蝋 梅

 

 庭で、ヒー、ヒーと、鳥の大きな鳴き声がする。

「あっ。飛んでった、よかった」

と、外を見た妻が言う。

 私と妻は、朝から何もしないでコタツにはいっている。外はきらきら光って、とても大寒とは思えない。

「昨日、二階のベランダで洗濯物取り込んでたら、ヒヨドリがこっちから見えない陰で食べてるの。『だめ』、って言ったらあわてて飛んでったけど、ほんと憎らしい。ヒヨドリってちっちゃい鳥だと思ってたら、近くで見るとこんなに大きいの、あんなのが食べたらなくなるの当然だわ」

 庭に蝋梅の木がある。5,6本の、腕ほどの幹が、屋根くらいの高さにすらっと伸び、細い枝をまばらに伸ばしている。

 半月ほど前から、その枝に黄色い花がいっぱい咲いている。梅に似た花は、近くで見ると蝋細工のようで、花びらが光に透ける。妻はその花が気に入っている。

 寒い風の中、つぼみが黄色の丸い玉に膨らんでから、開くまでしばらく日にちがかかる。去年までは、その膨らんだつぼみがおいしいのか、ヒヨドリが来てみんな食べてしまった。秋には無数にあるつぼみも、春になって開くのは低いところの数輪だけだった。それが今年は、無数に咲いている。それをヒヨドリが来て食べている。

 妻が憎らしい、というのもうなずける。今まで、20年以上、毎年、みんな食べられていたのだから。

「どうして今年はこんなに咲いたのかしら」

妻がサッシのガラス越しに花を見ながら言う。

「暖冬だからかな。今年はほかの花もいっぱい咲いているから、食べるものがほかにもいっぱいあるからかもしれないよ」

「そうね」

「あれ、去年もおととしも、バナナやってたから、餌は足りたはずだなあ」

 気がついて言う。

 おととしと、去年、餌台を作って、冬中バナナを置いてやった。メジロを呼ぼうというつもりだったが、ヒヨドリが大半を食べてしまっていた。この冬は、不精して、やっていない。

「食べきられる前に開いちゃたのかも」

「そうか。いつもなら、まだまだつぼみのままだものな」

 我が家は、西側が田んぼになっているので、愛宕山を越えてくる西風がまともに吹き付けてくる。だから、どの花もほかに比べて咲くのが遅い。それが今年はもう梅の花が咲き始めている。蝋梅も一月は早い。

「地球温暖化は困るけど、うちは暖かい方がいいな」

「そうよね。お茶入れる」

 外はもう春のように光があふれ、青い空の中に、黄色い蝋梅と、咲き始めた白い梅の花が光っている。

 私は少し体をゆっくり揺らしているのに気づく。あれあれと思う。歳をとった父が、一人ぼんやり窓の外を見ながらよく体を揺らしていた。

「はいお茶。熱いからね」

 妻が湯呑みを前に置いた。そして、またコタツに並んで外を見る。

 サッシの、下半分のすりガラスになったところを鳥の影がよぎる。

「また来た」

「今度はドッグフードを食べに来たんだ」

「食べに来たら追っ払うのよ、って教えてるのに、チャスタは黙って見てるのよ」

「鴨を見たら夢中で追いかけるのになあ。ちっちゃいのに鷹揚なのは、判官びいきなのかな」

「飯島さんたち呼んで誕生会する」

「いいね」

「赤いちゃんちゃんこ着て、大黒さんみたいに座る」

妻がいたずらっぽく笑っている。

「おおやだ」

蝋梅の木で、またヒヨドリの声がする。光が部屋中にあふれて、もう春だ。

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