ゆとろぎ

 

 みちこさんの喫茶店は、今日も松田さんと二人だ。平日の昼間から喫茶店にいられるのは年金おじいさんくらいだから仕方がない。この前までは、外回りの外交をしているという青年が時々来ていたのだが、区域が遠くなったとかで来なくなった。みちこさんに言わせれば、「お金持ってる人はここには来ないのよ。スナックに行くのよ」だ。いくら金があっても昼間からスナックもないだろうが、たしかに夜になっても飲みに行かない。「家庭不和にならないわ、健康的だわ、最高だろ」と答えている。

 でも、いつものように松田さんとは話すことはあんまりない。そこで「この前、ゆとろぎって話聞いてきたんだ」と話してみる。受け売りだし、面白い話にはならないみたいだからあんまり元気な声ではない。

「それ何」と松田さんも一応応じる。

「イスラムの人の考え方で、ゆとりと、くつろぎをくっつけたものなんだって。この前、イスラムを研究している人が来て話していったんだ。あっちの人は、仕事や遊びも大切にするけど、ゆとろぎを一番大切にするんだって」

「そりゃどこだって同じだよ。誰も夢だよ」

「そうか、そうかもしれないな」

「そりゃそうだよ。ゆっくりくつろいでみな。会社くびだよ」

「そうだよなあ」

「一生懸命働いて、遅く帰ってきて、今度は家庭サービスがなってないって言われて、男はたいへんだよ」

 やはり年上は違う。スパッと言い当てる。

「まあ、遊びより上はすごいけどね。だけど、会社は、ちょっとした遊びはよくても、ゆっくりくつろぐのはだめだね。会社人間で、仕事が生きがいでなきゃだめ人間なんだよ」

「そうだよなあ。おれは公務員だったけど、それでもサービス残業しない奴は怠け者だったからなあ」と言う。

「民間も同じだよ」

「寅さんになるしかないか」と私は言う。

「あれは映画だよ。実際あんなことやってたら苦しいよ。あれじゃあ家庭はもてないし、金もないし、気ままといっても、漂泊じゃあね。そのゆとなんとかってやつは無理だね」

「そうだよな。派遣とかパートとかの働き方は新しい働き方で、自由でいいとか何とか、大宣伝してたことがあったけど、実際は働けど働けどわが暮らし楽にならざり、をごまかすための宣伝だったみたいだし。かれらは現在も貧乏で、未来も貧乏で、一生貧乏で、健康保険も、失業保険も、年金もなくて、働けなくなったら、ホームレスが待ち受けてるしかないんだよな」

「ホームレスとか言ってるけど、ありゃ乞食だろ。ひどい世の中になったものだ」

「うちの周りも、泥棒に入られた話ばっかりだよ。ここ5,6年だよ。実際にドロボーに入られた人が身近にでたなんて。それがあっちもこっちもなんだから」

「ゆとなんとかってのは夢の夢だろうね。おれたちゃ年金暮らしでしのいでいるけど」

「今度は年金改革で、税金で賄うとか、そのために消費税を上げるという話がでてるだろ。おれたちゃもう払い終わったんだよ。高かったんだから。それが今度はまた消費税という名前に変えられて、もういちど年金保険料を払うことになるんだよ。今まで払ってきた金はどこに消えたんだといいたいね」

「まあ、年金がなくならなきゃいいよ」

「わかんないよ。企業は年金を廃止したいんだから。年金税方式は、厚生年金を廃止することなんだから。年3兆円の企業負担が浮くそうだよ。今までも、正社員から派遣やパートに切り替えて、厚生年金払わなくて済むようにして儲けてるのにだよ。その3兆円はどこ行くと思う。株主のふところだよ。株いっぱい持ってる人間は超金持ちだよ。その金持ちがまたいっぱいもうかるってことだ。その3兆円分を上乗せして普通の国民や、払い終わったはずのおれたちがは払うってことになるんだよ」

「いやだね」

「止めようがないんだよね。政治家は金持ちの政治献金でやってるし。それに自分らも金持ちだし。マスコミだって金持ちがやってるし」

「選挙があればな」

「そうだよな」

 

 おじいさん同士が、愚痴をこぼしても仕方がないが、愚痴もこぼしたくなるほど状況はよくないのだ。私の周りでも、芸術では食っていけなくなってパートに出だした陶芸家が何人かいる。みんな食うためだけに一生懸命になってきている。これが世界第2位の生産を誇る国だというのだからあきれる。福祉を削り続けている金が誰の懐に消えているのかだけでも、しっかり見つめるべきなのだと思う。

 雑談目次