「ふー…」















土曜日

部活が午前中で終わり、学校自体を閉めるといわれて帰宅途中だった流川くん。

まだまだ練習し足りなくていつもの公園へ行くも、一つしかないコートは小学生に占領されていた…。

諦めきれずに、フェンス越しにコートを覗いていたが…どうやら無駄らしい。

夏は嫌いじゃないけれど…炎天下に黙って立っているのはつらいものがある。

仕方がない。いったん帰って昼寝でもして、夕方また来てみよう。

そう思ってきびすを返したとき、さきほど流川が歩いてきた方の角から

なんとがやってきた。











『おぉ…』











思いがけずに出会い、ミクロ単位ではあるがうれしそうな顔を見せる流川くん。

ベージュのタイトなノースリーブのワンピースを着たは、

見るからに暑さにうんざりしたような表情で歩いてくる。

涼しげなサンダルの足元。しかしその足取りは重い。











「う…わっ」











暑さのせいで、の視線は自然と足元に落ちていた。

熱気でゆらゆらとゆがんでいたアスファルトの上に、突然現れたスニーカーのつま先。

ということは、自分の進行方向に誰かが立っているということで…

バランスを崩しそうになりながらも慌てて足を止めたは、

反射的に顔を上げ、目の前の人物に謝ろうと顔を上げた。

すると…

の前に壁の様に立ちはだかっていたのは流川楓…











「うす」

「…流川…あなたね…」

「ん?」









気温のせいでいつもより若干気の短いさん。

そのイラつきを感じ取ったのか、流川は怒ったのかと問いかけてくる。

ただし言葉ではなく、微かに上がった流川の眉がそれを物語っているのだが…











「…声…かけなさいね。黙って目の前に立ってたら危ないでしょう…」

「ほぉ…」











何度かうなずいたところを見れば…流川も一つ学んだようだ。

これ以上怒るのもバカらしいので、

一つ息をついたはいつもの穏やかな声で流川に話しかける。













「…部活の帰り?」

「ん。…センパイは?買い物?」











がもっていたコンビニの袋を指差して、流川は言った。

は自分の荷物にちらりと視線を送り、それからうなずく。











「暇だったから買い物にでも行こうと思って出かけたんだけどね…

この暑さでしょ?途中で気が変わってさ、

ビデオ屋に寄ってコンビニ寄って帰ってきたの。あ、アイス一つ食べる?」

「食う」













黙って立っているのも暑いので、アイスを食べながら並んで歩く。

暑いことに変わりはないけれど、アイスの冷たさと流川との会話のおかげで幾分紛れる。













「映画…なに?」

「えっとねぇ…アンダーワールドとリーグ・オブ・レジェンドと…パイレーツ・オブ・カリビアン」

「ふーん…ビデオ?」

「DVD」

「んじゃオレも観る」

「ん?見終わったら貸せばいいの?」

「ウチ来て。そんで一緒に観る」

「流川の家か…。でも、急にお邪魔したら迷惑でしょう?」

「…ウチいま…桃あるっすよ…」

「…桃…」











好物の一つを出されてちょっと迷うさん。

それに釣られるのもどうかと思ったけれど…結局、

流川くんの家にお邪魔することになりました。











初めて訪れた流川宅。

お家のてっぺんが「屋根」じゃなくて「屋上」になっている今風の造り。

大きくはないがよく手入れされた庭が、家庭円満な流川家を象徴しているようだ。











「あら、楓?早かったのね。お帰り〜」











門を入ってすぐ。庭の方からひょいっと顔を覗かせたのは流川くんのお母さん。

いつもより帰りの早い息子を気にして様子を見ようとしたら…

なんと息子が女連れで帰ってきたではないか。

息子と違って感情豊かなお母様は、見た目にもはっきりと驚いた顔を見せてくれた。

そして、今まで洗濯物を干していましたといわんばかりに

洗濯篭を抱えたまま二人の方へ駆け寄ってくる。











「ちょっとちょっと、楓が女の子連れて帰ってくるなんて初めてじゃない!

はじめまして、楓の母です!

