【結婚生活10日目 「流川でゴザイマス」】





















「流川様〜」







「流川様?いらっしゃいませんか〜?」







「流川様〜?」











はッ!











「あ、はいッ!います!」











結婚後に初めて来た銀行で、焦って窓口へ向うあたし。

そうだよ…「流川様」ってあたしのことだわ…

結婚して10日経ってもまだ慣れないこの苗字。

考えてみれば、見ず知らずの誰かに「流川」と呼ばれるのはこれが初めてだわ。

「流川」って変な感じ…早く慣れなくちゃね。











…流川…流川…流川…流川











銀行を出たあと、あたしは呪文のように唱えて歩いてみた。

暗記の鉄則よね、コレ。

これぐらい繰り返せば、嫌でも覚えるでしょう。

それでも念には念を入れて













掃除機片手に…流川…流川…流川…流川











洗濯物を干しながら…流川…流川…流川…流川











買い物途中でも…流川…流川…流川…流川











終いにはもう「流川」ってナニ?って思うぐらい繰り返したわよ。

ここまでやればもう、あたしは「流川」以外の何者でもないわねッ。

銀行だろうが病院だろうが、かかってきなさい!

午前中に乾した洗濯物を取り込みながら、あたしは自分の努力に大満足よ。











Rrrrrrrr、Rrrrrrrrrr、Rrrrrrrr、Rrrrrrrr、Rrrrrrrrrr、Rrrrrrrr…











あれ?…電話…鳴ってる?もしかして。

ベランダにいるとたまに気付かなかったりするのよね〜って…

この時間だと夫かも!?

パンツ握って自画自賛してる場合じゃないじゃんッ。

ヤバイ、急いで出なきゃ!

洗濯籠を飛び越えて、あたしは廊下へ猛ダッシュ。

受話器に飛びついた。











「は、はいッ!お待たせしました、で…す?」

『………ルカワだろ…』

「…はい…」











受話器の向こうからは、夫の冷たい突っ込みが…

…あたしって…











「…そーです…間違えました…」

『…どあほう』

「…………」











うぅ…夫の言葉が耳に痛い…

返す言葉もゴザイマセン

今日一日の努力はなんだったの!?

『どあほう』にも程があるわよ!あたしッ…











あたしが根っからの「流川」になれる日は

まだまだ先のようでした…。


















【午前六時の初デート】













もしあの時、あたしが電話は嫌だと言い張っていたら、

あたしはこの人と結婚してなかったかもしれない。



















「…ホントにするの?電話…嫌だな…」

「するのよ!あんたのせいでお見合いが中断されたようなもんなんだから」

「そりゃそうですけどねぇ…」











あたしの手には一枚のメモ。

「流川楓」の名前と住所、それから携帯番号が書かれたそれを

あたしは穴があくほど見つめていた。

けっこう近いとこに住んでいるのね…ってそれはともかく!

何でそんなものがあたしの手の中にあるかといえば…

この間のお見合い、あれが中断されたのは

あたしの体調がおかしくなったせいだから?

あたしさえよければもう一度会ってみないかと

このお見合いをセッティングしたおば様がくれたんです。

「流川楓」のほうにも、あたしの連絡先が渡っているらしい…

個人情報漏れまくりね!











とにかくあたしから電話をするのが礼儀だと、お母さんは言う。

そりゃあたしが悪いといえないわけじゃないし、お詫びの電話をするべきだとは思う。

ただねぇ…緊張するんだよこれがッ!

自慢じゃないけどあたし、仕事以外で男に電話なんか、もう何年もしたことないっての…

嗚呼…憂鬱…

お母さんに会話を聞かれるのは恥ずかしくて、部屋へ戻ったはいいものの。

右手に携帯、左手にメモを握ったまま、頭を抱えてかれこれもう40分。

時間だけがすぎて、もう午後10時を回ってしまった。

携帯もメモも、開いては閉じ開いては閉じ…











あ、やば…いい加減メモ、ボロボロだわ…











もしくは向こうからかけてはこないかと期待もしたわよ?

だってほら、あちらサンだってあたしの番号知ってるはずで…

もしまたあたしと会う気があるなら、向こうからかかってくる可能性だってあるでしょ?

けどま、すぐに無駄だとは気がついたけどね。

だってあの人、そんなに気が利いているとは思えません。

それにほら、お見合いの間中ずっとあたしを睨んでいたあの人の態度からして

あたしにそれほどいい印象を持っているはずもなく。

万が一、また会いたいと言われても怖いしね。

ここはやっぱり、あたしがかけよう。年上だし!











