親子
「あれじゃ、結婚できないわよ」とみちこさんが言っている。時々この店に来る節ちゃんの話だ。節ちゃんはクリットした目をして、ダイエットに気を使っているとてもきれいな娘さんだ。
その節ちゃんのお父さんの恵比寿呉服店に12月からみちこさんは日曜だけ臨時のパートに出ている。
「中学生の制服の予約を取るのに忙しいからって、頼まれたのよ」とみちこさんが言っていた。日曜日は喫茶店が休みだからちょうどいいだろうと誘われたという。
「ことわれないでしょ」とみちこさんが言っていた。私も、「そうだよな。いろいろ気にかけてくれてるもんな」と言う。節ちゃんのお父さんは町の商工会の会長などをやっていて、新参者のみちこさんのことをいろいろ取り立ててくれていた話を聞かされていた。まっすぐな人だから、みちこさんの事情を知って、少し手助けしたのだろう。
「二人で、お昼何にしよ。なんて相談して、お弁当買ってくるのよ」
とみちこさんは二人のことを話す。
「それで、おれが買ってくるって、お父さんが買ってきて、二人で食べてるの。あれじゃだめでしょ。節ちゃんは、おつゆぐらい作るべきなのよ」
みちこさんは、女の人は御飯をちゃんと作るのが役目だと心底から思っている人だから、大きな娘がいて、お昼も作らないというのが許せないのだ。
「仕方ないんじゃないの、二人で店やってるんだから。三度さんどちゃんと作るなんてとてもむりだよ。あんなに大きくなって、父親と仲良くお昼食べてるなんて、うらやましいかぎりだよ」
恵比寿呉服店の白井さんは、若いころ奥さんをなくしたという。みちこさんにいわせればすごく仲のいい夫婦だったという。喫茶店をやっているから、そういう話にはとても詳しい。その後、おばあさんと娘とで暮らしてきたそうだ。
「おとうさんこんなにやせてて。少しは気を使ってやらなきゃだめなのよ。おばあさんはもう年なんだから、節ちゃんがちゃんと御飯作らなきゃだめなのよ」とみちこさんは憤慨している。みちこさんは、白井さんが痩せてるのが気になるみたいだ。もうそれで3回ぐらい聞かされている。
「うちの娘だって帰ってきたって、台所に行きもしないよ。御飯は、食べてやるもんだって顔してるよ」
私は、正月に帰ってきた息子と娘のことを思い出して言う。
「高田さん家が変なのよ。普通はそうじゃないの。いつも二人で、お弁当食べてるの見てらんない。いやなの」
「だから、面倒見てあげたらって前から言ってるだろ」
私はいつものように冗談交じりにニコニコ言う。みちこさんや、白井さんの気持ちはわからないけど、少なくとも年恰好はちょうどいいのだから。
「いやよ。毎日二人してお弁当食べてるのよ。とても入れないわよ」
「節ちゃんは、さっさとお婿さんもらって押し付けちゃえばいいんだよ」
「あれじゃ無理。私の出番はない」大げさに手をふる。
「どんな仲良しでも、親子は親子だよ」
「知らないからよ」本当にそうみたいだ。
「奥さんなくしたあとその分も愛情かけてたんだろうから、べったりになったのかな。多分奥さんに似てるんだろうからなあ」
「おおやだ」
みちこさんは大げさに、肩をすくめて見せる。
大事な人をなくしてしまったらどんなだろう、と思う。でも考え及ばない。私の近くにも、連れ合いをなくしたおじいさんおばあさんがいるが、けっこう元気にやっている。でも一人で、部屋にいるときはどうなのかは分からない。早くなくすのと、遅くなくすのではひょっとしたら違うかもしれないけど。もう、十分満足したのと、まだし残したことがあるのとでは。ほかにもいろいろあるだろうし。