いい話かも

 

「生き別れの方がいいのよ」

と、みち子さんが言う。

「おれも聞いたことある」

と亀田さんが答える。さっきから、再婚の話をしている。

「そうなのよ。死に別れた人は、なくなった人のいいところばかり思い出すでしょ。比べられたら再婚相手は絶対勝てないわよ。でも、喧嘩別れはいやなところしか思い出さないからどんな人だって勝てるのよ」

「なるほどね、そういうことだったのか」

「そうよ。だから、わたしなんかは再婚には一番いいのよ」

「たしかにそうだ。じゃ、俺だって勝てるかな」

 亀田さんが冗談ぽく言う。

「結婚している人はだめ」

 みどりさんがニコニコ言う。

「やっぱだめか」

「ほんとよ。再婚するときは、生き別れの人よ」

もう一度みち子さんが言う。

「経験ある。昔、同僚の奥さんがなくなってね。再婚したけど、1年も持たなかった」

「そうでしょ」

「亡くなったのが、子どもがやっと乳離れしたか、してないかのころでね」

と、亀田さんは、話がよそへいかないようにと急いで続ける。

「かわいそう」

みどりさんが言う。

「そうなんだ。お葬式行ったんだけどね。お棺が玄関を出るときに、急に暗くなったと思ったら、玄関のわきの木が、ゴーと風に巻かれて、大粒の雨がバラバラって落ちてきたんだ。それまでなんともなかったんだよ。その一瞬だけ。赤ちゃんおいていけないよね、ってみんなひそひそ言ってた」

「ウウ。鳥肌立っちゃった」

みち子さんが言う。

「おれは、今まで、それでうまくいかなくなるのかと思ってた」

「そうかもしれないわね」

みどりさんが言う。

「夜仲良くしてると、黒い影が部屋の隅にもやもやっとでてきたりして」

と、みち子さんが言う。そして、

「おお、怖、怖」

とひとり怖がる。

「その同僚も、奥さんは、死ぬ前に、再婚して幸せになって、と言い言いしてたって言ってたけど、やっぱり、なかなかね」

「口ではそう言っても、愛してるとやっぱりだめなのよ」

みどりさんが言う。

「それは、男も同じだよ多分」

「でも、男の幽霊ってあんまりいないでしょ。男の人はあっさっりしてるのよ」

みち子さんが言う。

「そうか、確かに男の幽霊ってあんまり聞かないな。奥さんに執着しないだけだったりして」

「男ってそうよ」

みち子さんが言う。

「みどりさんちもそう」

美智子さんの愚痴が出そうなので、亀田さんは、みどりさんに話を振る。

「わたしのところは、会社に出るんじゃない。仕事、仕事で、見ててかわいそう」

「だよなあ。ご時世だから。それで、奥さんはここでお茶のみ」

「いいの。秘め事以外は自由にしていいって言うの」

「いいだんなだよな」

「ほんと。うちなんかまるで逆。あれもだめ、これもだめ。だめだめづくしだったわ」

 みち子さんのいつもの愚痴が出る。

「それは、愛してるからだよ」

と亀田さん。

「違うわよ、わたしのことが憎らしいから文句言ってただけよ」

「そうだわ。そっちが正解だ。愛してたら小言いえないもんね」

 いっぱしの批評家みたいに言う。

「俺なんかどっちの別れにしろ、そうなったら、一人暮らしがいいね」

「亀田さんも。お茶飲み友達がいればいい?」

みどりさんも言う。

「でも、その人も、天国へ行って幸せになってるわよ」

「そうか、魂があるってことは、あの世があるってことだもんな」

「そうよ。こっちでも、あっちでも不幸ってことないわよ」

亀田さんは、とっくに飲み干して、氷だけになったアイスティーのストローを、無意識にすする。

「そうかも」

亀田さんは、あの世が本当にあるような顔になっている。
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