考えてみれば、お詫びをするだけの用事。

んなにビビることなんかないじゃんねぇ。

勢いで番号を押して、相手が出るのを待つ。

名前言って、「先日は大変失礼しました」とでも言えばOK?

そうすりゃたぶん、あの人は「…あぁ…」ってしか言わないはず。

あとは適当に切り上げてしまえばいいのよ。

簡単じゃない。

呼び出しのコールを聞きながら頭に描いた完璧なシナリオ。

ふふん…いつでも電話に出なさい?











『留守番電話サービスに接続します』











おっとコレは予定外!

まさか出ないとは思ってなかったわ…











「…え、えーと…ですけど…」











留守電相手に話すのって嫌いなのよねぇ…独り言みたいで。

けどまた電話をかける手間を考えれば…

あたしはさっき考えた台詞を棒読みしていた。











「…というわけで、一言お詫びが言いたかっただけです。それじゃあ…」











なんだっていいわ、もう。

とりあえず電話はしたわよ?

コレで肩の荷が降りたってなもんよ!

もう知らん。

用済みとなったメモは丸めてゴミ箱へポイ。

握っていた携帯もテレビのリモコンに持ち替えて。

「流川楓」に電話をしたという事実は、

その日のうちにあたしの頭から消え去っていた。















そう、翌朝までは…



























『…なんだ…?うるさい…』























―――――――――♪











携帯が鳴ってる…

それがどうした…あたしはネムイ…











―――――――――♪











…うっさい…











――――――Pi…











「………はい…?」

『……オレ…』

「………ダレ?」

『…ルカワカエデ…』











、一気に覚醒いたしました!

飛び起きたベッドの上で…なぜあたしは正座する?

それは緊張してるからです…











「あっ…どーも…」

『…ウス…』

「…えーと…なにか…?」

『…留守電聞いた…さっき…』

「そーですか…」











だったらあたしは、もう用件なんかありません。

留守電を聞いたとわざわざ報告してくるなんて、

ああ見えてけっこう律義者?











「じゃあまあ…そういうことですので…」

『…アンタ…』

「はい?」

『ヒマか?今…』











今?

…午前5時に予定が入っている人は…あまりいないと思います…











「まあ…今のところは…」

『○○公園…』

「ん?」

『…そこにいる。今から来い』

「………な、なんで…?」

『…じゃーな』











…なんでそうなる…

はっ、直接詫びろってかッ!?











正座をしてたあたしは、尺取虫みたいな格好でベッドに顔を押し付けた。

こんな時間に…ナニ考えてんだ。

早起きして公園なんて…年寄りじゃあるまいによぉ…

それでも、よろよろ起きて顔洗って、タンスから引っ張り出したTシャツとジーンズを身につけた。

余所行きの服をしまってあるクローゼットを開けなかったところに、あたしの怒りは現れていたんだと思う…。

持ち物は腕時計とお財布、携帯。

ボサボサの髪に2、3回櫛を通し、眉毛だけちょこっと描いて家を出た。

指定された公園に着いたのは、電話をもらってから30分後のことで。

そこで流川楓は、朝も早よからバスケットをしていた…。











「…おはよーございます…」

「…ソコ」

「ん…?」

「座ってろ」











指さされたのはベンチ。

呼び出しといて…あたしよりバスケですかい…?

その基準がわからない…











ベンチに座って最初の10分は、なんとなく流川楓を見てた。

野球もサッカーもバレーボールも…よくテレビでやってるけどさ?

あたしはイマイチ興味ない。

だから「バスケットの選手」ってのが、単に珍しかったのよ。

スポーツやってお金もらってる知り合いなんて、周りにいないしね〜。

バスケなんて…学校に通っている頃は、誰でも一度ぐらいやったことがあるもんでしょう?

あたしもそう。

そんなにおもしろいモンだとは思ったことはないけど…好きなんだろうねぇ…この人は。

こんなに朝早くからボールとじゃれ合って、汗だくになっているぐらいだし?

見てるだけでも、すがすがしいじゃないですか。

あんなに夢中になっちゃってまぁ…子どもみたい。

たださすがに、20分も黙って見てるだけっつーのは退屈…。

それでも邪魔しちゃ悪いと思ってね?

あたしはそっとベンチを立って公園を出た。

すぐそこにあるコンビニで雑誌でも買って来ようかと思ってね…暇だから。

ついでに朝ごはんも買っちゃおうかなぁ…お腹空いたし…











時間にすれば40分ぐらいかな?

