アキレス腱を切って入院していた学生さんが退院して、何日か空いていた向かいのベッドにおじいさんが入った。
そのおじいさんが看護師さんと大きな声で話している。
「今日はエナの祭りなんだよ。にぎやかだよ。出店が両側にだあっと並んでね」
手術が終わったばかりの私と違って、おじいさんは来たばかりだから元気だ。
「お祭り好きなんですか」
看護師さんが聞いている。日課の朝の検診だ。つい今私にしたように、血圧を測ったりしながら聞いているのだろう。私は、手術のために起きた痛みをじっと我慢して天井を見て寝ている。
「大好きだね。動けるころはね、日本じゅうの祭りを撮りに飛び歩いてたもんだよ。足が馬鹿になって。今日だって歩けるならカメラ担いで飛んでってるよ」
「お祭りはいいですよね」
看護師さんが相槌を打つ。
「いいね。にぎやかだからね。また、カメラ担いで祭りを撮りに行くんだから、早いとこすぱっと切ってもらって歩けるようにならなくっちゃ。江戸っ子だから手術なんかひとつも怖くないよ」
「そうですよね。お疲れさまでした。終わりました」
看護師さんは、次のベッドに行って「体温を計ってください」と言っている。
その斜め向かいのベッドの50歳前後の人は私より1週間早く手術をしたので、少しは痛みは薄らいでいるようだが、リハビリに行くとき以外は、やはりほとんどベッドの上で過ごしている。もうひとり、私の隣には、急に片方の耳が聞こえなくなったという若者がいる。
看護士さんが出て行くと、病室はシンとなった。カーテンに囲まれたベッドの上で、私はじっと時間が過ぎるのを待っている。1日過ぎれば一日分痛みが薄らぐはずだから。4日後は順調に行けば首に刺さっている血を抜くための管が取れるはずだ。
「そうするとずいぶん楽になるよ」
と斜め向かいの手術の先輩が言っていた。当面の目標はそこだ。
「あのとき転ばなければなあ」
突然おじいさんが大きな声で言う。
「ちびたぞうりなど履いていなければなあ、転ぶこともなかったのに。そしたら今ごろ、元気にカメラを担いでエナの祭りに行ってたのに」
おじいさんは大きな声で独り言を言っている。
「いまごろは、ひーちゃんもよっちゃんもカメラ構えて、祭りを撮ってるだろうな。足がこんなでなかったらなあ」
おじいさんは同じことを何度も繰り返している。そのうちテレビを見だしたのだろう、今度はテレビの解説をしている。まるでわきに誰かがいるようだ。
しばらくして、おじいさんのところに看護師さんが来た。これまでの病気の経過や現在の状態について詳しく聞いている。おじいさんは小さな脚立を杖代わりに家の中を移動していることや、介護師が毎日来てくれることとかのついでに身の上話などもしている。
子どもが遠くへ嫁いでからは、ずっと一人暮らしだという。
「女房は乳がんでね。49だった。あのころは医療も進んでいなかったから。かわいそうなことをした」
そんなことを言っているのが聞こえる。とにかく大きな声だから、みんな聞こえる。
看護師さんが行った後、少しすると、またおじいさんが話し出した。
年は86歳だという。何十年もずっとひとりで暮らしていたのだろう。昼間は写真を撮りまわっても、夜は、ひとりで話すしかなかったのだろう。きっと奥さんにでも話しているのだろう。