ジャスミンの風

                                         
                                           
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私への当校からの要請内容は 土木工学科のInstructor Advisorとして @ クメール人教師の訓練および技能向上をはかる A 生徒に対して技能訓練を
する B 各種実習の運営および指導をする といたって抽象的な表現になっており、現実のマスタープランとしては 3ケ月(4〜6月)ほどをかけて 現状の講
義内容、測量実習やレンガ積み実習・設計製図実習や各種試験内容等を参観したりC/P達と協議したりして授業状況を把握することにした。数回参観し
たが、思っていたより活発にやりとりをしている(さすがに女生徒は真面目で 教室ではどのクラスでも最前列の真ん中に陣取っている)。さらに当国の建設
事業に対する法制度・準拠基準等の整備状況および当国の建設業界(施工・コンサルを含めて)の実態を日本のゼネコンの所長や当地建設会社の経営
者等にヒアリングした。国際入札が通例で ベトナム・マレーシア・中国等のゼネコンが落札することがほとんどであって、数に限りがあり 決して技術水準
が高いとは言えない当国の業者の競争意識は希薄で、レンガ積み工事やタイル張り工事等の専門工事業者として下請け以下に甘んじている由。なお
当国には地震が無いということで、耐震設計はなされていない(壁はレンガを積み上げるだけ)、安全規則・構造規定等の法制度はこの国独自のものは無
く 旧宗主国フランスのものが一応存在するが、それらの遵守および罰則規定等は無く いわば野放しの状態である、そこで 設計基準・施工規定等は落札
した業者の国の法制度を準用することになる、また建設材料については、当国で供給出来るのは 川砂・砕石・木材・レンガのみで、セメント・鉄筋・鉄骨・タ
イル他の内装材等は全てタイ・ベトナムを初めとする国外からの輸入に頼っている、なお 生コン工場やアスファルト合材プラントもプノンペン等に数社あ
るのみで、それらもすべて外国企業に独占されている状況である、等の情報を得た。
また当校卒業生の技術水準は高くなく、世間の評価も低い。受け入れ先(民間企業)が極端に少ないこともあって、就職の機会も少ないのが現状である。


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このような現況を踏まえて 技術指導として 講義・測量実習・設計製図実習・レンガ積みやタイル張り等の実習および各種試験については今年度のカリキ
ュラムが既に進められているので 今の状況を見守り、気がついたことがあれば その都度C/P他と協議してアドバイスすることにした。そこで建設工事で
一番土台となる「地盤」に関する指導(技術移転)を重点的に取り入れることを提案した。例えばカンボディアの地盤特性情報(熱帯地方特有のラテライト・
河川氾濫原堆積土他に関する)や地形・地質図等を収集して教示するとともに、それらに対する地盤調査手法や土質試験およびそれらの結果の活用法
他を技術指導する(実習・マニュアル整備も含めて) 等。またクメール人の心の拠りどころと言われるアンコール遺跡群のある地域の地盤状況や土性・石
積みの産出元や特質(風化等に対する)・運搬方法・石積み技法他の資料を入手して教示する 等も取り入れる予定。なお 必要に応じて簡便な地盤調査
機器他を導入して、実習に供することも考える。試験室については ADBから供与された試験器具が一通りあるが、マニュアル(使用説明書)が無かったり
部品が不足していたりするためほとんど使われていない。特に 土質試験の器具およびマニュアルの整備・充実をはかり、一通りの試験実習ができるよう
にする。以上のマスタースケジュールを整理して校長に提示し説明したところ 同意を得ることができ、JICAに提出した(なかなかこの通りにはいかないで
しょうが)。なお 全てクメール語で書かれた授業時間割には土木の専門科目以外に「数学」「物理」「電気」とか「道徳」「文化」とかと書いてあるらしく、「体
育」の時間には嬉々としてハダシでサッカーに興じている生徒達をいつも見かける。

体育の時間でサッカーに興じる生徒達(後方に見えるの電気・電子の実験棟)

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現実の動きとしては、クメール人は掃除をしたり整理をしたりする習慣が希薄なようなので(あるいは教師達はこのような作業は自分たちのやることでは
ないと思っているのか)、買ったばかりの大きな白板に赤マーカーで「Keep clean !!」と書いて常に目につくようにしておき、かつ当番を決めて毎日執務室内
の掃除をすることにした。またお互いのコミュニケーションをよくするために 彼らの都合を聞いて毎週水曜日の11時から30分程度 定例ミーティングを開
くことにした。出席者は5,6人で お互いの自己紹介から始めて、彼らの我々に対する要望やJICAの供与基本方針(ボランティアとしての人材派遣が目的
で、金や物ではない)の伝達やら当方のマスタースケジュールの具体的な説明やら、なんでも話し合って少しでも授業のレベルを上げていこうということで、
どうにか意思疎通は出来ている模様。この定例ミーティングは校長もいいことだと大賛成してくれた。ずっと続けていきたい。


