【理想の男】









「あんた自分のこと一体いくつだと思ってるの?

仕事も探さないで毎日グータラして…。

働く気がないならとっとと嫁にでも行きなさい!」










勤めていた会社を辞めたあたしが実家に戻って半年も経つと、

もはやそれはお母さんの口癖になっていた。

世の中なんとなく不景気で、あたしの会社でも人件費削減が囁かれ始めた頃。

そろそろ転職したいなぁなんて考えていたあたしは、あっさり会社を辞めて。

けれどやりたいことなんかなくて…

失業手当をもらいつつ、毎日をなんとなく暮らしていた。









名ばかりの「家事手伝い」は、世間様では「花嫁修業中」と認識されるようでして。

OLやってた頃から度々来ていたお見合い話がこのところ増えたのも

お母さんがやかましく結婚しろと言い出したきっかけであったと思う。

日を追うごとに高くなるお見合い写真の山にあたしが見向きもしないもんだから、

お母さんはますますムキになる…。










「まったく…どんなお相手ならいいって言うのよ」

「だからぁ、年収は○○以上。あたしに好きなだけ贅沢させてくれて、

休日ぐらいは家事分担してくれるでしょ?

そんで背の高い超イイ男だったら、速攻嫁に行ってもいいってば〜」

「バカッ!」










こんな言い合いはもう日課で。

つまりまだ結婚する気はないのだというあたしの返事を

まさかお母さんが本気にするとは思わなかった。

あたしが出した条件を兼ね備えたお見合い相手が見つかったと

真顔で笑ったお母さんの姿を…あたしは一生忘れないと思う。










「鬼の首を取った」ようなって…きっとあのときのお母さんのことを言うんだろうな…。


















【結婚生活6日目 「帰るコール」】














ぼちぼち夕食の支度をしていると、それは今夜もやってきた。

きっかり7秒で終る、夫からの「帰るコール」…










Rrrrrrrr、Rrrrrrrrrr、Rrrrrrrr

「…はい、もしもし?」

『…今から帰る』

「…あッね『ブツ…ツー、ツー、ツー、ツー』

「ぇ…って…おいッ!」










はい、おしまい。

これから帰るということは…あと1時間か。










思えばそれは、結婚生活の1日目からすでに始まっていた…

夫の帰宅時間を聞き忘れた「ダメ新妻」のための心遣いだと、最初は思ったんです。

だからあたしは、帰宅した夫に申し上げました。










「電話くれて助かりました。帰る時間聞くの忘れてたから、

夕飯作るタイミングがわかんなくて困ってたんで」

「…あぁ」











あの日以来、欠かさず帰宅時間は確認しているにも関わらず

毎晩律儀に電話をよこすのは、たぶんそのせい。

我が夫ながら、なんつー単純な…

世間ではこれを「愛妻家」とか「デキタ夫」と呼ぶのでしょうか?















…7秒だぞ?…絶対違うと思う…













せめてあたしの返事を待ってくれたならば、買い物とか頼めるのにさ…












7秒で終る「帰るコール」への愚痴は、ここからあたしのミスへの逆ギレへと変る。

今夜の夕食はハンバーグ。

なのにパン粉を買い忘れたんだよッちくしょうめ…!













夫が帰るまであと55分。

そこのスーパーまで、買い物の時間を入れても走れば往復25分。

残り時間が30分だから…先に風呂に入ってもらえばギリギリ間に合うッ!













財布を手にもう外へ飛び出しながら、あたしは時間を逆算する。

こんなことができるのも、夫の「帰るコール」があればこそ。

でもやっぱり7秒じゃ役に立たないっつーの!













