微かに「魔」の感じがする。

又何かやって来たのか?
あの事件以来この町も平和になったと言うのに。
騒々しいのはもう勘弁願いたいな。

そんな俺の願いは虚しく。
その感じは徐々に強くなりもう間近に感じる。
何処だ、何処に居る?

その根源を探す。

おそらくこの人ごみの中に居る筈だ。
その「この世の者成らざる者」が。

どいつだ?
相手に感づかれない様にそ知らぬ振りをしながら
待ち行く人を眺める。
こうして疑心暗鬼で見ると、誰もが不審者に見えてしまう。
見付からないならせめて。
奇襲だけは阻止したいな。

ゆっくりとだが、怪しまれない位の速度で歩く。







子供




青年




成人




どれもがそう見えてそうでないかも知れない。
そんな中。

!見つけた。
こいつか。
町の中そいつは悠然と歩いている。
俺に向かって。
いい度胸だ。余程腕に自信があるのか。
それとも只の馬鹿か。

相手も俺に気付いたのか、俺を目指し一直線に向かってくる。
互いが牽制しながらゆっくりと歩を進め
後四・五歩と言う所で立ち止まる。



相手は紳士とでも言うのか?
何と言うか不思議な人間。
髪はしっかり梳かしてあり、身支度もさっぱりしてる。
髪が長くて後ろで縛ってあるのが減点か?
パリッとしたスーツに身を固めた如何にも、と言う風体。
口には火の点いたままの煙草が紫煙を燻らせてる。


「初めましてかな?」
散歩の途中の様な長閑さで相手が俺に話し掛けてくる。

「人違いだったら済まないが。
君は遠野志貴君で宜しいのかね?」
間違いない、さっきからしている嫌な感じはこいつからだ。

「ああ、間違いない。
俺はあんたが探してる遠野志貴だ」
相手が何を考えてるか分からないが、無駄口叩いてる暇なんて無いぞ。

ソッとポケットに入っている七夜を探る。
コツンとした固い感触が指にする。
あるな、ならば。

「まあ、待ち給え。
何も私は君に喧嘩を売りに来たんではないのだよ」
苦笑いをしながら手を前に出し、制す。

何だと?
では、一体お前らが俺に何の用だ?

「昔の馴染みに頼まれてね。
君に忠告に来たんだよ。
君の周りで起き始めてる事について。
そして、これから君が遭遇する事について」




























矢鱈と目立つ建物の前まで歩いて来る。
流石にデカいね、こいつは。
多少昔の記憶とは違うが、それでも建ってる位置は間違い無い。
あんな昔からずっと建ち続けている。
万魔殿(パンデモンニウム)か。

誰かがココをそんな風に言ってたな?
誰だっけかな?
忘れた。
何せ大昔の事だしな。


グルリと屋敷の周りを一周して見る。
フムフム。
大きさは昔からすれば多少小さくなったか?


それでもチラリと傍に建ってる家々を眺める。


あれが世間一般での標準サイズの家って奴だろうさ。
それに比べれば。

「かなりデカいぞ、未だに」
コレに未だに人が住んでるなんてな。
この国はつくづく変わってる。



さーて、それじゃ。
どうやって侵入しますかな。



取り敢えずは。
正面には大きな門が。
その周りには屋敷を囲む様にそびえ立つ外壁。
更にその内に繁る木々。
運良く飛び越えても屋敷までは結構な距離があるんだろ。

それに侵入者をむざむざ見逃す訳もあるまい。
この一族はそう言う手抜かりはなかったしな。
散々痛め付けられたしな、それで。




昔の記憶はいいや。
それはそれ、これはこれだ。

ま。
波風立てずに真正面から行きましょう。









正面玄関に回る。
そこには民族衣装を着た女の子が一心不乱に掃除をしてる。

こんな広い屋敷でこの娘一人が庭の掃除をしてるのか?
真逆、な。
今は只、屋敷の中に居るのだろう。

その娘にひとまず声でも掛けますか。

「失礼ですが」
かなり遠いが聞こえたみたいだ。
俺の声に気が付き、和製モップを持ったまま
こちらに小走りで駆けて来る。


「ハイ。何用ですか?」
アンバーに染まった瞳で俺を見詰める。
その瞳には、相手を誰何する色が浮かんでる。
それだけでも無い様だが。

「ああ、お仕事中申し訳無いです。私、この様な者でして」
と。
作って置いた名刺などを見せる。

民族衣装のメイドは俺の名詞をまじまじと裏表ジックリと見る。
そんなにおかしかったか?

