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著者 高田敞
「乗ってみたあい」
昔々のお姉さんが黄色い声で言った。
私たちは養護老人ホームのちっちゃな事務室で踊りの支度をしている。今から、よさこい踊りと、フラダンスを老人達に見せるのだ。よさこいとフラダンスはそれぞれ別のグループだ。老人ホームで踊るときは誘いあっていつもいっしょにやる。
最初は、衣装の着替えの時間を取るために、交互に踊るとうまくいくのでいっしょにやった。すると、よさこいの激しい踊りと、フラのゆっくりした踊りで、飽きられずにすむことが分かって、一石二鳥だということで、いつもいっしょに踊ることになった。それによさこいを連続で踊るのはそろそろ息切れする歳にもなっているのだ。始まったころ五十台前半の若々しかった人まで、今年、とうとう還暦になってしまったのだから。
よさこいの人たちは、もう準備ができて廊下に出ている。私は部屋でお化粧をしているフラダンスの人たちと話している。私は、よさこいのグループだから、よさこいの人といっしょに廊下に出ていたのだが、男は私ひとりで、派手な衣装を着て廊下でうろうろしているのがこっぱずかしいので部屋に戻った。
フラダンスの人たちはハワイにいく話をしている。フラダンスの大会があってそこに踊りに行くそうだ。いやいや、お金持ちだこと、と感心する。
「3日目フリーでしょ。オプションどうする」
ああだこうだと、いろんな私の知らない観光地の名が出てきてにぎやかだ。
「波乗りなんかいいんじゃない。たくましいお兄さんに手取り足取り教えてもらって」と私は適当な横槍を入れる。
「ダイビングなんかもいいかも」とおばさんが言う。
「乗馬やりたい」ともう一人が言う。
「乗馬やったことない」とひとりが言う。
「私も。ほかの乗ったことないから、ほかの乗ってみたあい」なかで一番若そうな人が言う。
「ワッ、ハハハ 」とみんな豪快に笑う。
「来てってよ」とドアから、よさこいの仲間が顔を覗かせる。
みんなぞろぞろ立ち上がる。
最初に踊りに行ったころはちょと緊張したけれど、最近はさすがに慣れてきた。でも今日は、最初の挨拶をやらなければならないので、なんて言おうと考える。いつもの人がかぜで声が出ないから、やれという。やれやれだ。
でも挨拶なんかどうでもいいのだ。踊りだしてしまえばこっちのものだ。で、わっさわっさ踊る。
こんなの見て面白いのかな、と最初のころは思っていたが、あるとき、一日中ホームの中にいてみんな毎日退屈している話を聞いた。それなら、下手でも何でも、少しは変化があったほうが退屈しのぎにはなるのかなと思って、それからはわっしょいわっしょい踊っている。
フラダンスの人も、乗馬の笑いをあっさり置いてきて、お上品な微笑を満面にたたえて、優雅に腰を振っている。馬乗りしたいおばさんもニコニコだ。彼女たちは、私たちより平均五歳くらいは上だろうか。それでも、肩がすっかり出るドレスを着て、優雅に腰を振ると、おじいさん達はよだれが出んばかりにうっとりだ。
2曲目が終わると、息が荒くなる。
「高田さんもそろそろあっちだわね」と衣装を着替えながら今年還暦の人に言われる。
「どっこいまだまだ。あと五年たったら踊りに来て」と笑う。
「仲間のよしみで来てあげる」
「ありがとう」
私は手を取って喜ぶ
「スケベ爺さんやるんだったら来て上げないわよ」
と怒られた。
「だめ、これ取ったら何にもなくなる」
「そうよね。ほかなんにもないもんね。行ってあげる」
二曲目のフラダンスが終わった。今度は全員で、老人体操だ。
みんな、サザエさんの歌にあわせて、踊りながらニコニコ教えている。
あちらに座るのはまだまだ、と元気いっぱい大げさに肩たたきの振りをする。
H24,2,16 高田 敞