朝、起きると体が変化していた。

よくある、ベタな話。

語り尽くされた物語。

まさかそれが自分になろうとは。

そう。俺の体は・・・・・

体は・・・・



コンコン。
ドアをノックする音がする。

どうしよう。
こんな格好、翡翠に見せたら、卒倒するだろう。

かと言って、この状況からは逃げ道は無いし。

「志貴様。そろそろお時間ですが」

時間もそうだが、それ所じゃないのさ

何度も翡翠がドアをノックする。

分かっているんだ。でも、今は誰とも逢いたくは無い。

失礼します。
そう言って翡翠は俺の考えを粉砕して入ってくる。

志貴君久々のピンチ。

翡翠がベッドに寝ている俺の横まで歩み寄ってくる。

「志貴様。そろそろお起きになりませんと」

翡翠。頼むから今日は勘弁してくれ。

そんな願いも叶わず、翡翠は俺の体を揺すろうと手をかけて、止った。
やっぱり気付くよな、普通は。

翡翠の顔がホントびっくり、な顔になる。
そりゃ、感触がまるで違うもん。
びっくりするなって方が無理さね。

「本当に彼方は志貴様ですか」
固い口調で問う。
勿論正真正銘、純度100パーセント。

「正体を見せなさい。志貴様に寄り付く蟲が」
どうやら翡翠はいつもこの時間に乱入してくる二人と間違えているらしい。

ガバッと毛布が剥がされる。
ううっ。ちょっと寒い

でもって更に翡翠の顔がびっくりになる。
どー説明しよか。

「彼方は誰ですか?志貴様はどこに?」
「いや、翡翠な。これは俺なんよ」
仕方ないのでベッドに胡坐をかいて挨拶する。

「取り敢えずお早う、翡翠」
なんて朝の挨拶をしてみる。

うーんやっぱ違和感あるなあ。
この声には。

「本当に志貴様ですか」
「本当に遠野志貴なんだよ、これが」
「ですが、彼方は「女」ではないですか」

はい。そうなんです。
朝起きたら遠野志貴は男性から、女性になっていました。
お終い。

文字にすると随分簡単だなあ。

「志貴様?お心当たりはありませんか?」
流石にこう言うトラブルに慣れているのかすぐに回復する。

「多分琥珀さんだと思うよ。こういう事するのは他には思いつかないし」
「ええ、十中八九そうだと思いますが」

まーた何か新薬の開発で人体実験をしたんでしょう。
勘弁して下さいよ。

「それで志貴様。完全に女性なのですか」
「うん。もう上から下まで、全部」

ナイスなまでに。出るトコ出てて、引っ込むトコ引っ込んでるし。
我が妹がこれを見たらどう思うだろうか。

秋葉。本当に無いんだな、お前。

そうですか。
翡翠が俺の体を見て呟く。

?心なしか、顔が赤いような。
それでもって、少し息が荒くない?

「翡翠?どうしたの」
そんなに可笑しいのか、腹が立ったのか。
何にしろ俯いている限りに表情は伺えない。

「志貴様、志貴様」
うわ言の様に名前を呼び続ける。

段々ハアハアなんてのも聞こえてきたり。

?翡翠?大丈夫?

「志貴様が女性に。志貴様が・・・ハアハア」
なんか非常にマズイ気がしてきた。
女性になっても七夜の意識が警告を発してる。

もしかして・・・・

「うふふふふ。志貴様。志貴様は何て素晴らしいのでしょう。こんな私の為に
女性になって頂けるなんて」

今まで下を向いていた顔が勢いよく上がる。
その目は。

逝っちゃってました。
はい。壊れた翡翠の目をしていた。

「うふふふふふ。大丈夫ですよ、志貴様。私に全てをお任せ下さい。
痛くなんてさせませんから」

やばい。非常にやばい。
何がやばいって、もう全部がやばい。
翡翠の顔、目、表情、言動全て。怪しげなオーラまで見えたり。

「ちょっと、翡翠。冗談だよね」
「ああ、その怯えた顔、目、表情、仕草。志貴様の全てが私を獣にしていきます」

翡翠が壊れた。
俺がこんなになったって言うだけで十分に不幸なのに翡翠までここまで壊れるなんて。

先生、俺はどこかで間違えたのでしょうか。

「では、志貴様。美味しく頂かせて頂きます」

翡翠って、男性恐怖症だから女性同性愛者なのか。
逆かな。女性同性愛者だから男性恐怖症なのかな。
兎に角、ちと変わった御趣味がおありの様で。



・・・現実逃避終了。

逃避したって現状は変わらないし。

翡翠は今俺に覆い被さる様にしている。
俗に言う「押し倒している」って奴だ。

クスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクス。
怖いよ〜。翡翠がこんなに怖いなんて。
「そう怯えないで下さい。何も本当に食べてしまう訳では無いんですし」
「嗚呼、でも怯えた志貴様のその顔。ハアァ」
ぺろり、と。
自分の唇をなめる。

