【お付き合いを始めましょう〜前編〜】

























あのお見合いから1ヶ月たった今、あたしたちは週に1回ぐらいのペースで会っております。



































自分の部屋のベッドの上。

うつ伏せだった姿勢を仰向けに直して、あたしは手探りでバッグから携帯を取り出した。

受信履歴を表示させれば、最新のものは「流川楓」。

だんだん増えてきた彼の名前をしばしぼんやり眺めていると、なんとも奇妙な気持ちになるのですよ…。

順調なお付き合いって…お母さんたちは言うんだけれど…そうなのか?

だってあたし…「付き合いましょう」なんて一言も言われてないんですけど…?

それにさ、会っているといっても…一緒にご飯食べてるだけ。

電話がきて誘われれば、それはいつも食事への誘い。

その場所だってファミレスとかラーメン屋さんとか…そんなもんよ。

一人暮らしの彼の夕食に付き合っている…それが一番ピッタリな表現かもしれない。

ま、そういうのでもなきゃ、あたしは家に閉じこもりがちだから。

外出のいいきっかけなのよね。



















さて、今週も…そろそろ誘いが来るはず…

















pipipipipipi

















あ、ほーらきた。

着信『流川楓』

















「もしもし?」

『…オレ…』

「はーい」















あんなに緊張していた流川楓との電話も、もう慣れたもんよ。(当社比)

目の前に彼がいなければ大丈夫なぐらいにはなった。

一応起き上がりはしたものの、あたしはベッドの上で胡座なんてかきながら、

側にあった雑誌をペラペラ捲る。

















『アンタ、明日ヒマか?』

「別に予定はないです」

『じゃあ付き合え』

「はいはい。で、明日はどこに行ったらいいですか?いつものファミレス?」

















あたしたちが会う時は、現地集合・現地解散が基本。

あたしは車持ちで、いつも愛車で出かけるから、送ってもらう必要なんてないわけだし?

流川楓に至っては、毎度カッチョイイ自転車でやってくる。

送ってもらうとかあげるとか…ムリですから。



















『海行く。10時に駅で待ってろ』

「…海…なんで?」



















なんだかいつもと感じが違うお誘い。

予想外の場所に、あたしは思わず聞き返してしまった。

















『…行くのか?行かねーのか?』

「…行ってもいいけど…え、泳ぐんですか?」

『…どっちでも』



















海…見るのは好きだけど、海水に入るのは遠慮したい。

まあ泳がなくてもいいなら…ってことで、話は決まり。

次の日は久しぶりに早起きをする羽目になりました。

だって車で来るなって言うからさ…。



















とりあえず日焼け止めは忘れられない。

砂浜を歩くことを考えて、サンダルを履いて家を出た。

駅に着いたのは10時に5分前。

流川楓は10分後に現れた。

車に乗って…















「乗れ」

「あ…はい」















いつも自転車だから知らなかった。

免許持ってたのね。



















「あの…どこに行くんですか?海といってもいろいろありますが…」

「神奈川の…」

「はぁ…」

















海ぐらい東京にもあるじゃん…と、思わなくもないですがね。

ドライブは嫌いじゃない。

会話が弾めばなお楽しいんだけれど…それにはちと相手が悪い。

それでも窓の外の景色が見慣れないものに変っていくにつれて、

あたしは思いのほか『私語厳禁ドライブ』を楽しんでいた。
























【結婚生活30日目 「一緒にお買い物」】



















スーパーは、家族連れもけっこう多いのです。













































「というわけで、一緒に来てください」

「ぁ?」

















今日は水曜日。

仕事…というか、練習とか試合とか?