雑誌を立ち読みしちゃったら、つい長居してしまったけどね。

コンビニの袋を片手にあたしが公園に戻った時、流川楓はまだバスケ中で…

高く飛んだ彼が、ボールをリングに叩きつけた瞬間だった。











「おぉ!すっごーい…」

「…はぁ…はぁ……?」











Tシャツの肩口で汗を拭った流川楓がこっちを向いた時…

たぶんあたしは、アホみたいに口開けて彼を見てたと思う。

それぐらい、初めて生で見たダンクシュートの印象は強烈だったのよ!











「はぁ〜…そんなこと出来ちゃったら、そりゃおもしろくてたまらないでしょうねぇ…」











なんとなく、この人がバスケットに夢中になってる気持ちがわかったような気がした。

こんなこと出来ちゃうぐらいだもん、きっといっぱい練習したんだろうなぁ。

でもね、好きなことを頑張って…それが実を結ぶ人は実際少ないと思うのよ。

でも彼は、その少数派の一人。

バスケのことはよく知らないけどさ?

こういうプレイがしたいって思って練習して、それが出来るようになって。

それでまた、今度はもっと難しいのに挑戦する…

そうやってここまで上手くなってきちゃったら、もっともっと…って思うよね、普通。

そう簡単にはやめられないでしょう。

こんな時間からバスケやっちゃう気持ちもわかるってもんだわ。











一人で勝手に納得したあたしがベンチに戻ると、ボールを抱えた彼もやって来た。

ベンチに置いたスポーツバッグの中から取り出したタオルで汗を拭いて、

それからドカっとあたしの隣に腰をおろす。

未だに肩で息をしてる彼は、もちろん何も言わないままで…

沈黙に耐えられないあたしは、コンビニの袋を開けた。











「飲みます?」

「ん…?」

「お茶と…一応ポカリも買ってみたんですけど…よかったら好きなほうどーぞ?」











ペットボトルを二本見せると、彼は迷わずポカリを選択。

蓋を開けて、一気に半分ほど飲み干していた。

あたしもお茶を開けて飲んで…なんだかまったりした雰囲気。

ここで朝ごはんも済ませちゃおうかな…











「朝ごはん…もう食べました?おにぎりとサンドウィッチと…いくつか買ってきたんだけど」

「…食う」

「ん。好きなの取っていいですから」

「ども…」











あたしとこの人が、並んでゴハン食べてるって…どうなんだ?

別に付き合っているわけではないにしても。

お見合いした二人の、初めての食事がコンビニ…

大体、何か話があって呼ばれたのかと思いきや、全然そんな素振りもないし。

あたしも、直接顔見てお見合いの時のこと謝ろうと思ってたけどね。

けどなんかもう…どうでもよくなってきたぁ…











「あ〜、お腹いっぱいだぁ…」

「…もー食わねぇのか…?」

「ん。残り、全部食べてもいいですよ」

「おー」











パンもおにぎりも全部なくなって、ゴミを捨てた頃にはもう七時。

通りには出勤する人たちの姿もチラホラ見え始めた。











「今日は…お休みなんですか?お仕事…?」











バスケット選手の場合、仕事というのかどうかはしらないけど…











「…行く。これから…」

「へ〜。そうなんですか」

「…帰んのか?」

「んーそろそろ…」

「そーか」











あたしが立ち上がり、流川楓もバッグを手にした。

一緒に公園の入り口まで戻り、そこで一旦立ち止まる。











「じゃ、あたしはこっちなので…」

「あぁ…」

「それじゃ」

「ん」











で…結局何しに来たんだあたしは…











そんなことを思いながら帰ろうとした時、あたしは流川楓に呼び止められる。

今日はずっと隣り合っていたもんだから、すっかり油断してたけど…
呼ばれて振り向いた時…彼はじっとあたしを見ていた。

な、なんだよ…んな力いっぱい見るんじゃないッ!























「あとで…」

「は、はい!?」

























「…またデンワする…」

「え…」





















な、なんだと…?

