頼む翡翠、それ以上暴走するな。
俺は18禁を書くつもりは無いぞ。

「志貴様。大人しく諦めて下さい」
仕方ない。
本当はやりたくは無かったが。
そうも言ってられなくなったし。

何と言ってもいきなり乙女のピンチ。


せーの。

「きゃああああああああああああっ!!」

絹を切り裂く様な乙女の悲鳴。
これで下の二人も来てくれるだろう。
解釈は違うだろうけどさ。

どどどどどどどど。
地響きも凄まじく、秋葉が駆けて来るのが分かる。

バン!!
ドアも砕けろと言わんばかりの勢いで秋葉が部屋に突入する。
続いて琥珀さん。

「翡翠。大丈夫!!」
やっぱり。

だけど、今の部屋の状況は。
まず、ベッドの上。

翡翠に押し倒されている俺こと遠野志貴。
その上に乗り、今まさに俺を頂いちゃおうとしていた翡翠。

ドアから入ってきて朝からそんな情事を見てしまった秋葉。
その後ろで何がそんなに可笑しいのか、クスクス笑っている琥珀さん。

「翡翠。何しているの。それにその女性は誰?」
「秋葉様。嫌ですよ。あれは志貴さんで、
今翡翠ちゃんが食べちゃおうとしている所じゃないですか」

琥珀さん。貴方には動揺って言葉は無いんですか。
何でそんなにあっさり状況把握が出来るのです。


しかも一見で女の俺を志貴だと見極められるのですか。
やっぱり仕組んだのは琥珀さんですか。
でなければこんなに早く把握出来ませんよね。

答えて下さい。割烹着の悪魔さん。

当然秋葉は「は?」と言う顔してるし。


「そう。あれは兄さんなの」
静かな口調。
「ハイ。志貴さんなんですよ」
歌う様な返答。


ブワッ

この部屋の温度が急激に下がって行く。

秋葉ガ「略奪」シテイルノダロウ。
まさか、日本でダイアモンドダストが見られるとは思わなかったよ。

「翡翠。即刻兄さんから、離れなさい。今なら地下牢一週間の旅で許してあげるわ」
赤髪の鬼が問う。

「翡翠ちゃん、大人しく言う事聞いてくれたら、
お姉ちゃん特製薬品一週間のお試しで許しますよ〜」
割烹着の悪魔が囁く。

流石にこの面子には勝てないと悟っているらしく、
不承不承俺から離れる。

去り際に「チッ」
なんて舌打ちが聞こえたり聞こえなかったり。

「とりあえず説明するから、3人とも」






「それで、朝起きたら、兄さんの体が女性になっていたと」
呆れた、何て顔で俺を見る。
俺だって、なりたくてなった訳じゃない。

「琥珀。あなた又、兄さんに何か盛ったの?」
「アハハ〜。冗談がキツイですよ。私がそんな事する訳が無いじゃないですか〜」

「作ろうとは思いましたが」
やっぱり。
「でも、難しいんですよ。性別逆転の薬は」
試作しているんですね。そういう事は。

「琥珀でもないとすると。どうしてかしらね」
ソファーに寄り掛かり、秋葉がぼやく。

のはいいんだけど、何で、俺のある一部分から目が離れないんだ?

「兄さん。心当たりはないんですか」
「いい加減、言いにくいわね。不本意ながら、兄さんが男性に戻るまでは、
姉さんと呼ばせて頂きます」
はいはい、どうぞ。どう呼んでもいいですよ。

*今後「遠野志貴」の一人称は「私」となります。

「そんなナレーション入れなくていい」

「前に一度あったと言う「夢オチ」ですかね?」
「じゃあ誰の?」

「兄、じゃ無く、姉さんの?姉さん、そんな趣味が」
「無い。無いと言ったら無い。
大体なんで私がそんな趣味持たないといけない訳?」

「翡翠ちゃんですか?」
「いいえ。確かに先程は取り乱しましたが、その様な趣味は御座いません」
とか言いながら、未だに私を見る目が熱を持っているのはなんで?
頬もうっすら染まっているし。
息も荒いよ。

頼むから翡翠。そんなに秋波送らないで。

「あの」
おずおずと申し出る。
「何ですか、姉さん」

「私に合う洋服が欲しいなあ、何て」
「「「は?」」」


「だって、今までのは全部男物だし。どうせまだ暫くはこのままなんでしょ。
それに、今までの服。きついのよ」

徐々に言葉が女らしくなってきたな。

言われて、秋葉が私を見る。
で、ツイ、と横を向く。

「あは〜。確かに今までに志貴さんの服じゃ、無理ですね〜」

自分の襟口をヒョイと覗き込む。

自分で言うのもなんだけど。
何もしないで谷間が出来るってことは。
ねえ。秋葉?


