び方なんて、通じれば何でもいいんじゃない?

別に確認しあったわけじゃないけど、夫もあたしもそう思っていたみたい。

現にあたしも、夫の名前を呼んだのはこの日が初めてだったわけだし。

我が家にお客様がいて、名前を呼ばなければいけない状況になったとき、

夫を「楓さん」と呼んだのはほとんど無意識だった。

それがこんな話題を呼んでいたとはねぇ…。

















結局この日、宴会は日付が変る直前まで続いた。

酔いつぶれていた桜木さんが目を覚ましたのをきっかけにお開き。

夫にとっては、いつもならとっくに熟睡している時間。

途中で寝そうになっていたのを無理矢理つき合わされていたんで超不機嫌だったけど、

お客様を見送るところまでが「おもてなし」ですよ。

嫌がる夫を追い立てて、あたしたちも玄関へ。

















「遅くまでお邪魔しちゃって、ごめんなさいねさん。おかげで楽しかったわ」

「あたしも楽しかったです。お祝いも、ありがとうございました。ぜひまた遊びに来てくださいね」

「…よけーなことゆーな…」

「お黙り」

















こんなときは全く使えない家長の分まで、あたしは丁寧に頭を下げた。

不作法な夫を一喝し、また一緒に飲みましょうと付け加える。

仏頂面の夫と、怖いぐらい笑顔なあたし。

三井さんと宮城さん、あたしたちのやり取りに腹を抱えて笑い出した。

夫を立てるよき妻のフリ…今のでバレたな…。

















「あー、笑った笑った…。けどま、いい嫁サンもらったな、流川」

「まったくだ。大事にしねーと罰当たるぞ」

















帰りがけに、笑いが収まった三井さんと宮城さんはそんなことを言っていた。

彩子さんに引き連れられるように皆さんが帰って、玄関には夫とあたし。

我が家は一気に静かになった。

















「…いい嫁サン…だそうですよ。あたし」

「………ほぉ…」

「…む……せいぜい!大事にしてくださいねー」

「……………………………してんだろ」



















いつした…

















ウソつけ!!!

…なんて言えませんがね。

大事にされてる実感はないけれど、ひどい扱いをされた記憶もない。

ま、そんなもんでしょう。

なにはともあれ、無事にお客様をおもてなしできて一安心。

準備に接待、後片付け…「娘」だった頃にはわからなかったけど、「嫁」って大変だわぁ。

ホントに楽しかったんだけど…これから「片付け」が待っていると思うとやっぱ萎える。

手伝っては…くれたりしないかな…?

望みのない希望を胸に、あたしは「あたしを大事にしている」らしい夫をちらりと見ていた。































































おまけ













「さーて、気合入れて片付けますか」

「…ガンバレ」

「棒読みな応援だけですか」

「………ねみい…限界…」

















ふらふらと、夫は寝室へ。

チッ…逃げた…。

洗い物を運ぶぐらいはさせようと思ってたのに!

でもまあ、眠くて限界というのも嘘じゃないと思う。

ただでさえ家事が不得手なうえに半分寝てるとなれば…

結論、いないほうがマシ。

















そういうあたしも、片付けの途中で欠伸が出始めた。

飲んだもんね〜今日は。

洗った食器を棚に戻してゴミをまとめ、リビングのテーブルを拭く。

全てが終ると2時を回っていた。

寝る仕度をして、何度目かの欠伸をかみ殺しながら寝室に入ると、当然夫は夢の中。

でもなぜか、ベッドの上で斜めに寝てる…掛け布団も下敷きにして。

これはたぶん、ベッドに倒れこんだ途端、暴睡したものと思われる。

ちゃんとベッドに入る前に、力尽きたわけね。

















「ねえ、ちょっと…」

















斜めに寝ているせいでベッドからはみ出している夫のふくらはぎを2・3度叩いてみたけれど、

起きる気配は全くなし。

せめて布団だけでも掛けてやろうと、夫の下敷きになっている布団を引き抜こうと頑張ったわよ。

でもムリ!重い。

















「はぁ…はぁ………知らん。あたしは、なにも見なかった」

















冬じゃないんだから風邪をひくことはないはず。

放っといても…大丈夫ねよ!

あたしだってネムイのよ…。

















一応頑張ったんだからと言い訳をしつつ、あたしは自分のベッドに潜り込む。

あたしの眠気も限界だったから、よく覚えてはいないんだけど…

寝る前にあたしは、夫の背中にティッシュペーパーを1枚、広げて置いたらしい。

翌朝あたしが目を覚ましたとき、夫の背中にそれがあった。

布団の代わりとでも思ったの?…あたし。

タオルケットとかバスタオルとか、いろいろあったはずなのになぜティッシュ!?

















自分の酔っ払いぶりに、あたしは朝から大爆笑したのでございました。


























【YES or NO 前編】























急に突きつけられた究極の選択を、マトモな思考で考えられる人は案外少ないと思う。



















































平日の午前中。

ショーウィンドウにディスプレイされた冬物のコートを眺めながら、

あたしは街を闊歩していた。

寒さに弱いあたしにとっては、嫌な季節になったもんだ。

暑いのも苦手だけどさ…。

うだるほど暑かった夏もいつの間にか終わり、季節は秋ですよ。

吹く風は、ときどき身震いするほど冷たくなって。

街を歩くカップルたちの密着度が増した気がするのは…そのせいか…?