(8)
7月1日、意を決していよいよ直接生徒への授業(?)を開始した。土木工学科なので、NHKで一昨年放映された「プロジェクトX;戦場にかける橋」(当時日本
橋と呼ばれていたトンレサップ川に架かる唯一の橋げたがポルポト率いるクメール・ルージュに破壊され、それを日本政府の援助で10年前に日本の建
設業者が現地の兵士を労働者として雇って=技術者はほとんどクメール・ルージュによって処刑されて居なくなってしまったため=工事を始めるが、種々の
脅しや誤解等に悩まされながらも復旧していく過程を描いたもの)のビデオをVCDに変換してパソコンで見せることにした。それにMPWTの担当者やビデ
オにも登場する建設業者の所長・当地の建設業者の経営者等から借りてきた設計竣工図・地盤調査報告書・工事写真集等や、当国での建設業界の現
状をヒアリングしたものをもとに説明用教材を作って、合間合間に説明を試みた。 1時間半ほどの授業で クメール語混じりの英語でしゃべったところ、当
日は最上級クラス(出席者は女生徒1名を含めて11名)だったので、なんとかフィーリングは分かってくれたよう。この橋は当地の1,000リエル紙幣(約0.25$)
の図柄にもなっている。一番最初にこの1,000リエル紙幣を取り出して生徒達に橋の図柄を見せ、「これは何か知っているか?」ということから話をきり出
した。終ったあと全員に 何でもいいから感想文を書いて欲しいと言って紙を配り、無記名で提出してもらった。集めてみると全てクメール語だったので、
内容は全く不明。担当の教師は用件があるからとのことで 途中で帰ってしまったので、その時には何が書いてあるのか生徒たちの反応は分からなかっ
た。奨学金クラスは合計5クラスあるので 5日まで毎日一回ずつ実施。最初の日は少し緊張したが、2日目以降は雰囲気が分かって来たのでクメール語
で冗談を言う余裕も出てきた。こちらがしゃべると 顔を向けて熱心に聴いてくれ、ノートをとる生徒もいる。たまに「あの兵士は雇われているのになぜ雇い
主に銃を向けるのか?」とか「画面に出て来るあの橋の設計者の名前は何というのか?」等と質問してくる。またときには教師たちがこちらの英語の説明
を同時通訳的にクメール語で生徒に翻訳してくれ、その逆もあったりで助かった面もあった。2日目のDiploma1年生クラスの時は盛況で21名も集まり、唯
一人の女生徒は全校生のなかで一番かわいいと評判の子で(私はミス土木と呼んでいる)、帰る時「サンキュー」と言った返事に思わず「オークン・チラウン
(クメール語でドウモアリガトウ)」と答えてしまった。結局5クラスで合計59名の生徒の参加があった。2日目以降の感想文の一部は英語でも書いてあり、
「日本政府と困難に立ち向かった日本の技術者に感謝したい」とかいうのが多かったが、彼らは作文は苦手らしく こちらが説明し白板に書いたことをその
まま写しているのも数枚あった。中には「あの橋がこういう状況で復旧されたのが始めて分かった。我々クメール人はこのことをいつまでも忘れないよう
にしなければ---」とか「来週もこのような授業を続けて欲しい」という文面もあり、それなりの反応はあったようでホッとした。ある日VCD上映の最中に校長
がひょこっと顔を出したので、説明用の教材を見せて 一方的にしゃべるだけの授業よりも映像を見せたほうが印象に残り 土木に興味を持てるのじゃな
いか と説明したところ、それは良いことだ とうなずいていた。最後の日には何処で聞きつけたのか民間会社に勤めていてめったに顔を出さない教師か
ら、「VCDと説明用資料をコピーしたいので貸して欲しい」という申し出があり、喜んで応じた。時間と手間をかけて作った教材が報われたという感じだっ
た。また口コミで伝わったのか プライベートクラスの生徒たちも授業を希望しているという情報があり、出来るだけ応じる予定にしている。手始めの仕事
(?)としては相当の反応があり、うれしかった。次回の教材を考えなければ---。もう一本「プロジェクトX;アンコールワット修復にかける石工」のビデオがあ
るので、石積み手法や産地・石材の材質(風化等に対する)・運搬方法他の資料を収集して、同じようにVCDを含めた教材を作ることを土木の授業の一環
として予定している。



VCDの授業後 試験室の前で生徒
(最下級生)と




                                         
                                           


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