「この家にある服じゃ、無理ですね」
「琥珀さん達のも?」
「はい。私達も標準並みにありますが、志貴さんには敵いませんよお」
ふむ。そうなのか。

「姉さん。何もこんな時にその様な話題に触れなくとも」
秋葉、髪、真っ赤っ赤だよ。

「そうですね、私の見た所。アルクェイドさんやシエルさんよりも、ないすなばでぃですねえ」
そうなん?

「琥珀。それは人並み以下の私に対する当て付け?」
「そんな事無いですよ。只、この家には志貴さんに合う服が無いですってだけですよ」

秋葉。ゴメンネ。男だった私が人並みはずれたバディになって。

「姉さん。人を憐れむ様な目で見ないで下さい」


「やっほ〜し〜き〜。あっそびっにきたよ〜」
ああ。何だってこんな時に来るのかな。

「あれ?志貴は?で、その女は誰?」
「やは、アルク。おはやう」

「は?誰こいつ?」
こいつ扱いですか。

さて。パターンだと、そろそろ。

「こおおおおおおおのおおおおおお!!!!!!」
・・・・・・・・来た来た。
「不浄者がああああああああああああ!!!!!!」
なんて叫びながら、キチンと窓を開けるのが何か微笑ましい。
アルクは珍しく今日は玄関から入って来ていたり。

「あら、おはようシエル。何しに来たの」
「当然、志貴君とのデートに決まっているじゃないですか」
「あら、残念。その志貴が居ないのよ」
「何を馬鹿な事を。目の前に居るじゃないですか」

え?てな顔をするアルク。

「だって、ホントに居ないよ。いるのはおかしな女が?」
お前、言うに事欠いておかしなはないだろうに。

「この、ナイスなプロポーションを持っている女性こそ。
遠野志貴その人です」
えっへん。

そんな胸張ってえばる事かい、先輩。

「何で、私が志貴だと分かるんですか」
「愚問です」
即答。

「この家には至る所盗聴器を仕掛けさせて頂きました。
ですから、今日の一連の内容はバッチリです」

何でもありなのね。
私のプライバシーって無し?
それから、先輩。それって、犯罪よ。

「知りません。私は法の外に生きる者ですから」
開き直りましたね。

「え〜。本当に志貴なの?」
「本当に志貴なんです」
自分でも信じられないけど。

「志貴って確かに変わってたけどまさかこんな趣味があったなんて」
「断じて違う。私にこんな趣味はない」
「無くても、さほど嫌がってないじゃない」
「あれだけの大騒ぎを経験したしね。もうこの程度じゃ驚かないわ」

アルクはふぅ〜んとか、納得して無い様な曖昧な返事をする。
こっちだって、好きでこんな体になった訳じゃないやい。

「あ。いいトコに来て下さいましたね〜」
ぽん。何て手を打って琥珀さんが話しに加わる。

「なになに〜」
アルク、乗るな。
「何でしょうか?」
先輩も。

「ええ。視ての通り、志貴さんは今、完全に女性になっています。
ですが、困った事にこの家に志貴さんに合った洋服が無いのです。
ですから、ここは、お二人のどちらかに御洋服をお貸し頂けないかと」

言ってる事は一応真っ当なんだけど。
何で、こう笑みが滲み出てるのかな。
気付いてよね、二人とも。

「あ。いい考え。じゃ、私とってくる」
「善は急げです。私も」
あ〜あ。二人とも、行っちゃったよお。

秋葉が何か小言を言う暇も無く。
「琥珀、どう言う事」
「何の事でしょうか」
「とぼけないで。今、あの二人に言った事よ。
何でわざわざあの人たちに用意させるのよ」

それに、琥珀さんはあはは〜と笑い
「何でって、この家に無いからじゃないですか」
「なら、これから買いに行けばいいことでしょ。何だって」

「「ただいま〜」」
タイミングよく二人の到着。
チッ。何て秋葉が舌打ちする。
マア、はしたない。

「えへへ〜。色々持ってきたよ」
「ですが、私のが今の遠野君に合うか」
ちら。
先輩も、そう、秋葉を煽らないで下さいよお。
「じゃあ、志貴さん。れっつお着替え!」
・・・・・いつも思うが、何でこの人はこう言う時にこんなに元気なんだろう。







