「重力とはなにか」(大栗博司)への手紙2

(以下{ }内は「重力とはなにか」(大栗博司)よりの引用)

                                               著者 高田敞       更新日2012,11,8





問題  質量=動かしにくさ

{そもそも質量とは、物質の「動かしにくさ」にほかなりません。ダンプカーとリヤカーを引っ張ることを想像すればわかるとおり、質量が大きいほど、動かしにくいのです。}

 

考察

確かにその通りです。幼稚園生にもわかります。でも、子供にはそれでいいと思いますが、科学者にもそんなことでいいのでしょうか。

では、この例はどう説明できるでしょう。動いている、ダンプカーとリヤカーを止めるとき、やはりダンプカーの方が止めにくいものです。これは動かしにくさではなく、止めにくさです。これを、「動かしにくさ」ではどのように説明するのでしょうか。

「動かしにくさ」は、ニュートン以前の考え方です。それでは、止まりにくさは説明できません。ニュートンは、慣性の法則を考えて、動かしにくさも、止まりにくさも同じ原理であるということを言っています。

今の科学者の考え方は、質量はヒッグス粒子が物質に与えたということです。その原理は、説明によると、水の中を歩くと水の抵抗で歩きづらい、というのと同じだという説明です。ヒッグス粒子に満ちた空間を物質が動くと、その抵抗で物質が動きづらくなる、これが質量である。すなわち、動かしにくさ=質量である、という説明です。でもこれだと、動かしにくさは生まれても、止まりにくさは生まれません。また、この説明だと、ヒッグス粒子の中を進むと、物質はその抵抗でやがて止まってしまうのじゃないでしょうか。進んでいる船が、エンジンを切ると水の抵抗で止まるように。

そもそも、人が動く時の水の抵抗は、人の運動エネルギーが水を動かすエネルギーに転化するから動きづらくなるのです。同じ原理なら、物質が持っている運動エネルギーがヒッグス粒子を動かすエネルギーに転化されるために物質が動きずらくなるということになりそうです。すると、物質が動く時は必ず運動エネルギーがヒッグス粒子に奪われるということになるので、物質はほっておくと必ず止まってしまいます。ところが、慣性の法則では動いている物質は等速直線運動を続けることになっています。

質量は、運動エネルギーを保存します。これは動かしにくさではありません。水の中を歩くと抵抗があるという仕組みでヒッグス粒子が物質に質量を与えたとするなら、運動エネルギーの法則や慣性の法則も説明できないと思います。

物質の運動は、他からエネルギーが加わらない限り不変であるというのが質量の性質の一つであって、動かしにくさではない気がしますがそのあたりは、どのように考えればいいのでしょうか。

また、ニュートンは、物体は万有引力を持っている、と考えたそうです。アインシュタインは、物体は空間を曲げると考えたということです。それが重力だということだそうです。

物質は引力も持っているということです。また、物質は強い力や、弱い力、電磁気力も持っているということです。
結論
{そもそも質量とは、物質の「動かしにくさ」にほかなりません。}ということですが、それは質量の性質のごくごく一部分にしか過ぎないという気がします。それも本質から大きく外れた表現のような気がします。
 標準理論に矛盾がある。その矛盾をなくすために、物質の質量を0にする必要があった。そのために、物質から、質量だけをなくすことにした。ただなくすのは難しいから、質量を動かしにくさと言い換えて、都合のいい性質だけにして、ヒッグス粒子なるものを、編みだした。そんな気がしますがいかがでしょうか。

平成24年8月13日高田敞