とにかく、夫のお休みの日。

朝ごはんのあとで、暇そうにリンゴかじってた夫を買い物に誘ってみる。















「なんで…」

「今日、特売日。卵が安いんですよ。お一人様1パック限りで」

「………?」

「二人で行けば2パック買える。お醤油とお味噌も欲しい」

「別に…買えばいーんじゃね?」

「いや、だって重いし」

















夫に荷物持ちをしてもらえる今日という日を、一体あたしがどれだけ待ち望んでいたことか。

それを丁寧にご説明申し上げますと、夫は嫌々ながらも腰を上げました。

…本当に嫌そうだったけどね…

















夫を連れてやって来たスーパー。

午前中だから、そんなに混んでもいませんでした。

ま、それは日ごろ夕方の混雑を経験しているあたしの基準であって…

夫にしてみれば、人ごみにうんざりしているご様子。

目的の品であった特売の商品「卵」「醤油」「味噌」を、先ずカートのカゴに入れて。

あとはゆっくり見て回ろうと思った途端…

















「…もういいだろ…」



















早くも夫は弱音を吐きました。

でかい図体のクセして軟弱な…

















「あのですね…具のない味噌汁と卵かけご飯だけで毎日過ごすっていうなら、今すぐ帰ってもいい」

「む…」

「野菜も魚もお肉もない食卓…イヤでしょ?」

「…チッ…」

















しぶしぶ、夫はあたしのあとをついて回ります。

やっぱこの夫には、これぐらいはっきり言わないとダメなんだわ。

最近ようやく、この夫の扱い方がわかってきたかもしれない…。

















食料品コーナーを一通り見て回った後、今度は日用雑貨の棚の前。

あ、そういえば…

















「入浴剤…もうちょっとで切れそうだったっけ?」

「しらん」

「…うん、確か残り少ないはず。…ね、あたし洗剤見たいから、入浴剤取ってきてくれます?」

「…………」

















一瞬…にらまれたような気がしないでもないですが…この際見なかったことにしよう!

やっぱりさ、人手があると買い物もはかどるわ〜。

いつもの食器洗い洗剤をカゴに入れて。

お風呂場のカビ退治用に、よさげな洗剤も選んでみた。

…それにしても…















「…遅くない?」

















入浴剤を取りに行った夫が戻ってきません。

お風呂用品のコーナーを覗きに行っても…いないし…。

















「…いい歳して迷子かい…」



















すでにいっぱいになりつつあったカートを押して、あたしは夫を探して彷徨い歩く。

そんなに広いスーパーではないですからね。すぐに見つけましたよ。

バス●リンを小脇に抱え、冷凍食品のコーナーの前で考え込んでいる夫を。

いえ、正確には…冷凍食品の隣りにあったアイスを見てたんですが…。



















「何してるの?」

「ん…?」

















一度あたしに視線を向けた夫は、またすぐにアイスを見つめます。



















「…選んでる。どっちにするか…」

「はい?」



















夫が指差したのは、『ガ●ガ●くん』1本60円也。

何かと思えば、コーラ味とソーダ味…どっちにするか悩んでいたと…。

















「…両方買えば?」

「…いーのか?」

「いーよ…」

「これは…?」

「…買ってよし…」

















結局夫は、『ガ●ガ●くん』2本と『雪見だ●ふく』をお買い上げ。

つーかね、高給取りの男がアイスの一つや二つでそんなに悩むなよ…。

どれかにしろって言われると思ったとか?

あたしって…そんなに融通のきかないケチな女に見えるんでしょうか?





































「おいしい?」

「ん…」

















買い物から帰ると、夫はすぐにアイスを取り出しました。

食材を冷蔵庫に詰めるあたしのうしろで、いい音立てて『ガ●ガ●くん』を齧ってます。

最初に食べたのはコーラ味。続いてすぐにソーダに取り掛かろうとする。

















「え…一度に食べるの?」

「おめーも食うか?」

「…あたしは『雪見だ●ふく』がいいなぁ」

「………………1個なら…」

















ケチなのは、あたしより夫のほうだと思います…。
























【お付き合いを始めましょう〜後編〜】























やっぱりあたしには、流川楓という男が理解できません。

はるばるやって来た神奈川県。

車を降りてビーチに行ってみれば、そこにはあたしの知らない人たちがいました。

高校時代の友達とバーベキュー?

前もって言えよ…。



















あたしたちを出迎えてくれたのは、流川楓の高校時代の部活の仲間だとか。

企画者の宮城さんと三井さん。

それに参加してきた桜木さんと、マネージャーだったという彩子さん。

本当はもっといろんな人に声をかけたらしいけれど、集まったのはこの人たちだったそうな。



















そんなことはどうでもいいの。

突然見知らぬ人たちの中に放り込まれたあたしはどうしたらいい?

ちょうど昼時ということもあって、すでに始まっていたバーベキュー。

割り箸と紙皿を渡されたあたしは、それを持ってただ突っ立っているだけでした。



















「あれ?もしかしてさん、緊張してる?」

「え、そうなの?遠慮しないでいいのよ?」

「…はい」





















途方に暮れるあたしに声をかけてくれたのは、宮城さんと彩子さん。

あたしが二人と同い年だと知って、すぐに打ち解けてくれた。

で、あたしをこんな状態に放り込んだ流川楓はというと…食ってた。

三井さんと桜木さんと一緒に。

















「ちょっと流川!さんほったらかして自分ばっかり食べてるんじゃないの!」

「………ウス」

















彩子さんが流川楓を呼んでくれたけれど…当てにはしてません。

だって…ねぇ。

あたしがこの中に溶け込めるように何かしてくれるとか…そういうタイプじゃないでしょう。

けどまあ、いないよりはマシ?

















