怖い話四

 

著者 高田敞






 ここのところやけに寒い。今日なんかも北風がうなっている。「寒いさむい」と言いながらみちこさんの喫茶店に行くと、松田さんがいた。

「しばらく」と挨拶する。

 松田さんはいつもしばらくと挨拶する人だ。それくらいたまにしか顔をあわせない。

「いやあ寒いね」と言うと。

「寒いね」と答えが返ってくる。昔どこかで見た詩みたいだな、と思う。

「うちなんか、まだ、台所の水道が出ないんだ。料理できないからろくなもん食えないよ」

「そいつは困りもんだね」

 松田さんは平然と言う。ま、うちの台所事情など心配する間柄ではないか。

「新潟なんかも雪がすごいみたいだね」と続ける。

「テレビで見たけどすごいね。何でも、何とか豪雪を越えたって」

「ありゃ大変だね。勤めに出てその合間に雪下ろしだろうからね」と、こちらには同情的だ。

「そうだよな」と、遠い昔の勤めを思い出す。

「今年も暖冬じゃなかったのかね」

「いや、普通の世界では暖冬だけど、科学雑誌の世界では、一昨年くらいから、地球寒冷化の噂がけっこうでてるよ」

「そうかね」

「太陽の影響とか書いてある」

「ちょうどバランスが取れていいじゃないのかね」

「そうだといいけど。二酸化炭素は人間のことだろ。ところが、太陽のこととなると人間なんかとても手出しできないからね。去年の津波でも大きな防波堤作ってたってあっけなくやられてるのに。あれだって、太平洋の片隅のちょっとした地すべりなのに。それがはるかにでかい太陽の話なんだから、まあ本当ならどうしようもないだろうね」

 みちこさんが、ジュースを持ってきた。

「おや変わったね」

 松田さんがそれを見て言う。私はこの十年、いつも紅茶だけだったから。

「放射能が怖いから、水道の水いやだって言うから、ジュースにしてあげたの」とみちこさんが言う。

「まあ、健康のために食事には気をつけろって、保健所のお姉さんが教えてくれたから」と私は言い訳する。どうも、農薬や、花粉に気をつけるのはいいけど、放射能に気をつけてると言うと、たいがい風当たりが悪くなるから、適当に言い訳をする。ほっとけばいいのにではあるが。

「怖いからね」と松田さんは言う。笑い飛ばさない。珍しい年寄りだ。というより、私は科学や政治の話が好きだが、彼はそちらの方はあまり興味がないのだろう。

「来世を信じるかね」

と松田さんがとつぜん話を変える。

「ううん。そうな、個人的には半分信じてる」

 私は、苦しい返事をする。そちらのほうはどちらかというとあまり信じていない。

「輪廻転生ていうのあるだろ」でもかまわずに松田さんが言う。

「うん。手塚治の漫画で見た」

「漫画は知らないけど、人は死ぬと何かに生まれ変わるという話だとでもいうことかな」

 たしかに彼はまんがを見るようなタイプではない。

「ま、そのくらいは分かるけど」

 私は、のんびりジュースを飲む。私はやっぱりオカルト的な話にはあんまり興味がない。

「たとえば、魚に生まれ変わるとするだろ。悠々と泳いでいるうちはいいが、そのうち、大きい魚が襲ってきて、命がけで逃げ惑わなくてはならないだろ。ひょっとして、人間に捕まるかもしれないだろ。まあ、窒息死だね。それならちょっとの苦しみかもしれないが、生け作りにでもされたら大変だよ、生きながら皮をはがれて、体を切り刻まれて、ぴくぴく動かなくちゃならないんだよ」

 松田さんはさも自分が切り刻まれているかのように痛そうな顔をする。

「やだね」

「地獄だな。本当はそれが地獄だと思わないかい。来世、なんに生まれ変わって、どのように生きていくかによって、地獄と極楽が分かれてんだよ」

「なるほど」と私は変に納得させられる。

「蝶ちょに生まれ変わってみな。蝶よ花よはいいけど、蜘蛛の巣にでもかかってみな。蜘蛛が走り寄ってきて、がぶっとくらいついて生き血を吸われるんだぜ」

 いつか私が蜘蛛が嫌いな話をしたのを覚えているのかなと思う。

「深海の蟹になってみな。真っ暗闇で、日がな一日うろうろしてるんだぜ」

「それもいいかも。苦労知らずで」

「そういうことで、死んでは生まれ変わり、死んでは生まれ変わり、未来永劫、苦しみながら生きていくんだぜ」

「そうか。終わりはないんだ」

 ここまで来ると、適当に話を合わすしかない。

「未来永劫ないね」

「いや、四〇億年たったら、地球は、膨らんできた太陽に飲み込まれてしまうらしいから、生き物はみんな焼け焦げちゃうから、そこでおしまいになるよ」私は科学の話で対抗する。

「そりゃ火炎地獄だね」

 外は寒い風が裸木を揺らしてるけど、中はばかばかしいオジサン話であったまっている。もうすぐ立春だ。