「私初めて」とみちこさんが身振り手振りで話している。
「真夜中のショッピング街を歩いたのなんて」というのだ。
「へえ。今まで何してたの」とわたし。
「そんなの当たり前でしょ。女の人が夜中に出歩くなんて、おかしいのよ。そんなこと言ったら夫に怒鳴りつけられるくらいじゃすまなかったわよ。二人は慣れてるのねルンルンよ」
そこにいない、みどりさんと、しのさんのことを話している。二人は昼間はパートで働いている。平日、遊べるのは夜しかない。
「二人は、東京の女子大行ってたから。ここらじゃ、店8時には閉まってるもの」
「みどりさんなんか、きらきらのリボンつけて、ひらひらの服着て、小さくておしゃれな日傘なんかくるくる振りながら歩いてるのよ。あきれっちゃウ」
「いいなあ、一緒に行きたかったな」
「奥さん怖くて行けないくせに」
「ばれてた」
最近大きなショッピングモールができた。夜の12時まで開いてるし、映画館もたくさん併設されている。そこへおばさん3人で夜、映画を見に出かけたという。
「それが、殴る蹴るで、男運の悪い女の人の映画なの」
「じゃあ、身につまされて、観てるどころじゃなかっただろ」
選ぶ男が次から次にひどい男で、転落していくというストーリーをみちこさんは話す。
「最後は殺されるの」
「ハッピーエンドじゃないんだ。余計後味悪かった」
「ああはなりたくないわね。私も次の夫を探すと、ああなるのかと思うと、いやになっちゃった」
「しのさんが、『いい映画だったわね』、だって言うから、どこが、って言ってやった」
「そうな、殴られっぱなしできた人には最期まで悲惨ではおもしろくないよな」
「みどりさんは、楽しかったわよ、ってルンルンで歩いてるし。お店をのぞくので頭がいっぱいでもう映画のこと頭にないのよ」
「分かる、あのひとも楽しい人だから」
「夫のある身で、夜中出歩いてるんだから。よく許してるわよ不思議よ」
「理解のあるだんなさんだからいいんじゃないの」
「考えられない」
「世の中いろいろ。みちこさんもせっかく一人暮らしなんだから少し楽しいこと考えたらいいのに。だんなのことなんかにいつまでも引きずられてるんだから」
「そうよね」
「そうだよ、もう自由なのに」
と今まで黙っていた朝吉さんが口を挟む
「いやよ。分かれたら、ふわふわ飛び歩いてる、なんていわれたくないの。ひとりだとなんだかだうるさいのよ。余計なこと言われて」
「そうなんだ」と私。
「そうよ。独り者だと喫茶店やってるだけでいろいろ言われるのよ。うるさいんだから」
「大変だな」
おざなりにならないように気をつけながら合槌を打つ。
「そんなの無視すればいいんだよ。とやかく言うやつは、いつもとやかく言うよ。そんなの気にしてたら詰まんない人生になちまうよ」と講評も入れてみる
「結局自分に縛られてるんだよ。世間の、って言うけど、本当はそれが自分の生き方なんだと思うよ」
と朝吉さんが言う。
「そうかな」
「誰も、じぶんに嘘はつけないから、束縛がなくなったら自分に忠実に生きてく。みちこさんはまじめすぎるんだよ」
「あの二人が飛び歩けるのは、理解のあるだんなだからばかりじゃないと思う。そういう相手を選んだばかりじゃなく、そういうだんなに仕立てたといえるんじゃないかな。誰と結婚しても、そうしてると思う」
朝吉さん得意の薀蓄が出た。
「そういうもんかね」
と私。で、みちこさんを見ないようにしている。
殴る旦那にしたのは、みちこさんなのだろうか、と、そっちが気になった。
「映画のいうように男運が悪いのじゃなくて、そういう男を作っちゃうのか」
と私は聞いてみる。
「映画だからね、本当じゃないから。おれは、女の人は相手次第だという考えは、どうも賛成しかねるな。男の作った虚像で、女の作った隠れ蓑じゃないかな、と思ってる。女の人は強いもの」
と朝吉さんはほんの少し折れる。
「女の人が強いというのは、おれもそう思う。強いよ」
私もそこだけは賛成する。
「それは二人が弱すぎるの。殴る男は最初から殴るわよ」
みちこさんが言う。
「だよな」
そこで二人は全面的に折れる。
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