「ははぁ。風俗学、ですか?」

「ええ。その土地土地の民族、風俗などを主に専攻しておりまして」
にこやかに営業スマイルを繰り出す。
相手に不信感を抱かせてはいけないしな。
相手は名詞と俺を代わる代わるに見比べると。

「それでその方が何用でしょうか?」

「ええ、昔の知人からこの屋敷を紹介されまして。
この学問をするならここが一番適していると」

一応嘘じゃないぞ。
この屋敷、と言うか。
住んでる人間は昔から良く知ってるしな。

「そうですか、暫くお待ち頂けますか?その旨を確認してきますので」

「ええ、一向に構いませんよ」
ニコリと笑い、了解する。

その民族衣装のメイドはタッタッタと小走りで屋敷に戻って行った。
では暫くお待ちさせて頂きましょう。
今でもこの屋敷に俺を知ってる者がいるとは思えないが?
昔の手帳なり言い伝えでも残ってるなら話は別だが。

暇になったので懐から煙草を出して一つ吸い始める。
火を付けて紫煙を燻らせる。
まぁでっかい屋敷だから、何かと手続きとか煩雑だろうし。
かなり待たされるだろうなぁ。
帽子を脱ぎ、ポリポリと頭をかく。




紫煙は空に吸い込まれて行く。
いつもこんなに空が綺麗なら文句も無いのだが。
如何せん、最近の空は汚い。
大地を穢し、空を蹂躙し。
君たち人は一体何処に行こうと言うのかね。


フト。
昔に聞いたそんな一節が思い浮かぶ。
ここ最近矢鱈と昔の事ばかり思い出すな、俺。
何かこの国にはそんな思いに駆られるものがあるのか?



「お待たせ致しました」
不意に背後から先程のメイドが声を掛けてくる。
おんや?
随分と早いね。
もう少し掛かると踏んでいたのだが。
了解の旨を伝え、吸っていた煙草を瞬時に燃やす。



「秋葉様がお会いになるそうです。
私の後を付いて来て下さい」
秋葉?
女性か、今の当主は。

何とも様変わりしたな。
代々男性が立っていたものだが。
それ程人材が居なくなったのか、ここは。

先導されて屋敷の中を歩きながらそんな事を考える。
そう言や。
この娘以外には他のメイドは見ないな。
真逆、この屋敷、本当にこのメイドのみなのか?


「さ。ここです。この中にいらっしゃいます」
かちゃり、と。
そのメイドが一つの扉を開ける。
俺もソレに従い。
中にお邪魔させて貰う。

中は。
流石は金持ち。
かなり「高級」な品々が見事な配置で飾られている。
かなりセンスいいな。
でも。
この中に俺の目的である「書物」は無いな。
それ専用の部屋があるのか。

そして中には
ソファーにゆったりと座りながら足を組んでいる女性。
紅茶を飲んでる姿がとても優雅だ。

ははぁ、ん。
この娘が今の当主ね。


「初めまして。私、ルーク・ダイアモンドと言います。
以後お見知り置きを」
にこやかに先程と同じく名刺を差し出す。

「初めまして。
遠方よりのお客様。
私がこの遠野家の現在の当主であります、遠野秋葉です」
立ち上がり、会釈をしながら俺の名刺を受け取る。
そしてその名刺をチラリと見ると。

「風俗学、ですか。
生憎ここにそれに合う物がありますかどうか」
そう言って俺に座る様に促す。
俺も、それに大人しく従う。

座った瞬間。
体が沈み込む。
すんごくいいソファーだな。
歩いて来た絨毯と言い。
無駄な所に金掛けてるな、それがこの国の金持ちのする事か?