この三人にあんなトコやこんなトコまで見られてしまって。
ううう。私って、何て不幸。
・・・・・・・・もうお嫁に行けない。



部屋から私達が出て来たのはおよそ一時間後だった。

それまで私は完全にお人形だった。

着せ替え人形ってあ〜しんどかった。


でもって。
今の私は。

やっぱし。
残ってた二人が固まってる。

別に何じゃない格好なんだけど。
黒のYシャツに黒のロングスカート、なんだけど。

かなりきついので、モロに体の線が強調されている。
ボタン吹っ飛ばないかが心配だ。
色んな所の、ね。

自分的感覚では先生に近い格好かも。

うう。やっぱ、動きづらい。
それに足元がスースーするし。

「ねえ、琥珀さん。やっぱり止めようよこの格好。
絶対パンツの方が良いよ」
「駄目です」
きっぱりと断言する。

「折角のこのばでぃを生かさないなんて、罰が当たります!」
そんな罰いらないから。

あ。何か空気が変わった。
この感じ。

翡翠かな。

そう思ってみると。

ビンゴ。

かなりキている。
今にも飛び掛りそう。
お願いだから、理性を持ってね。

「しかし、志貴って凄いよね。私達の服だってギリだし」
「そうですね。本当はやはり買いに行った方が良いかとも思いますが」
ちら。

だからそこで又挑発しないで。

誰か私に平穏な日常を下さい。










最悪な状況の中で何とか均衡を保ちながら、会話が始まる。
ア「やっぱレンじゃないの」

志「レンの所為だとしても、誰の夢かって事が大事なんでしょ。その当人に確認しないと」

シ「ですね。原因は根元から根絶しないと」

秋「では。それは一体誰か。ここでは有力なのは翡翠ですが」

翡「それは冤罪です。確かに疑われる様な事を致しましたが。志貴様の変化については
  私はシロです」

琥「先に言っときますが、私もシロです。先程も言いましたが、その薬はまだ出来ていません。
  なので試薬としても形にもなっていませんので」

琥珀さん。そんなもの作らないで下さい。
でも。
今は早くその薬が欲しい。

ああ。あんびばれんつ

ア「志貴が女になって、一番喜ぶ奴」
何か、その言い方、嫌。
嫌って言うか、イヤラシイ。

秋「姉さんにそういう感情を持ってしかるべきな人物」
志「持ってしかるべきって、それじゃあまるで私がアブノーマルみたいな言い方じゃない」
シ「ある意味遠野君はその様な性癖を持っていると思いますが」

琥「そうですか〜志貴さんはそんな人だったんですね」

翡「志貴様の変体」
なんか、それでも良いような気がするが。

志「翡翠。この場合の変態はこの変態でしょう。仮に私がその様な変態だったとしても
  自分で女性になりたいなんて思っていません」

シ「上手く誤魔化しましたね。ですが」
ひつこいです。先輩。

志「先輩。メシアンのカレーがここにあるんですが」
すぐに飛び付く。

流石カレーマニア。
カレーオタク。
が、只ではあげません。

志「世の中は全てギブアンドテイクですよ」

くっ。なんて、それじゃあ私が悪者みたいじゃないですか。

シ「分かりました。用件を聞きましょう」
志「この話をもうしない事。それだけです」
シ「・・・・・・・・・飲みましょう」
志「交渉成立」


秋「済みました?」
そんな哀れむ様な目で見ないで。

志「翡翠でも、琥珀さんでも、アルクでも、先輩でも、秋葉でも、レンでも当然私でもない」

琥「何だか、犯人は誰だ、みたいですね」

翡「姉さん。そのまんまです。ですが正に犯人は皆の中にいて、疑われず、そして、誰にも怪しまれず
  意外な人物。ここは私の出番でしょうか」

秋「貴方の場合は誰でも犯人にしてしまうでしょ」
秋葉 ナイス。

シ「でも。今のはいいセンですね。怪しまれず、それでいて、普通にいる」





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


・・・・・・・・・・・・・・・・


・・・・・・・




あ。


今どこぞのニュータイプの様にピキーンと来た。

いるじゃない。
それにぴったりの人物が。

今まで思い出せなかったのがその証拠。

間違いない。

犯人は・・・・・













  続く。

ってマジ?




TOPへ    NEXT