なんで結婚するのかねえ

  著者 高田敞



 

みちこさんの喫茶店は今日はにぎやかだ。先ほどまで、億万長者だというおばさんが二人連れでいた。そのほかに、私の知らないおばさんがいた。億万長者さんたちが帰ると、春代さんが入れ替わるように入ってきた。そして、裕美さんが来た。小さい喫茶店だから、四人もいると、いっぱいという感じがする。

春代さんが「結婚相談所って、いい人見つかるのかしら」と裕美さんに言っている。

「駄目よ」と裕美さんはつれない返事である。

春代さんは、先ほどから、娘が結婚しないことを嘆いていた。

「前、相談所にいたの。男の人はいっぱいいるけど。女の人はいないわよ」裕美さんが言う。

 女性が少ないと引く手あまたでよさそうなのに、と思ったのだが、聞かなかった。

「そう」残念そうである。「三十万くらいするんでしょ」

「私は県のだったから安かったわよ」

 結婚しない娘が家にいるのは大変みたいだ。うちも結婚しない娘がいるが、東京に行って自力で暮らしているので、結婚すればいいのにとは思っても、切実ではない。やっぱりそばにいるといないとでは、いろいろあって違うのだろう。

 裕美さんが、

「女の人は、高望みするのよ」と言う。

「B型の人ってすごいのよ」と続ける。

「『O型の男性いる』って来るなり言うのよ。条件は第一にそうなの」と言う。

「B型女性と、O型男性は相性がいいって言うじゃない」と私は口をはさむ。

「それはO型の旦那さんを自由にできるからなのよ」と、裕美さんが言う。

「そうかも。うちは久美子B型。俺O型」

「でしょ。うちはみんなO型よ」と裕美さん。

「いいな」

 何が、でしょ、で何が、いいな、なのかは暗黙の了解だ。血液型なんて性格とは関係ないと思っているのに、自分のこととなると身につまされる。それが、自分本位のO型の特徴なのだ、と勝手な解釈をする。

「それで、O型男性と会うことになったの。駅で待ち合わせたら、男の人が北口と南口を間違えたのよ。気がついて、あわてて北口に走ってたら、途中ですれ違ったんだって。そしたら、女の人はフン、て行っちゃったそうよ」

「分かるなあ」

「分かるでしょ」

「大事な最初のデートに遅れるような人じゃ愛想つかされるのしかたないでしょ」

「そうだよなあ。でもB型だよなあ」と私が言う。

「そういうときに、ころっと間違うのもO型の人よね。O型の人って大雑把なのよね」

裕美さんが言う。

「そう。O型は適当なんだよね。でも、男もよかったよ。もし間違わなくてデートがうまくいって結婚してたら、一生、失敗するたびに、フンてされ続けて大変だよ。ついてたなあ」

春代さんは怪訝な顔をしている。全員O型の裕美さんは分かっただろうか。多分、そんな大事な時に間違うなんて男は将来見込みがないということでもあるのだろう。遅れて行った男が間違っているということは確かだ。でも、やっぱり神様が男の方にツキを恵んだんじゃないかと思う。

人生なんて間違いと失敗だらけだ。それも肝心な時にかえって間違ったりする。よっぽどの天才か詐欺師くらいしかB型の人には合格点をもらえないだろう。失敗をなくすなんて、私なんか人生百回やりなおしたって不可能だ。いや、やればやるほど、めちゃくちゃになるような気がする。でも、作戦や、悪意や、結婚詐欺で間違ったふりしたわけではない。大目に見てやればいいのにと思う。そうすれば、O型男性を手に入れて、一生わがままができたかもしれないのに。そうは問屋がおろさないのが、大目に見れないB型と、適当なO型の相性というものなのだろう。相性のいいB型女性とO型男性との間にも不具合はあるようだ。まあ、結婚の条件て、血液型どころではないのが普通だろうけど。一生一緒なんだから、慎重に選んでいるのだろうけど、結構行き当たりばったりなのかもしれない。

学生の頃、「なんで結婚するのだろうね」と知り合いの社会人の人が言った。二十代後半で、あの時代では結婚適齢期をそろそろ過ぎようとしていたのだろう。で、まじめな顔して、「やっぱりやれるからだろうね」と言った。

なるほどそうかも、と思ったものだ。結婚なんて、月の裏側にあったころだ。自分の身を養えるかどうかさえ不安の中だったのだから結婚なんて想像もできなかった。でも、今でも、ひょっとして真理を突いてるかな、と思ったりする。ま、男なんて、それくらいなのかもしれない、と言っちゃ世の男性に失礼かな。私なんかと違ってまじめな人の方がはるかに多いのだから。