飛び込んだスーパーでパン粉をわし掴み、レジに並んだあたし。

奥様方の長い列へのイラつきを思い切り顔に出して周りに変な目で見られてはいても













ああせめて、「帰るコール」が10秒ならばと…













心の中では涙していたのでゴザイマス…。
















【天はニ物までしか与えず】











見合い相手は「流川楓」というそうな。















真夏に振袖なんて冗談じゃないと突っぱねて

淡いブルーが見た目にも涼しげな、夏物のスーツで出かけたお見合い会場。

結婚するかはおいといて、それでも殿方とお会いするわけですからね。

ちょっと気合を入れて髪を巻いたりメイクをキメたりしているうちに

見事10分の遅刻です。

お母さんに追い立てられて、半ば猛ダッシュで駆け込んだホテルのレストラン。













でも間に合った。













そこにいたのは仕切りババア…じゃなくて、

この縁談を持ってきた近所の世話好きおば様と、相手方のお母様。

肝心の「旦那候補」はまだだった。













女を待たせるなんていい度胸じゃないか…













なんて、自分も遅れた手前口には出しませんけれど。

おまけに相手方のお母様が、いまだ姿を見せない息子を庇うがごとく













「息子はいま一人暮らしで…」

「昨夜も帰りは遅かったはずで…」













なんて、なんとかあたしの機嫌を損ねるまいと懸命になっている姿を見せられますと

さすがのあたしもにっこり微笑むしかないのです。

結局彼が現れたのは、予定の1時間後。

笑顔の作りすぎで、いい加減化粧が崩れるかと思ったい…。













やってきた見合い相手は、黒いスーツ姿。ネクタイも黒かった。

その暑苦しさは、葬式帰りかと疑うほど。

んでもまぁ…本人はいたって涼しげな顔貌でね。

洒落にならないぐらい無断で遅刻した息子を窘めるお母様を尻目に

あたしは「旦那候補」をじっくり観察。














ほう…これが年収○○円の男か…

噂どおり背も高いし…全体的には、写真で見るよりいい男じゃない?

第一印象は、まあ○…?













「楓ッ、今まで何やってたの!あれほど遅れるなって…」

「…寝坊…」













…………

訂正。

第一印象、やっぱ△。













それからはまあ、お見合いらしい展開に。

おば様があたしと彼のことを紹介してくれて。

あたしたちはといえば、聞かれたことに答えるだけ。













そこで得た情報(おば様情報)











「流川楓」の職業はバスケットボールの選手で

普段はなんとかっつーとこの実業団チームに所属。

実は「知る人ぞ知る」男だそうだ。

遠征では国内のみならず、海外にも行ったりしてるらしい。

有名人かぁ…あたしは「知らない人」側だったけど…。

歳はあたしの一つ下。

ちょっと無愛想だけれど、今時珍しい「寡黙な男」。

おば様曰く、そこが魅力だそうな。













…へ〜…













それはいいんだけどさ…さっきからこの人、「…ハイ…」しか言わない。

それもなんか、いかにも「そう答えなさい」と訓練されてきた感が…?

おまけに…しゃべることといったら返事だけのクセに

さっきからあたしのこと睨んでませんか?コイツ…













先に目を逸らしたら負けるッ!













本気でそう思った…。

お母さんたちが話しているときは、もちろんそちらを向いて。

でも彼に話題が振られれば、どうしても目を合わせなきゃいけない。

目が合ったときは笑顔の一つも浮かべたけどさ…

なんか怖いんですけど?この人の視線。

これは立派なストレスです…。













「ヘビに睨まれたカエル」













まさにそれッ!

さすがにツラクなってきて…

頃合を見計らって席を立ち、トイレへ逃げ込んだあたしは

盛大な溜息を響かせた。













「…なにアイツ…おっかねぇ…」













見てよほら、見事な鳥肌。変な汗までかいてしまった…。

年下のクセに、妙に迫力があるんだよねぇ。

いくら顔が良くたって、あんな男と暮らせるかっつーの。

はい、破談決定!













そう決心して、あたしはテーブルへ戻った。

…んがッ!

一体なぜ…彼しかいないのでしょう?

お母さんは?おば様は?













あ…これはもしかして…「お見合いといえば」のアレですか?



「あとはお若いお二人で〜」



って…ヤツ…?