「そうですか。ですが一度拝見させて頂いて宜しいですか?」
あくまでこっちもスマイルは崩さずに。
相手を怒らせたら身も蓋も無いからな。

だが。
当主である彼女の一言がそれを否定する。

「お止めになった方が宜しいかと思いますわ。
ここには昔からのものは殆ど残っておりません。
私がこの座に就いた際にそれらは破棄してしまいましたから」
何て勿体無い事を。
残ってればかなりの額になったぞ、ここの蔵書。
そうですか。
だから俺みたいな奴でもこう簡単に侵入出来た訳ね。
もう少し、厳重にした方がいいぞ。
何かと厄介事多そうなんだしさ。

「そうですか」
幾分落胆した風に言葉を返す。
そう言う振りだけでもしないとな。
それは建前だけど。

「では貴方様から少しお話を聞かせては頂けませんか?
お時間は左程取らせませんし」

「残念ですが。
私もそう時間がある訳でも無いので。
そうですね、ホンの小一時間なら、宜しいですわ」

何だか、矢鱈と偉そうな小娘だな。
泣かすぞ、この野郎。

「そうですか。お心遣い感謝致します」
そんな事は微塵も見せず。

では会談に入らせてもらおう。
「では、まず始めに。
この家では女性の方が当主になられるのですか?」
当たり障りの無い質問から投げて見ますか。

が。
あからさまに眉が吊り上る。
あら、コレは地雷を踏んだか?


「何かおかしい事ありますか?私がこの家の当主である事が?」

かなりご機嫌斜めになってくれたな。
俺を見る目がかなりきついぞ。
勿体無い。
折角美人に分類されるんだし。
一々怒ってると、台無しだぜ。

「イエ、そんな事は言いません。
只、この家の事を聞いた時に当主は男性と伺ったものでして」

「それは私の父までです。今は私が継いでいますから」

凛としたお答えが返される。
流石に一族を束ねているだけあって。
対応はしっかりしてるなぁ。
ここまでなるには結構辛い目にもあったんだろうな。
青春真っ盛りの女の子がねぇ。


「気分を害されたのでしたら申し訳御座いません。
その様な意味で言ったのでは無いのです」
謝っておきますか。
これ以上話を拗らす事も無いでしょ。


当主である秋葉嬢は一回髪をかき上げると。
チラリと俺の顔を見る。

「それで、一体何の用ですか?
お互い言いたい事を隠しながらお話しても
いい結果にはならないと思いますが?」

さっきとは質の違う冷たい眼で俺を見る。
おっと。
見抜かれたか?

「この家には貴方が欲している様なものはありませんよ?
それとも別の何かが欲しいのですか?
金銭的な要求では無い様ですが」


そっちですか。
別に俺は金には困ってないぞ。
そんなもん無くたって、生きて行けるしな。

「ああ、私は別に物乞いではありませんよ?
何か勘違いをなさっていませんか?
私は純粋に知的欲求でこの屋敷を訪れたのであって」

「そうでしょうか?
私には何か別の用があった様に思えるのですが?」

「そんな事はありません。考え過ぎですよ」

そう言っても信じて貰え無そうだな。
とことん否定的な態度で俺に接する。
仕方ないか。
俺も嘘付いてこの屋敷に入った訳だし。
でも。
目的の人物はいないようだし。
ここは退散しますかな。


「貴方、何者ですか?」
今度は誰何する様な。
イヤ
違うな。
尋問する様な声色。

「何者、と言われましても。
只の物好きですよ。
研究に没頭してる、世捨て人みたいなものですが」
あくまでこっちの正体を知られない様なスタンスで。

「私の前で余り嘘は仰らない方が宜しいですよ。
世捨て人は合っているようですが。
研究とかそんなものは真っ赤な嘘ですね」
ばれましたか。
あからさま過ぎたかな?これ?
う〜ん。
じゃこれからはもう少し捻った物を考えよう。
何がいいかな?


「ハッキリと言えない様な方なのですか?
それとも、何か隠さないといけないような身分とでも?」
少し皮肉の混じった言い草。
隠さないといけない身分ねぇ。
まぁ、世間からは隠れないといけない身分ではあるわな。
大手を振って歩いていい身分じゃない事は確かだ。
そちらと違って俺は「死んで」るし。


「じゃ、お聞きしますが。
貴女から見て私はどう見えますか?
人ですか?それとも別のモノに見えますか?」
幾分、きつめに言い返してみる。

それには
うっ、と唸って黙ってしまった。

「貴方、一体何者ですか?」
先程と同じ問いが返って来る。

あ。
何か空気が変わった。
こう張り詰めていくと言うか、殺伐として行くと言うか。
殺気が少しずつ出て来てるぞ。
フム。
それなりにいいものは持ってるな。
かなり荒削りだが、磨けばかなりのモン。

