思案しどころ
著者 高田敞
徳島駅前は通勤時間帯を過ぎたのだろう、人通りは多くない。四月になったというのに、冷たい朝の風が吹きすぎていく。私は、駅前に突っ立って今日の行く先を決めかねている。
今晩の宿が決まれば進む、決まらなければあきらめる。ところが先ほど聞いた宿は、「何人ですか」と聞き返してきたので、「ひとりです」と答えたら、「今日はいっぱいです」という返事だった。菅元首相がお遍路に行ったとき泊まった宿と昨日聞いた。お高く留まっているのかな、とちょっとひがんだりする。
「今年はお遍路さんいっぱい来てますわ」、と一番札所の霊山寺の門前の店の人が言っていた。二日目の宿を探したときも、一番便利かなと思ったところはいっぱいだった。三日目の宿もやはり取れなかった。回るのに一番つごうのいい宿はすぐいっぱいになるようだ。
地図を見ると、その先数キロのところにも宿がある。そこまで歩けるかなあ、と考える。膝は昨日よりはだいぶましになっている。その気になれば歩けないことはない。それで駅前に立って考え込んでいる。
一昨日の夜、両膝が痛くてうなっていた。朝になると、宿の階段を下りるのさえ痛くて横向きにそろそろ下りた。そのうえ、天気予報は大嵐だった。「出来るだけ外出は控えてください」と天気予報のたびに言っていた。
なお悪いことに、遍路ころがしとかいう、遍路道の最難関と噂の高い十二番焼山寺に当たってしまった。十三キロほどの山道だ。宿から登り口まで三キロほどだから、合わせて十六キロある。八年前に行ったときは、ふらふらになってやっと山頂のお寺にたどり着いた記憶がある。そのときはそのお寺の宿坊に泊まったが、今回はそこがだめで、宿はその先五キロほど下らなくてはならない。合わせて二十一キロになる。あの時、やっと着いたのに、その先まで行く、と進んで行ったお遍路さんがいて驚いた。ハイキング日和だったのにそうだった。あの繰り返す登り下りを、嵐の中、階段さえおぼつかない足で乗り切れるとは思えなかった。
朝食を食べる前に、宿の人に取ってもらった宿を断ってもらった。前日の夜、私の持っている地図に載っている宿は満員でとれなかったことを話したら、宿の人がほかのところを当たってくれたのだ。私の持っている地図にはそれ以外に歩ける範囲に宿はなかった。せっかくとってくれたのに断るのは申し訳なかったが、山の中で歩けなくなりそうだったので仕方がない。
宿のおばあさんが、それなら先の平地を先に廻るといいと勧めてくれた。
それで、電車で山の先へ出て歩いた。歩き出すと、すぐ風雨が激しくなり、もっていったポンチョが古かったこともあり、ほとんど全身ずぶぬれになってしまった。荷物を軽くするために重い合羽を避けたのがあだになった。
そのコースが、降りた駅の関係上、普通に歩くコースと反対回りになってしまった。だから、今日はそれをまた一日がかりで逆戻りして、その先に進まなければならない。そこで、歩くのをやめてバスに乗り徳島駅まで出た。
で、思案しどころになった。徳島駅から次の寺まで歩く気持ちがなくなっている。宿の人は、徳島駅から、バスに乗ると、お寺の前を通るからそれに乗るといい、と教えてくれた。そのバスが8時50分発である。ところが徳島駅から、大阪行きのバスも8時50分である。
私は冷たい風の中で考える。
足は昨日よりはだいぶましだ。昨日の嵐が嘘のように天気もいい。しかし、昨日、今日と乗り物に乗ってしまうと、歩き通そうという気力がなくなっている。
せっかくここまで来たのに、という思いと、もういいか、という思いとで、宿が取れたら、と賭けをしたのだ。そして断られた。しばらく地図を見つめて、やはりその先の宿にはかけなかった。そして、大阪行きのバスターミナルにむかった。
練習不足は否めない。前来たときも、徳島市内を歩いたとき、やはり足が進まなくて、乳母車を押す人に追い越され、おばあさんに追い越されしながら歩いた。今回だってまだそれくらいの速度では歩けそうだ。ただ、足に自信が無い。この前は、どんなに歩けなくなっても、自信だけはあった。それが今回はまるっきり足に自信が無い。そのうえ、今回は、前のようななんとしても、という気力がない。
この三日、ただただ歩くことと、お寺におまいりすることだけだった。
初日の宿で出合ったおじさんは、一回りしてきてあと1日ということだった。十一番藤井寺と、十二番焼山寺を残すだけだという。二月に来たとき、雪で登れなくてとばしたということだ。もう何回も回ったずいぶんとベテランおじさんのようだった。御飯を食べながら、「徳島を終わるころは、ちょうどネオンが恋しくなって、これ以上いくと電車がなくなるから帰れなくなっちゃうなあ、と思うと寂しくなって、帰っちゃう人が多いんだ。遍路帰しだよ」と笑いながら話した。私の顔に書いてあったのだろうか。そして、室戸や、足摺で電車やバスを使うと一週間は早く廻れることを話していた。そのときは、十二番に登れないことや、あっさり乗り物を使うことになるとは思ってもいなかった。
まあ、ネオンのところにはもう何年も行かないから恋しくはないのだが。弟のところに二泊したから、家を離れて六日目だ。それくらいでホームシックもないもんだろうけれど、なんともハアだ。笑われっちゃうから、久美子には内緒にしとこう。