じょ、冗談は止めてッ!!!

あたしに死ねとおっしゃるのですかッお母様!!

ゲッ!

緊急事態!アイツと目が合ったッ!

うぉ…立ち上がってコッチ来やがった…

ヤバイ…絶対殺られる!

…ならいっそ、その前に殺っちまうか…?

…無理!ヤツはデカイしッ!













錯乱状態に陥ったあたしは、すっかり「カエル」状態で

「ヘビ」に喰われるのをじっと待つ心境。

この時あたし、生まれて初めて「顔面蒼白」というものを体験していたと思われる。














「…おい…」

「…な、なにか…?」
















彼が目の前に立ったせいで、あたしは至近距離から睨まれるハメに…

怒らせたら終わりとばかりに、最後の気力を振り絞って

笑みを浮かべようと努力してみた。

















「…ふぅ…どあほうが…」

「…は?」













いま…アホっつった?

初対面の女に、しかも自分の見合い相手にアホ言ったぞ!

ッ〜〜〜〜〜!!!!

言い返したいッ!でも怖いしねーッ!!!!!!!!!















「帰るぞ」

「…はい?」













怒りと恐怖で固まっていたあたしは、

意外だった彼の言葉に尻上がりな返事をしてしまった。













「顔色悪ぃんだ…アンタ。体調悪ぃなら帰って寝ろ」














いえね、それはあなたのことが恐ろしいからです。

いやいやそれよりも…













「…なんだぁ…普通にしゃべれるんじゃない…」

「ぁ?」

ビクッ!













睨むなーッ!!!怖いから…

独り言を声に出してしまったことを後悔…。

彼の歩き出すタイミングがもう少し遅かったら

あたしはぶっ倒れていたかもしれない…怖くて。

彼が背を向けてくれたおかげで、詰めていた息を思い切り吐き出せた。

あ…なんだかホントに具合悪くなってきた…帰って寝よう…















「…なぁ」

「は、はい!まだ何か??」













うッ…まだ解放されてなかった…?













「…なんつったっけ?…名前」

「え……」

「…ふーん…」














………ッて終わりかい!

いや、許す!だから早く帰って!

再び向けられた彼の背中を祈るような…

いっそ呪うような気持ちで見つめていたあたしは

レストランを出る間際にもう一度こっちを振り返った彼とまた目が合ってしまってね。

そんで例によって固まって…。













「…変な女…」













だからあたしは、彼の残した言葉には気付かなかった。

ホテルのラウンジで暢気にお茶してたお母さんを

引っ立てて家に帰ったあとはもうぐったり…

…お見合いってこんなに疲れるのね…













一人でラウンジに現れたあたしを見て、お母さんたちは慌ててた。

お見合いは失敗したからねぇ。

せっかくのお相手だったのに〜ッ!

って嘆くお母さんを適当になだめつつ、あたしは思った。













一流のバスケット選手で、容姿はほぼ完璧。

これで中身が良かったらねぇ…絶対モノにしたのに…チッ…














世の中そう甘くはないか。














そう。

あたしと「流川楓」の初対面は、あまり「良い出来」とはいえなかったのです。







後書き

とりあえず長ッ!
先日「新連載」としてUPしたら、早速いろいろと反響を頂きました!
これならまぁ、連載にしても読んでもらえそうかなーと思い
「流川家の人々」(仮)は続行いたします♪
設定がお見合い結婚なので、流川も当然ながら成人男性。
今まで一真が書いていた流川とは、やっぱ違うねぇ。
流川が成長したらこんな感じではないかと想像しているのだけれど、
なかなかイメージつかめませんね(汗)
ヒロインもアレだしさ…
ヒロインは流川に睨まれていると感じてますが…流川はただ見てただけ。
高校生流川も目つきとかアレですが、
育ったらその眼力はさらにパワーアップすると思われます。
流川がそういうヤツだと知らなければ…たぶん怖いだろうなぁと思ってね♪


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