あなたはもしかして、楓の彼女さん??」

「…っ!」













すっかり舞い上がってしまったお母様は無遠慮にの姿を眺め、

興奮を隠しきれずに詰め寄ってくる。

それに焦ったのは息子の方で…微かに赤い顔をしながら、

母親をの側から引き離そうと頑張っていた。

流川だって、を連れて帰れば母親に何か言われるだろうとは思っていたが、

まさか本人を前に彼女かと聞くなんて予想外だったのだ。















「…はじめまして。といいます。今日は…突然お邪魔して申し訳ありません」













流川母子のやり取りを見て微笑を浮かべたは、流川母に向かって一つ頭を下げた。

彼女かという問いを否定せずに丁寧な挨拶を返したに、流川母の目が輝く。

息子なんかそっちのけで、もうに夢中。













「あら〜いいのよぉ。それにしても…楓にこんな美人な彼女作る甲斐性があったとはね〜。

まあ楓もねぇ、顔はいいと思うのよぉ。主人に似て。でもこの性格でしょぉ?

親としては心配だったのよねぇ。長男にお嫁さんが来なかったらどうしようって」

「…おい…」













一人でまくし立てる母に、いささか切れ気味の流川。

かまってられないとばかりにの手を取り、玄関を開けた。

ぐいぐいとを引っ張り込もうとする。













「ちょ…。あ、おば様、お邪魔します。」

「はーい。どうぞ〜」













ぐるりと首だけで振り返り、は流川母へと声をかけた。

流川はそれすら阻止しようとするように、さらにを急かし…

母は息子のそんな姿を見て、なぜか微笑んでいたという…。














「…ココ…オレの部屋」

「へー。入ってもいいの?」

コクリ











流川の部屋は二階の角にあった。10畳ほどのスペースだが、大きな家具はパイプベッドと机、

それからテレビラックぐらいなので十分広く感じる。

部屋の一角にCDとかMDとかが積んで置かれているぐらいで綺麗なものだ。













「あら、流川もゲームなんてするんだ」

「ん?」















テレビの横に置かれたゲーム機を見つけて、は少しだけ驚いた。

すると流川は少しだけ嬉しそうにうなずいて…













「シーマン」

「…え?…シーマン…って…あのシーマン?」

「…ちゃんと育てた。今…前のヤツが産んだ卵育ててる。…見たいっすか?」

「…またの機会に見せてもらうわね。…ほ、他にはどんなのやるの?」

「車の…レースするヤツ。それしか持ってない」













流川の口から「シーマン」と、しかも得意げに言われたときは…一瞬固まってしまった

この流川が、どんな顔してシーマンに話しかけているのか…想像するとちょっと怖い…。















「…桃食う?」

「…へ?…あ、食べる」

「飲み物はアイスティ?」

「…それでお願いします」

「ん」















の返事を聞いて、流川はいそいそと一階へ降りて行く。

そんな流川の後姿を見送りながら、流川でも客人をもてなすことはできるんだなーと…

失礼極まりないことを考えるさん。













『…お茶を運ぶ流川?…なんだか変な感じ…』













クッションも座布団もない部屋で、はベッドに背中を預けるように床に座った。











流川の部屋がどんなところなのか…

もっとバスケ関連の雑誌とかポスターなんかがある部屋を想像しなくもなくて、ちょっと意外…

案外男っぽい…大人っぽい部屋で…ちょっと居心地悪いかもしれない…













慣れない部屋に一人きり

どうしても落ち着かないは、悪いなとは思いつつも部屋を見回してしまう。













『…あ…』













ずっとキョロキョロしていて、その視線がベッドの脇に向かったとき…

ベッドの足元の方に、無造作に置かれたバスケットボールがの目に留まった。

はヒザだけで場所を移動し、バスケットボールを手に取る。

今まで意識したことはなかったが、見た目よりもずっしりと重いバスケットボール…













『…やっぱり…流川の部屋なんだ…』













にとって、バスケットボールは決して馴染みのあるものではないけれど、

今はそのボールの存在がやけに嬉しく感じる。











ボールを手にしたまま、再び床に座り込んだ

先ほどまでとはうってかわって、すっかり落ち着いていた。




















後書き

…だからどーした…(汗)

シーマンとかって懐かしい…。
流川にゲームさせようと思って、参考までに弟の部屋を覗いてみたら
見つけたゲームがシーマンでした…。

シーマンもそうだけど、映画のタイトルとかって…出してもいいんだよね?
あれ?ダメなんだっけ?伏せるんだっけ????



次のお話