「さて。
何者ですかね?貴女と同じですかね?
それとも貴女たちを狩る者ですかね?」
ニヤリと不敵に笑う。
それに今度はハッキリと敵対心を剥き出しにする。


目の色が変わった。


「貴方。退魔の者ですか?」
声が震えてる。

もしかして、七夜?
小声でそんな単語が聞こえる。

七夜?
ああ、彼の旧姓か。
今は滅んだ退魔の部族か。
彼らとも何度か矛を交えたな。

「この場合は残念ながらと言うのかな?
私は彼らに狩られる方さ。君と同じくね。
だが。
活動年数は君の何百倍もあるが」

「吸血鬼、ですか。
アルクェイドさんと同じく」
彼女も知ってるのか、有名人だな。

「彼女とは系統が違う。
彼女は真祖と呼ばれる者。私は死徒と呼ばれている者だ。
君の知り合いだと、そうだね。シエルなどがそうかな?」

彼女は望まないがその身を堕とした者だったな。
その時はエレイシアとか言ったかな。
今の彼女とも面識はあるが。
その前の彼女とも何回かはお目にかかってるしな。


「それで。
その死徒と言う人がここに何の用ですか?」

「昔を思い出してね。
ここの人とは昔から何かと縁があってね。
それに、もう一人会いたい人もいたしな」

二人が息を呑むのが聞こえる。
悟ったか、俺の目的。
今はその人物はいないみたいだが。
このまま待たせて貰ってもな。

「兄さんに何の用ですか?」
かなり冷たい、きつい口調。
敵意がアリアリと感じるぞ。

『私の兄さんにもしもがあったら……』
と言う心が手に取る様に分かる。

「安心しろよ、危害は加えないつもりだから」
それでも俺を見る目はきついし、冷徹だ。
後ろに控えてるメイドも何事かとこちらを見ている。
傍目にはニコニコ笑ってるが、胸の内はどうかな?
随分と己を隠すのが巧いが、動揺が透けて見えるぞ。

「彼に少し話があってね。
それで昨日、彼の知り合いにもあって来たし」

「その人達って言うのは?」

彼女の言葉が終わるか否や。
けたたましい激音がして、窓のガラスが砕け散る。




「チィッ」
思わず舌打ちがもれる。
聖職者としてははしたないとは思うが。
流石に奇襲を喰らってはそれも仕方ない、と自分に言い訳する。
路地を駆け抜け様、横に黒鍵を投げ付ける。

私を追って来ていた鴉はそれに貫かれて溶けて、消える。
だが、続けて二陣、三陣と、鴉の大群が空から襲い掛かって来る。
壁を駆け上がり、屋上に飛び降り、電線を奔る。
少しでも被害の少ない場所に行ってからでないと。
結界も張れない。
もう少し時間が欲しい。

「全く次から次へと」
手に持った黒鍵を振るい、そのまま四方八方に投げ付ける。
雲霞の如くに群がる鴉には余り効果は無いが、それでも。

「少し焦り過ぎじゃないですか?」
漸く公園にまで出て立ち止まる。
チャッと、黒鍵を構え直す。
あるのは虚空と、異様な空気。

そして
獣の腐臭。

「復活したのは聞いていますからね。
何れコレは予測していましたが、こんなに早いとは」
誰とはなしに話し掛ける。
それでも、ここにいるのは間違い無い。

「出て来なさい、混沌」


「久しいな」
何処からともなく、男の声がする。
当然この路地裏に人はいない。
それに、この声を聞き忘れる程月日が経っている訳でもない。
体が緊張して行く。

「ええ、久し振りね、混沌。
真逆本当に甦ったとは思わなかったわ」


「我は混沌。
例え肉体が滅びようとも欠片一つ残っていればそこから甦る。
故に混沌とも呼ばれよう」

黒い闇から浮かび上がるは正に混沌。
私の記憶通りの姿をした混沌がそこに立っている。
と言う事は、実力も同じ。
そう考えていいだろう。

「随分と生汚くなったわね、貴方も。
それともまだこの世に未練でもあったの?」

しかし混沌はぴくりと眉を動かすのみで。
「未練など無い。
我が甦ったは我なりの打算ゆえ」

「そう。でも残念ね、ここで私にあったらその計算も
全くの無意味よ?」

ざり。
靴底が砂を噛む。
混沌も姿を完全に現し、体内から取り込んだ獣を繰り出す。

「自惚れるな、真祖の姫。
貴様で計算出来うる程、我の計算は単純ではない。
まぁ、よい。
少しばかり腹も減った。
ここで食事をさせて貰おう。
真祖と言う稀に見る馳走でな」

