松田さんが、お風呂の話をしている。松田さんはもう70に近いから、あんまりやることがない。だから、あっちこっちのお風呂でのんびりしている。今日も、お昼から、市営の温泉に行ってのんびりしてきたみたいだ。だから、歳に似合わず顔はつるつるで、いつもにこにこだ。
だけど松田さんとはいつもあんまり話すことがない。松田さんと二人のときはみちこさんがいつも喋り捲っている。いつものとおり、風呂の話はすぐに終わって、みちこさんが喋りだした。
「あっちのは捨てたのよ」と庭の生垣用に植えてあったコニファーの話になった。
「もうはやらないのよ。大きくなったらイメージが暗いのよね」
とコニファーの悪口を言ってる。
「うん、たしかに明るいイメージはなかったな。花も咲かないし」
と私はいう。といっても、数日前、「これいらない」といわれるまでほとんど見もしなかったのだが。「買うと高いのよ」といわれたけれど、もらっても植えるところもないし、あんまり趣味でもないのでことわった。
「そしたら、安江さんが通りかかって、入り口の両側に置くと、客が入ってくるんだっていうのよ。だから、のこりを鉢に植えて、置いたの」
「いいね。いっぱい来るわ」
とニコニコ言う。
「ほら早速お客さんよ」
と、みちこさんは外を見て立ちながら言う。
森田さんが入ってきた。森田さんは、肥料や、雑貨の店をやっているおじさんだ。最近は道徳を中心にした経営コンサルタントみたいなのもやっているらしい。
私は挨拶をしたが、山田さんは会釈をしただけだ。森田さんは時たましか来ないから会ったことがないのかもしれない。私は二度ほど会った。
「セッちゃんが、お墓参りに行ったって言ってたわよ」とみちこさんが水の コップを置きながら言っている。
「いつ行ったんだって連絡ないな」
森田さんが大きな声で言っている。
「いつだったかしら。今日じゃない。さっき話していたから。すっきりしたって言ってたわよ」とみちこさんが答えている。
「そりゃそうだよ。誰だって墓参りすればすっきりするよ」
「森田さんが墓参りしろって言ったから、行ったって言ってたわよ」
「そうだよ、俺が勧めたんだ。墓参りして、ご先祖さんを大切にする気持ちが現れれば商売は繁盛するんだ。みちこさんもちゃんと墓参りするといっぱい客が来るよ」
「そうよね」
「そうだよなあ。おれもしばらく行ってないなあ」と私も言ってみる。
「セッちゃんは俺の言うことを聞いてがんばってるよ。この前もうこれ以上廻るところがないと言ってきたから、あと2軒がんばれば50軒になるんだから、がんばれってメールしてやったんだ。そしたら、ちゃんとがんばってやりおおせたんだから。森田さんのおかげですってメールが来たよ。おれは、挫折しそうになったらちゃんと手を打って応援してやるんだ。人間は弱いところを必ず持ってるからな。おれが応援したからセッちゃんは50軒という目標が達成できたんだ」
森田さんの声が大きくなる。
「そうだよな。一生懸命がんばるのはいいことだよな」と私は相槌を打つ。
「今度はオーナーとしての仕事に精を出せって言ってやってんだ。そしたら、2年後には、年商2億とか3億の商いができるようになるんだからがんばれって」
「すごいな」
「なる。必ずなる。おれはそう言ってやってんだ。誰だって、弱気になってあきらめたり、壁に突き当たったりするからな。そのとき、ホローしてちゃんとやれるようにしてやるんだ。おれがしっかり面倒見て励ましてやるから、2年後彼女は成功してるよ」
「すごいね。たしかに一人ではくじけることがあっても、誰かに励まされたりすると、またがんばろうという気が起こるものな」
「それだけじゃないよ、おれは、ちゃんとどうやれば成功するか指導してやってるんだ」
松田さんが、
「パーマンて漫画昔やってたの知ってるかい」と小さな声で私に言う。森田さんは隣のテーブルだし、話すのに夢中だから聞こえなかったかもしれない。
「ああ、知ってる」と私は答える。
「あれは英雄じゃないんだよね。失敗ばかりしている、普通の人間なんだよね。だからいいんだよ」と私だけに言う。森田さんは大きな声で、続きをみちこさんに話している。
「そうだよな。ドラえもんのノビタも、0点とって怒られてる主人公だよな」
と答える。
「そういう人間くささがいいんだよ。何でもかんでもがんばって、成功に向かってがむしゃらにいくだけの人生なんて好きじゃないね。成果主義とか、競争社会とかになって、人間を金を作り出す道具としか考えてない世の中はいやだね」
「たしかにそうだよな。でもセツちゃんが成功するのはいいんじゃない。仕事が生きがいだというのはいいことかもしれないから」
「そうかね」
松田さんは財布を取り出して、お金を数えている。で、私も、財布を取り出した。
森田さんはみちこさんに大きな声で話し続けているけど、お先に、といって、二人して、店を出た。
松田さんとはそれじゃまた、といって、店の前で別れた。今日はお客が増える話が二つあったからみちこさんには良かったかな。でも、私たち年金おじいさんにはきつい話だった。でも、あとで、みちこさんに「二人で逃げ出して」と怒られた。