ベテラン

 
著者 高田敞

雑談目次
「重いんだけど」と久美子があっちを向いたまま、おおやだと言う声を出す。

 コタツにもぐりこんで二人でやることがない。テレビはついているが久美子も私も見ていない。見ていなければ消せばいいのだろうが、それさえしない。詰まった雨どいから落ちる雨だれの音が聞こえる。ときおり聞こえる車の走行音は雨をはじいている。朝から降り出した冷たい雨は今も降り続いているようだ。田舎の早春の雨の夜だ。

 そこで、本を広げたままコタツの脇でうたた寝している久美子に寄り添うと、「重いんだけど」と怒られたのだ。

「人がせっかく暖めてやろうとしてんのに」と言い返す。

「眠いんだけど」

「あれ、優しいねって言わないんだ。さっきのお金のときは優しいと言って、暖めるときは、重い、眠いなんだからな。ほんと、まあ、だんなは、金しか用なしだからな」と笑う。

「ほんとだわね」と久美子も笑う。

 ついさっき、明日、日帰りツワーに出かける久美子に、「お金あるの」と聞いたら、「5000円ある」と言うので、「軽井沢でそれじゃ心細いだろ」と言って1万円上げた。そのとき、「わあ、優しいんだ」と大喜びした。

 といっても、私も、久美子が旅行に誘うのに、「ウン、まあ、そやなあ、ひとりで行ってきたら」とか言ってはぐらかしてばかりでいたから同じである。それで、けっきょく久美子は一人で日帰りツアーに行くことになったのだ。

 旅行の日は、ちょうど、地区総会の日と重なったので、それに出なければならない私は、ちょうどいいと喜んでいる。まあ、ほんとは久美子もそれがねらいだったのだろう。

「この前言った人、仮の離婚して行くみたい」

 仕方ないのでまた座椅子にもたれて話す。もそもそ動きだした久美子も、誰のことと言う顔をする。

「京都に子どもと避難するって言ってた人」

「ああ、あの人」

 同じ市の人で、放射能から子どもを守るというので遠くに避難するという人がいる。夫は仕事でいっしょにいくわけにはいかないから、子どもと母親だけで行くという話しだ。

「家族全員だと無料で部屋を貸してくれるけど、別々ではだめなんだって。それで、書類上離婚して行くみたい」

「大変だわね。そんなことしたら夫婦がだめになっちゃうんじゃない」

「大丈夫だよ。みどりさんも、よしえさんも単身赴任してるけど楽しそうだよ。隣も、裏も、あっちもこちもみんな単身赴任だよ。一度も単身赴任したことないのうちくらいじゃない」

「それもそうね。単身赴任したかったでしょ」

「させたかっただろ」

「そうよ」と笑う。

「俺もあこがれてたけど、機会来ないうちに辞めちゃったもんね。残念」

 外は、雨だれの音が続いている。古いストーブの送風音と、テレビのお笑いの笑う声が響く。

「お茶飲む」と久美子が言う。

「ウン」

 久美子が立ち上がる。もうすぐ世界も春だ。そうなるといいのだが。そうなれない人たちがあまりに多すぎるような気もする。