その言葉通り。
体内から夥しい数の鴉、蛇、鹿等様々な獣の群れ。
それらが真っ直ぐに私に向かって襲い掛かる。

でも。
甘いわ。
それら獣を爪の一薙ぎで土へと還す。
ウン、絶好調。
体調も戻って来てる。
コレなら、負けない。

「どうしたの?この程度では私を食せはしないわよ」
一気に獣を蹴散らして混沌を肉薄にする。
一足飛びに飛んで、懐に潜り込む。
そのまま、大きく振り被り。
消し飛べとばかりに振り下ろす。

「あら?」
フと、目の前から消えた混沌を探す。

「流石は姫。コレは我の方が分が悪そうだな」
背後の回り込んだ、混沌が笑う。

「逃げてばっかりじゃ私には勝てないわよ」
すぐに向き直り、腕が空を薙ぐ。
真空波が巻き起こり、混沌目掛け飛んで行く。

「行け」
又も土となりその場から消え。
その場所から上空に鴉を飛ばす。
上空からの鴉を避けつつ本体を探す。

「そこ!」
気配のした場所に真空波を飛ばす。
姿を現した混沌にヒットするが、ズルリ、とその姿は又も土に還る。

「無駄だ、我は混沌。
我を滅ぼす事は何人なりとも出来ぬ。
彼の少年でも連れてこない限りはな」
黒い影のようなモヤから声が。

「志貴の手を借りなくてもここで完璧に潰して上げるわ」
殺気を隠そうともせずに混沌にぶつける。
拳を固く握り締めて、今度こそ外さない。
しかし混沌はその決意すら笑う。
まるで全てが無意味だとでも言うかの様に。


目の前で混沌から繰り出される獣たちが一斉に
消えて行く。
純粋にそれを凄いと感じる。
無限とも言える獣を相手に全く動じた風が無い。
幾多の死線を越えて来た自分でも感心してしまう。

「フム。
多少腕が鈍ったな。
この程度の輩にコレを使うなんて」
そんな事を言いながら彼はその場から一歩も動いてはいない。

そう。
彼は手に持った煙草一つで奇襲してきた混沌と互角に戦っている。
彼の吸っていた煙草が虚空に何か文字でも書く様にユラユラと動く。
その文字が光るのと同時に獣たちは一瞬で消えてしまう。


なんだろう。
何か魔法か何かなんだろうか?
不思議なものはかなり見て来た筈の自分でもコレは流石に驚いた。

「貴様、どくがいい。
我の目的はその後ろにいる少年のみ。貴様には用は無い」

「そうは行かないのさ」
プカリと煙草を吹かして、笑う。

「昔の友人との約束でね。
彼を守ると言うのが今回の約だ。
その為に私は今ここにいる、だから君こそ引き給え。
でないと、今度こそ完全にこの世から消滅してしまう」

吸っていた煙草が無くなり、新しい煙草を懐中から取り出す。
それを好機とばかりに混沌が総攻撃を仕掛ける。

「愚かな。
他人からの好意は受けて置くべきだよ、混沌」
何も持っていない筈の指先にポゥと火が灯る。
指先に灯った炎が先程と同じく空に文字を印す。

「やれやれ。
学者先生にしては随分杜撰な攻撃だね」
総攻撃をその文字一つで消し飛ばして、彼が呟く。
俺ですらアレを全部「殺す」となるとかなり骨の折れる仕事だろう。
それをたった一文字でやり遂げるなんて。
この人、一体何者だ?


「どうやら。
混沌は
ここで私たちを足止めするのが本来の目的だったみたいだね。
中々にいい作戦だ。
そして決戦の地は?」

クルリと振り向いた彼が俺に問う。
それを聞きハッと気付く。

真逆、こいつ。
そして彼は俺の考えが正解と言う様に頷く。
ぎりり、と無意識に歯噛みする。
冗談じゃ無いぞ。
そんな事させてたまるか。

だが、今から走って間に合うか?
無事でいてくれているか?
不安のみが頭の中を駆け巡る。

「志貴君」
鋭い言葉が降り注ぐ。


「悩むのは後でいい筈。
今君がしなくてはいけないのは何かね?
ここは私に任せて早く行き給え。
それが私の役、彼と交わした約」
鋭い言葉と同じく、鋭い眼差し。
動揺していた心が落ち着く。
代わりに自分の役割を再認識する。