「けど驚いたな。まさか流川が女連れで来るとは…」

「ほーんと。流川が今日来たってことにも驚いたけどねー。ところで二人って付き合ってるの?」

















…きた…。

いつかは聞かれるだろうと思っていたこの質問。

彩子さんにそう言われて、流川楓はあたしを見た。

けどあたしは黙秘権を行使。

あなたのお友だちなんだから、自分でなんとかしてください。

















「………」

















興味津々って顔であたしたちを見つめる彩子さん。

すると流川楓は、ありのままを完結に述べた。



















「…見合いした…この間…」

「「はぁッ!?」」



















今時珍しいかもしれませんがね?

何もそんなに驚かなくても…。

それにほら、その言葉には続きがあるわけで…

















確かにお見合いしました。

だけどそれは失敗に終わり…まぁ何だかんだでたまに会っている。

あたし自信よくわからない流川楓との関係は

百歩譲って「付き合うかどうかのお試し期間中」…ってとこじゃないですかね。

たぶん。

















でも、流川楓はそう言わなかった。

騒ぎを聞きつけてやってきた三井さんと桜木さん。

ことの次第を知った彼らも、やっぱり同じような反応で。

信じられないような顔で、三井さんが言った言葉に流川楓がした返事には

あたしも驚いたさ…

















「じゃーなに?お前ら…結婚すんのか?」









































「………(コクリ)」







































「「「「ええッーーーーーー!?」」」」

















はい…?

















「やだちょっと…じゃあ彼女なんてモンじゃなくて…」

「こ、婚約者…?」

「流川が見合い…」

「お、おのれ…流川の分際で…」



















ちょっと待て…いつ結婚することになった?

お見合いは失敗したんだぞ?

結婚どころか、あたしは流川楓と付き合うなんてことも言ってないし言われてない!

…なぜそうなる…

















何だかんだと盛り上がる皆様とは反対に、あたしの心は氷点下の世界。

じゃあなにか?

流川楓は最初からそのつもりで?

ふざけるなッ!!!!

















会ったばかりの方々の前で修羅場を見せるのはさすがに嫌だ。

だからあたしが異議申し立てをしたのは、帰りの車の中。

努めて落ち着いて、あたしは反論いたしました。















「…あたし…まだ結婚するなんて言ってません」

「………」

「ていうか、普通に考えたらおかしいでしょう?相手の同意もなしにあんなこと…」

「…見合いしたろ」

「…え?」

















それまで黙ってあたしの苦情を聞いていた流川楓が、初めて口を開いた。

















「オレはアンタと結婚する気があるから見合いした。アンタはそーじゃねぇの?」

「え…で、でも…お見合い=即結婚っていうのは…いささか性急ではないかと…」

「結婚する気にならねぇ相手となんか、最初から見合いなんてしねぇ」

「……………」















それで黙り込んだのはあたしのほう。

お見合いは、結婚相手を見つける手段の一つ。

お見合いしたから結婚しなきゃいけない決まりなんてない。

だけど…いい条件の相手とちょっと会ってみようってノリだけでお見合いしたあたしは

返す言葉が見つからなかった。

あたしのお見合い相手は、意外にも真剣だったわけで。

仮にもなぜかあたしと結婚したいと思ってくれてた彼に対して、なんだか悪いことしたな…。

















だからあたしは、まだ結婚には踏み切れないと正直に打ち明けました。

例えお見合いで結婚するにしても、ちゃんとお付き合いの期間があって。

それで結婚してもいいと思えたら、簡単でいいからプロポーズだってしてほしい。

そういうステップをちゃんと踏んでからでなければ、あたしは絶対結婚なんかできません。

お見合いしたからすぐに結婚っていうのは…あたしには無理。















「…だからね、そういうのが嫌なら…申し訳ないですけどほか当たってください…」

「あぁ…」

















初めて家まで送ってもらって、「それじゃあ」って言って別れた。

なんとなく泣きたい気分なのは、軽率だった自分の態度に対して…だと思う。

これも人生経験かな?

彼には悪いことしたけれど、いい勉強させてもらいました。

でも考えてみれば、彼とは根本的に合わなかったわけで。

早いうちにこうなってよかったのかもしれない。

そう思うと少しは気が楽だ。



















こんなことがあって、あたしの中で流川楓との出会いは

いい思い出として人生の通過点になるはずだった。



















嗚呼それなのに…



































「付き合ってくれ…」

「…………なんで?」

















ジャージ姿の男と寝巻き姿の女が、すがすがしい朝日を浴びながら見詰め合う。

















出勤前だかなんだか知らないけれど。

次の日の朝、突然我が家にやって来た流川楓によって、あたしたちの関係は振り出しに戻った。

昨夜のアレは、一体なんだったの?

















やっぱりあたしには、流川楓という男が理解できません。


















後書き



とりあえず長ッ!パート2

なんだか予定と違う流れになってきました…。

それでもなんとか、この二人が結婚に向けての第一歩を踏み出したので良し。





モドル   NEXT