ま、あたしには関係ないけどね。

どうせあたしは、今日も一人さ。

さて、今年のコートはどのタイプにしようか…。

一通りめぼしい店のショーウィンドを眺め終え、喫茶店で一休み。

お店に置いてある雑誌も参考に、どんなコートを買おうかじっくり吟味するつもりでね。

けれどパラパラとページを捲っていても…あたしの心は別のことを考える。

事の起こりは数日前、お母さんの言葉がきっかけ。

















「ちょっと、あんたたちどうなってるの?」

「なに〜?」

「流川さんよ!うまくいってるんじゃなかったの?」

「いってるよ〜。お付き合い続行中です」

「その先!結婚するの?しないの?」

「考え中〜」

「…流川さん、もう一回お見合いするかもってよ?」

「………なんで?」

「あんたがいい加減だからでしょ!」

















母曰く。

流川楓はもともと、出来ればすぐにでも結婚出来る相手をご所望だったらしい。

条件に合う男さえいれば速攻結婚してもいいと言ったため、あたしのことも紹介してくれたんだとか。

けれどその肝心のあたしが、いつまでたっても結婚すると言わないもんだから?

流川楓に別のお相手を探そうかという話があったらしい。

いつまでも話がまとまらないのは、あたしたちが「どこか合わないから」じゃないのかと…・。

















…ほう…それは知らなかった。

















「でね、あんたにも次のお相手をどうかって…」

「ふ〜ん…」

「ホントに、どうする気なの?」

「うーん………」

「お見合いしたからには、自分たちだけの問題じゃないのよ。

結婚する気がないなら早めにお断りしないと…流川さんにご迷惑がかかるのよ?

はっきりお返事するのが筋でしょう」

「う、う〜ん…」















































そんなお母さんとのやり取りを思い出したあたしは、

注文した紅茶から立ち上る湯気をぼんやり眺め、ついついため息なんぞを。

結婚する気があるかないか…微妙なところなのよね。

あいかわらず流川楓はつかめない男だけど、嫌なヤツじゃないことだけは、わかってきたかな。

でもそれだけ。

流川楓と結婚してもいいものかどうか…あたしはこれというきっかけがつかめないでいる。

これでも小心者なあたしですから?

決定的な「何か」がほしいんだよね〜…。

















紅茶と暖房で体を温め、あたしは再び街へ出る。

ショーウィンドウを眺めてよさ気だと思ったお店に寄って、ビビっとくるコートを物色しながら

それでもやっぱり、頭の中では流川楓との結婚をどうするかなんて考えていた。

結婚に踏み切れないのは、きっかけがつかめないってこともあるけどさ?

理由はもう一つある。

以前は顔をあわせるたびに結婚する気になったかと言っていた流川楓が、

いつからか「結婚」という言葉を口にしなくなった。

お付き合いはしている。

週に2〜3回のデートらしきものも健在だけど…流川楓の心境の変化はなんなんだろう。

あたしの返事を…腰をすえて待つ気になった?

それともあたしとの付き合いは、次のお見合いまでの繋ぎに格下げか?

待ってくれているにしても、もしあたしが結婚する気になったとき、

それじゃあたしは自分から言い出さなきゃいけないわけ?

…あたしに…言い出せるのか………?

















いまあたし、人生の岐路に立っています。

いっとくけど、これまでの人生でこんなに悩んだことなんて記憶にないよ?

にも拘らず、気がつけばあたしはナイスなコートをしっかりGetして、

ホクホク顔でお店を出ていた。

考え事と買い物を同時にこなすなんて、やっぱ女って器用だわ。

ん?そんなのはあたしだだって?

ほっといてよね…。

















「女はみんな、ちゃっかりしてんのよ」

















誰に言うでもなくそう呟いて、あたしは人ごみに紛れる。

これ以上考えたって、今の時点で答えはでない。

結論の出せない考え事を延々と続けるほど、あたしは不毛を好むわけじゃない。

時間はちょうどお昼過ぎ。

さて、ランチタイムだわ。

さっき寄った喫茶店で、雑誌の中からホテルのランチバイキングの情報を得ていたりなんかして。

3000円でイタリアン食べ放題。

行くっきゃないっしょ!

















物欲の次は食欲を満たすべく、足取りも軽く都内の某ホテルへ。

このときあたしは、まさかそのホテルで「第2回 流川楓のお見合い」が実行されているなんて思いもしなかった。


















お疲れ様でした!
読むの大変でしたでしょう…無駄に長いから。
前回の後書きで、アンケートでいただいたネタを…なんて言ったわりに、
出来上がりはこんなモンでした・・・ ハイ。
特に「初めてのお客様 後編」は…何あれ。
書いている最中に自分でそうツッコミまくり…それでもうまくいかなかったので
「おまけ」をつけて誤魔化してみました…ごめんなさい。

「お付き合い」時代のほうは、わりと順調かもしれないです。
何せこの2人、あっさりとしかお付き合いしてないので、おそらく次の回で婚約するかと思われます。(ほんとか?)
急に秋(しかも冬直前)になっていますが、特筆すべきことがなかったのだとご理解ください。

ヒロインのお友達の名前、急遽「きょうちゃん」になった…
平仮名でニックネームっぽく登場させたのは、名前変換で同じ名前の方がいたら困ると思いましたので。
名前被った方なんて…いらっしゃいませんよね?



モドル  NEXT