現在、交通博物館がある東京都千代田区神田須田町1-25には60年以上もの昔に万世橋という駅がありました。
現在の交通博物館はその基礎を利用して現在に至っていますが同館が2006年5月14日を以て閉館されることが決まり、そのキャンペーンの一環として旧万世橋駅の階段やホームが4月28日まで公開されています。
今回は2月18日にその模様を取材しましたので公開させていただきます。
参加者に渡される入場パスです。
参加者が最初に通される場所です。
レンガ造りのアーチが歴史を感じさせます。
正面スクリーンでは万世橋駅の歴史と交通博物館の過ごしてきた歳月が感じられます
60年以上の年月を経て未だに残っている旧万世橋駅のホームに続く階段です。
見学コースのクライマックスの旧万世橋駅のホーム跡地です。
安全確保のために四方をアクリルで囲まれたところからの撮影です。
中央線を利用されたことのある方なら神田周辺から見えるホームみたいなものが記憶にあると思います。
それがこの旧万世橋駅のホーム跡なんです。
このホームが短く感じるのは当時の列車の編成が短かったからだそうです。
旧万世橋駅のホームに続く階段です。
滑り止めを外した跡が生々しく残っております。
これは第2次大戦中に金属を供出したためでその時代をすごしてきたこの遺構が現実のものであることを証明する歴史的な証拠です。
最盛期の万世橋駅を再現した模型です。
設計は辰野金吾氏によるものです。
同氏はのちに東京駅を設計したことでも有名な建築家です。
万世橋駅前に展示された日露戦争の英雄 広瀬中佐の像の再現模型です。
戦後GHQによって昭和22年に撤去されるまでこの駅頭に飾られた軍神の像でした。
切符入れ(左)と改札バサミ(右)
今は自動改札と発券機にとって変わりましたが私が子供のころまでこういったものが活躍していました。
すでに日本の鉄道を支えた過去の遺跡になるんですかね・・・。
中央線ガード下の看板
この文字もおそらく5月14日の閉館後は消える運命にあると思われます。

万世橋駅について

1912(明治45)年に開業。中央線の始発駅として待合室や大広間、食堂に手荷物受け渡し所などを備えた一大ターミナルとしてその役割を担ってきました。
しかし1914(大正3)年の中央停車場(現:東京駅)の開業と1919(大正8)年の中央線の東京駅延伸により中間駅となるが1923(大正12)年の関東大震災で被災
焼失し、1925(大正14)年に再建されるもその機能は中間駅としてのものでかつてのものより縮小されたものでした。1936(昭和11)年それまで東京駅北側にあった鉄道博物館(現:交通博物館)を移転し万世橋駅に併設。しかし1943(昭和18)年戦時協力のもと万世橋駅の営業を休止。

というように数奇な歴史の中で存在した万世橋駅ですが60年以上を経た今、この地から歩いてわずかの秋葉原駅を起点とするつくばエキスプレスが昨年開業したのは、この地が交通の要所であることを証明することに変わらないように思えてなりません。そしてこの地に70年もの間、多くの子供たちの夢と憧れの場であった交通博物館は場所を移すものの鉄道博物館として原点回帰し、これからも今まで以上の子供たちが訪れる施設であったら何よりも嬉しい気がしてなりません。これまでもこれから先も子供たちにとって乗り物が夢を与えてくれる存在であることを祈ります。
(取材日:2006年2月18日)

交通博物館移転に当たって
2006年2月20日
YNAKA


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