ノンアルコール
著者 高田敞
雑談目次
外は良く晴れている。でも、空がなんとなくぼんやりして秋晴れというより、春霞という感じだからやわらかい光に初秋の庭は春のようだ。
年金爺さんは、日課の、盆栽や、プランターの水遣りも終わって、手持ちぶさただ。この春から年金ばあさんになった久美子も、借りてきてやった本を読み終わったのか、数字合わせのゲームの本など開いてやっている。私も、パソコンを開いたのだが、書くことも無く、ゲームを開いたりしている。
誰も見ていないテレビが、ノンアルコールの話をしている。ノンアルコールのワインを作ったときの苦心談が聞こえてくる。パソコンの中の数字合わせをフムフム考えながら聞くともなしに聞いている。何でも、ワインの渋みを出すのに苦労したとかいうことだ、いろいろ試した結果、お茶の葉を混ぜたら、ぴったりの渋みが出たという話だ。次にノンアルコールの宴会とか、居酒屋とかがはやっているといっている。なかなか盛況のようだ。
ある夫婦が出てきて話しているのが聞こえてくる。妻はノンアルコールを飲み、自分はビールを飲むという。奥さんが言うには、夫が外で飲むのが少なくなって、家でいっしょに飲むことが増えたという。差しつ差されつでいい、と夫がニコニコ声で話している。夫婦円満ですねとアナウンサーが言っている。
「うちもノンアルコールにする。夫婦えんまんだって」と、私は、向こうで寝転んで本の数字ゲームをやっている久美子に言う。
「オホホホ」と久美子が笑う。私も「ハハハ」と笑う。それを無視して
「図書館行かない」と久美子が言う。さっきも、「図書館開いてる」といっていた。
「えーっ朝から」と私。
「読むのないんだもの」
「困ったもんだ」
「しゃあないなあ、ホンダら、図書館のきれいなお姉さんに合いに行ってくるか」
図書館は目と鼻の先だからすぐなのだが、自分で行けばいいのにいつも私が借りてくる役目だ。たまに久美子も借りてくることがあるが、それは隣町の大きな図書館でだ。ここのだって、小さくても図書館だから、千年読み続けても読み終えられないほどあるのだが、久美子は行かない。
「かわいこちゃんに会うのだから、着替えていくか」と私はジャージのズボンをはきかえる。
「お得意さんだから、ニコニコくらいはしてくれる」と久美子が聞く。
「挨拶くらいはしてくれるよ」
「良かったわね」
「ウン。誰もに言ってるからなあ。言ってるわ、今日も来てるわよ。やること無いのかしらって」
久美子は笑う。
朝の図書館は、シンとしていた。退職してやることがないのだろう、同年輩の男たちが三人、ソファーに座って雑誌を読んでいる。それを横目に、二日前に借りた本を返すためにカウンターに行く。「おはようございます」と近づく前から挨拶される。私もにこりとして挨拶を返す。これが楽しみで、いそいそと本を借りにいくのだ。ほんとまあ、暇をもてあましている年金爺さんだこと。
それで、書架から何冊か本を抜き出す。もちろん中を見るわけではない。五冊借りていけば、中には久美子の読めるものも混じっているだろうということだ。
「ホイ、行ってきたよ」
と久美子に本を渡す。
「ありがとう。早かったわね。読んでくるのかと思ってた」と、なんだもう帰ってきたの、とでも言いたそうだ。
「朝から図書館なんかに座ってられないよ」
「年金爺さんがもう三人も座ってんだよ。仲間じゃないよって顔して帰ってきた」
「そうよね」ともう上の空だ。まだ数字合わせをやっている。受け取っても、読む気はないようだ。
空は相変わらず薄ぼんやりと明るい光を投げかけている。なかなか高く澄んだ秋晴れにはお目にかかれなくなった。放射線は雲を作るという。まさかとは思うが、ここらの空にも放射線が飛び交っているのは事実なのだから可能性はある。怖いことになったものだ。