あら!ホー
外はもうすっかり秋だ。ときおり冷たい風などがくすんだ林を揺るがして通り過ぎていく。
みちこさんの喫茶店の脇のもみじももう真っ赤だ。ちょっと見ると喫茶店の飾りのようだが、本当は隣の家の庭に生えている。その家の人はもうずっと以前からいなくて、庭は草ぼうぼうだし、ベランダは錆びている。あんまりひどいのでみちこさんがときおり草取りをするといっていたが、それでももうすっかり廃屋の顔をして物の怪でも住み着いているようだ。
「女の人は40代になると焦るのよ」と春世さんが言っている。
「なんで。今時アラフォーじゃない」
私はポットから紅茶を注ぐ。でももうそれはすっかり空だ。で、水を少し飲む。
「あれは40になったばかりの人。私みたいに50に近くなるともうすぐ女として終わりだなあって思うのよ」
「あれから40年、きみまろの世界だね」
「それには早いけど、あと少しでしょ。後少しと思うから焦るのよ」
「ふうん」
「今までは女性としてすごしてこれたわよ。でもそれが終わっちゃうのよ」
春世さんのわきに座っている智美さんもうんうんとうなずいている。春世さんも、智美さんも40代後半だ。私たち三人は、市の公民館のパソコン教室の生徒だ。勉強が終わって喫茶店にやってきたのだ。
「おれなんかどうするの、60越えて」
「男の人はいいのよ。更年期障害もないし。肌の手入れもいらないでしょ」
みちこさんは厨房で洗物をしているのかガチャガチャやっている。その音が気持ち大きくなったようだ。彼女は春世さんが恐れる50代でさえ越えているのだから。
「男は女性ホルモンないから、生れ落ちたらもう更年期だって聞いたことあるよ」
「男の人はそれでいいのよ。女の人は、生理が終わると体が急に老け込むのよ。急な変化だから大変なのよ。肌もつやがなくなるし、しわも増えるし」
「そんなことないわよ」
厨房から、みちこさんの声が飛んでくる。
「みちこさんは、若くてきれいだから別よ」
春世さんは慌てず答えている。
「そうだよ。みどりさんも何年か前に終わったって言ってたけど、今でもつやつやだよ」
私はここにいない、みどりさんを引き合いにして慰めを言ってみる。
「みどりさんはかわいいからいいのよ。私はブスだからあせちゃうの。もう女じゃなくなるという気持ちになっちゃうのよ」
春世さんはあっさり自分のことをブスと言う。
「そんなことないよ」
私は慰めてみる。
「女はそうなのよ。もう男の人に見向きもされなくなると思うのよ」
智美さんが同調する。
「そうなのよ。川島さんは私を女として認めてくれなくなると思うの」
「なんだ、大丈夫。彼よりずっと若いんだから」
私は、晴世さんの話の意味がやっとわかった。
「そうかしら」
晴世さんはにっこりする。彼女はなんでもすぐ顔に出る。中と外が直通なのだ。
「そうだよ。歳は追いつけないから。春世さんが生理が終わったころは、彼はおじいさんだよ」
「彼もおじいさんになるのかしら」
「男なんてすぐだよ。女の人より五年は早いよ」
ひとっつも根拠のないでまかせ。
「春世さんはいいわね。好きな人がいて」
智美さんが言う。
「よくないわよ。夫がいるのに」厨房からまたみちこさんの声がとんできた。
「いいんじゃない少しくらい」私はその声に向かって言う。
「不倫はしないもの」春世さんも言う。
「そうよ、不倫はだめよ」智美さんも言う。
「そうだよ」と私もニコニコ言う。
「女がそう思っても、男はみな下心があるから、気をつけなきゃだめよ」
みちこさんがとうとう顔を出した。
「そう、男はみんな悪いやっちゃから」私はからかい調。
「大丈夫よ。川島さんはそんなことする人じゃないもの」
「それがあぶないのよ」とみちこさん。
「春世さんはいいわね。堂々と好きだっていえるから」
智美さんが真面目な顔で言う。
「言うくらいただだから、言えばいいじゃない。男は単純だからすぐ喜ぶよ」
「そんな人がいないもの」
「だんなさんがいるじゃない」
「夫は別」
「そうなんだよな。夫はいつも別口」
「私夫しか知らないし」
「若いのに、今時珍しいんじゃない」
私はニコニコ鼻の下を少し伸ばしている。
「そんなことないわよ。それがふつうよ」
みちこさんが言う。
「おれたちの歳はそうだけど、若い人は違うみたいだよ」
「私のおばさんは再婚したから二人よ。おばあさんなのに二人よ」智美さんが言う。
「それは再婚で、不倫じゃないでしょ」みちこさんが言う。
「そうだけど、やっぱり二人って思うのよ」
「そうだよな。二人は二人だもんな」
「ここは上品なな喫茶店なの」
みちこさんが言う。
「そうだった。忘れてた」
秋も深まって、秋も深まってきた人と、冬に突入した人が集まって、アラフォーの話をしている。あら五十とか、あらもう還暦とか。みんなしばらくは元気で過ごせそうだ。