田んぼ

 

 甲子園が終わった。今年のヒーローは、ハンカチ王子とかなずけられて、女の人にずいぶんと人気があるようだ。甘いマスクで、少しはにかみ気味で、そのくせとても強いのだから、人気が出るのもうなずける。駒大苫小牧高校の3連覇を阻止しただけではなく、決勝と、その再試合をひとりで投げきった実力はヒーローにふさわしい活躍だ。アメリカに、親善試合に行ったとき、あんなに使っていたハンカチを使わなかったのも面白い。

 といっても、じっくり決勝戦を見たわけではない。時折テレビをかけて、おやまだやってるくらいの程度だった。なんてったって、高校を卒業して、もう40年を超えているのだから。

 高校野球も後半戦に入ると、そろそろ夏休みも終わりに近づく。残っている宿題や、すぐに始まる2学期を思って、憂鬱になったものだ。分からないのにやらなければならないというのは結構大変なのだ。

 あのころの甲子園は、後半戦になると、選手のあいだを、無数の赤とんぼが飛んだ。それを見ると、ああ、夏休みも終わりだという感じが、野球など見てなくて、勉強しなくちゃという焦燥になった。

 ウスバキトンボというトンボだ。薄羽黄とんぼ、という意味で、淡い黄色の赤とんぼのなかまである。である。ほかの赤とんぼは電線や、木の枝先に止まっていることが多いのに、このトンボはめったに止まらない。一日中、羽をきらきら光らせながら、群れになって舞っている。

 このトンボは南方産の赤とんぼで、暖かくなると、南から日本列島を北上していくそうである。成長が早く、行く先々の田んぼや水溜りで、卵を産み、それがすぐ大きくなってまたトンボになって北上していくらしい。ずうっと北上してどうなるかというと、最後はそのまま死に絶えるというはなしだ。やごが寒さに弱くて、冬は越せないらしい。そして、翌年また南から出発してくる。何の目的でそのような無駄なことをしているのか聞いてみたい気がする。

 今、私の住んでいる茨城でも、夏の後半になると、田んぼの上で無数に舞っているのが見られた。色づいた田んぼの上できらきら舞っているのを見ると、夏の終わりのわびしさを今でも思い出す。

 ところが、このところ、あまり見かけなくなった。年々少なくなっているように感じていたのだが、忙しくて見ている暇がないからだろうくらいにすませていた。しかし、暇ができても見かけない。そういえば、普通の赤とんぼも、以前は、電線に隙間もなく留まっていたのに、今はぱらぱらだ。赤とんぼなんか、空を見上げると二匹つながってうじゃうじゃいたのにずいぶん少なくなっている。

 蛍もいなくなった。10年ほど前までは家の前の田んぼにも飛び交っていたのに、今はたまに1匹見つけるのがやっとだ。町中の田んぼにあんなにいたのに、今はどこにもいない。今年はわざわざ、遠くに見に出かけたりした。保護しているという場所なのだが、蛍より、見物客のほうが多い。わざわざ蛍を見に行ったり、保護したりするなど考えられなかったのに。

 30年ほど前だろうか、複合汚染という本がはやって、農薬の問題が取りざたされたことがあった。でもそれからも、ずっと蛍も、赤とんぼも無数にいた。最近は誰も農薬のことをそんなに問題にしていないけれど、かえって、田んぼを住処にしていた虫がいなくなった。そういえば、いつも田んぼに必ず群れていた白鷺も見かけなくなった。あんなにいたのに。変わりに、川で餌をとっている青鷺をよくみかけるようになった。

 10年ほど前、あれ、今年は蛍を見かけないとおもった。・・・・気が付くとウスバキトンボも白鷺もいなくなっている。

 犬の散歩のとき、田んぼの水を飲みたがるのだが、なんとなく飲ませるのが怖くて、だめ、といって綱を引く。まあ、今は、科学が発達していて、虫には効いても、人には害がない農薬を使っているのだろうけど、赤とんぼも蛍もいなくなっていくのは、さびしいものがある。田んぼをやっていないものの勝手な言い分ではあるが。でも、のどもと過ぎても、怖いことが起こるかもしれないとも思う。

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