「え、えーと…あー…………そーですか…」

「…じゃー…」

「はぁ…」











温厚というか寛容というか…結局のところ全てを適当に片付けてしまうあたしの性格。

幸か不幸か知らないけれど、それが二人の関係を断ち切らなかったのは確かだ。

また電話すると言われて、呆然と彼の後姿を見送ったあたしは

しばらくしてからジーンズのポケットから携帯を取り出した。























新規登録「流川楓」…

















あたしたちの「お付き合い」は、事実上この日から始まった。
























【結婚生活21日目 「流川家のテレビ生活」】

























みのサンが言った。











『ファイナルアンサー?』











回答者が答える。











『ファイナルアンサー!』













50/50を使って、選択肢は2つ。

自信があるのか、回答者はまっすぐにみのサンを見つめ返している。

結構な間があいて…みのサンの笑顔。











『…正解!』

「…チッ…」

…ブツッ…











そこでテレビは消されてしまった。

まあ…いいけどね。

みのサンあんまり好きじゃないからさ…

で、今日は26分…先週よりは、もったかな?














朝は時計代わりに「目覚ましてれび」。

2回目の占いが終れば家を出ます。

昼は滅多に家にいないので知らない。

夜はあたしが見てる番組を眺める程度。

結婚してから知ったこと。

生まれつきテレビっ子のあたしとは反対に、

うちの夫は基本的にあまりテレビをご覧になりません。

それはもう、情報化社会に生きる現代人とは思えねぇーッてぐらいに。

その分、なんか洋楽のCD聞いたり雑誌読んだりするのが好きみたい。

夕食を済ませると、9時前には部屋に篭ってそんなことしてるもん。











が…

そんな夫にだって、毎週欠かさずに見る番組がある。

みのサンの「クイズ ミリオネア」

クイズに全問正解したら1千万くれるという、あの太っ腹な番組。

でもあたし、この家に嫁いでからというもの…この番組を最後まで見たことはないのです。











「…今週は…けっこう頑張ったんじゃないですか?」

「…まぁ…」

「来週は…せめて500万までいくといいですねぇ」

「……るせぇ…」











テレビの音が消えたリビングで、あたしと夫の会話。

クイズ番組を見てるとさ、自分も一緒に答えを考えるって…

誰でもやるでしょ?

うちの夫もそうです。

けれど夫の場合…自分が答えを間違ったが最後

そこでテレビを消してしまうという変な人…。

そのあとはすごい不機嫌な顔をして…もうテレビは見ないのです。











「ほかに…何か見ます?テレビ」

「…いい…寝る」

「そうですか。お休みなさい」

「…おめぇは…?」

「あたしは…もう少し見てます。こんな時間じゃまだ眠れないし…」

「……………」













じーっと…なんで見てるかな…?

寝るならさっさと寝てちょうだいよ…

結婚してから幾分慣れたとはいえ、まだちょっと怖いんです…。

しかーし!

んな怖い目で見たってねぇ、あたしはここを動かないわよ…ッ

だいたいまだ8時前だぞ?

今時小学生だってこんな時間に寝たりしないっつーの!

あたしはテレビを見たいんだ!

テレビをつけたリモコンを持ったまま、あたしは膝の上でこぶしを握り締める。











「…音、もっと下げろ。テレビ…」

「あれ…寝るの止めたんですか?」

「あぁ…」











夫の定位置は3人用のソファ。

夫はその上に寝転んで、ラックにあったバスケ雑誌を捲り始めた。











…どーせすぐ、そこで寝るくせに…











この夫ときたらもう…一旦寝たら起きやしねぇ!

あとで起して部屋へ行かせなきゃならないことを考えると、

今から気が重いんですけど…?

テレビのボリュームと一緒に、あたしのテンションも下がっていく。

あ〜もう…めんどくせぇ…











「…見ねぇのか?テレビ…」











ん?

あ…テレビの音量、ついつい最小まで下げてしまった。

ホントは見たい番組もいっぱいあるんだけどね!

なんかもう…テレビ見る気なくなったわ…

えーい!消してしまえこんなものッ。











「ん…いーです。部屋で本でも読むことにしました…。

その前にお風呂行って来ます…」

「おー…」

「先に部屋行っててください?そこで寝られると…ちょっと困るんで…」

「…おー…」











ホントにわかってんのかいッ!?

間延びした返事に不安を持ちつつ、お風呂を出て部屋へ行ったらば。

夫はもう自分のベッドで熟睡してました。

ん〜?これはもしかして…













チャーンスッ!!!

夫が寝ちまえばコッチのもんよねッ。











その晩こっそり部屋を出たあたしが

深夜番組までテレビを堪能したことは言うまでもない。











こうしてあたしは、平和なテレビ生活を送る方法を身に付けた。













後書き

なんでしょうかね…中身のない…
テレビ番組にミリオネアを採用したのは、答えが選択式だから。
そうじゃなきゃ…流川には答えの見当もつかないかも知れない…(こら)
ありきたりなネタですみません…
アンケートからネタを送ってください!(マジで…)


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