俺の出来る事。
それは、今直ぐに屋敷に戻る事。
済みません。
一回頭を下げ、即座に屋敷に向かって走り出す。

「行かすか」
混沌が俺に向かって鴉を吐き出す。

「そうは行かないのだよ」
直ぐに反応し、上空の鴉目掛けて文字が飛ぶ。
文字が重なるのと同じく。
上空の鴉は、文字の発光と共にこの世から消滅する。

「無駄だよ、混沌。
君は大人しくそこで囮として私たちを足止めしていなさい。
どうせ、君の本体は今ここにはいないのだろうしね。
いや?
君はどれを取っても君なのか。
ならば今ここにいる君も本物なのかな?」

そんな事を呟きながら素早く煙草の火で文字を描き続ける。
その文字に飲み込まれる様に獣は次々と姿を消して行く。


鉛色に濁った空を紅の瞳で眺めつつ
この国で神と称せられる妖しの王が
彼の向かった先にいる友に呼びかける。
「さぁ。
私は約束を果たした。
今度は君の番だよ、闇影」

























NEXTSTORY
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月詠:ハイ、そう言う事で目出度く三話目です。
ルーク:よく続くな、これ。てっきり立ち消えるかと思ってたけど。
秋葉:そうですね。ですがそれでは私の出番がありません。
月詠:そやね。一応書き続ける意思はあるさね。
琥珀:秋葉様はいいですよ。私なんてホントに只のメイドですよ?
ルーク:お。和製メイド参上。
秋葉:貴女こそまだいいわよ。翡翠なんて名前も出てないのよ?
月詠:今回は一応ワザとらしく伏線張りまくりってみました。
琥珀:ワザとらし過ぎですよ。誰が見たって直ぐに分かります。
秋葉:しかも、途中で人物が目まぐるしく代わり過ぎるし。
ルーク:それは意図的。同時刻での事件という事で。
月詠:これも賭けではありましたが。読んで理解して下さいとしか。
秋葉:なんて無責任。
ルーク:更に途中で俺と奴がごっちゃになってねぇか?
秋葉:あ、あの叔父様?なりませんよ、全然違いますもの。
琥珀:そうですねぇ。姿は似てますが、口調がまったく。
月詠:それはそうでしょ。お互い本来は逢う筈の無い人物だし。
ルーク:奴とは因縁浅からぬ仲だしな。手ぇ組んだり、殺し合ったり。
秋葉:それって仲が良いのかしら?
琥珀:今の所、停戦協定を結んでるって所ですか。
月詠:同じ種族同士何かとあったんでしょ。近親憎悪みたいな。
ルーク:似たモン同士だしな。奴にあの文字教えたのは俺だし。
秋葉:やっぱりあれって魔法?
琥珀:でしょうね。でないとあんな事説明付きません。
月詠:こいつは魔法と言うかその手のモノを覚えております。
琥珀:では書かれた文字は梵字ですか?
秋葉:この国の文字となるとそうかしら?
ルーク:さてな。それは奴が独自に編み出したものだろ?
月詠:おまぃは呪文で発動するんだろ?
秋葉:みたいですね。
琥珀:それに気になってたのが、あの剣の乱舞。あれってシエルさんの専売特許じゃ?
ルーク:ん?それはちゃうで。アレは俺が前に教えた。
月詠:一応この世界ではそうなっています。
秋葉:では先輩は貴方からあの技を伝授された、と。
ルーク:正確には俺を追い掛けて来たあの小娘にお見舞いした。
琥珀:そこは転んでも只では起きないシエルさん。しっかりと自分流にアレンジしたと。
月詠:ここではね。公式ではないので信じないで下さいね。
秋葉:元は狩人だった貴方ならでは技ですものね。
ルーク:そ。ナイフの連投位出来ないと生きていけない。
琥珀:次回はいよいよ屋敷でのバトルですか?
月詠:なるね。果たして志貴は間に合うのか、秋葉は?ヒスコハは?
秋葉:私なら心配無用ですわ、兄さん。この檻髪で……
ルーク:そう巧く行くかな?君は戦闘には向いていないからな。
琥珀:流石。何度もこの一族と戦った事のある人の言葉。
月詠:次回はバトルオンリーとまでは行きませんが、主体になります。
秋葉:どうぞ、次回もご期待下さい。
ルーク:じゃ、次回まで。アバヨ。
琥珀:ここまで読んで下さいまして有難う御座いました。
月詠:それでは又次回のここでお会いしましょう。

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